ネルケプランニングが2ndシーズンへ、松田誠と野上祥子が語る“ワクワクするこれから”

2022年7月、ネルケプランニングの2ndシーズンがスタートする。ネルケプランニングは、現・代表取締役会長の松田誠が1994年に設立した舞台制作会社で、「ミュージカル『テニスの王子様』」や「ミュージカル『刀剣乱舞』」などのヒット作を次々と生み出してきた。その太い手綱を託されたのは、現・代表取締役社長の野上祥子だ。初の対談となったこの日、次なる一歩にワクワクを隠し切れない2人は、終始笑顔で未来を語った。

取材・文 / 門倉紫麻撮影 / 藤田亜弓

50歳のとき、5年後にタスキを渡すと決めた

──2022年の7月からネルケプランニング(以下、ネルケ)の体制が変更になり“2ndシーズン”に入られるそうですね。具体的にどういった体制になるのでしょう?

松田誠 僕が代表取締役会長を辞めて、現在の代表取締役社長である野上がトップになります。

──2ndシーズンに移行するというお話はいつ頃からされてきたのでしょうか?

松田 5年前、(自分が)50歳になった頃ですね。1stシーズンの役割が終わったというか、自分がネルケでやれることはある程度やりきって、2.5次元ミュージカル(以下、2.5次元)自体の土台も作れたかなと思ったんですよ。もともと野上を次の社長にと思っていたので「社長をやってくれない?」と話しました。

野上祥子 本当に急でした(笑)。いつもの打ち合わせだと思って行ったら「クラスの飼育係をやって」みたいな口調で「社長をやって」と。驚きました。

──松田さんがそう思うようになったのはなぜなのでしょう?

松田 そもそもの話をすると、僕がネルケを始めたときは世の中に演劇の制作会社自体ほとんどなくて。僕は小学生のときに観た人形劇に衝撃を受けて、自分も役者になって……演劇に人生を救われているんですよ。だから演劇に恩返しをしたいとずっと思ってきたんです。それで役者を辞めたあと、もっと多くの人に演劇を観てもらいたいと制作会社のネルケを1人で始めた。最初は“松田商店”というか、僕の顔で仕事をしているようなところがあったと思うんです。

──確かにその印象は強いです。

松田 最初はそれで良いと思っていたんですが、5年前くらいにふと、ネルケは演劇業界にとってもエンタメ業界にとっても価値がある会社になったんじゃないかな?と思ったんですよ。そうしたら会社を残したくなった。そのためには、むしろ僕が退いて会社を次の人に渡さなきゃと思ったんです。80歳、90歳まで粘ってタスキを渡し損ねるような会社にはしたくなかった。実際、若い役者が全員ブカブカなXLのスタッフTシャツを選ぶのを見て、「もう若者のセンスを理解できない!」と思ったりもしましたし(笑)。そうは言ってもいきなり全部を野上に渡すわけにはいかないし、僕もまだネルケでやりたいことがあったので、5年間は僕が代表取締役会長、野上が代表取締役社長のツートップで一緒にやろうと提案しました。

松田誠

松田誠

野上 私は「5年と言っても、世の中何が起こるかわからないし、もう少しかかるかもしれない」と思っていました。

松田 でも2022年の6月で、公約通りに5年が終わるんですよ。コロナで予期せぬことが本当に起こりはしたんですが、我々なりに闘えたという自負があるし、社員のみんなが立ち向かっている姿が頼もしかったんですよね。だから、今なんじゃないかと思った。僕は会社のことも社員のことも自分の子供みたいに思っているんですが、親がいつまでも子離れできなかったらだめでしょう。元気でサポートできるうちに自立してもらったほうが良い。みんなに「俺は今が引き継ぎのタイミングだと思うんだけどどう思う?」と相談したら、満場一致で「わかりました!」と。「あれ? 止めないの?」と思いましたが(笑)。

野上 ちゃんと「不安ですけど、わかりました」って言ったじゃないですか(笑)。

松田 いや止めないのも頼もしくて、育っていたんだなあと思った。まったくネルケと無縁になるわけではなくて“ファウンダー(創業者)”という肩書は残します。ただ経営にはタッチしないし、基本的に出社はしない。来たら気になるでしょう?

野上 意見を聞きたくなっちゃいますね。

──コロナ禍で大変なときに皆さんの決意が固まるというのは素敵ですね。野上さんは5年間かけて準備をしてきたという感覚ですか?

野上 5年間がむしゃらに過ごしてきたので「引き継ぎまであと3年だな」みたいなことは考えていなかったんです。でもその間に私だけが関わる案件が自然と増えてはいて。結果的に準備期間だったんだなと思います。松田とは私が十代の頃からの知り合いで、初めて一緒に仕事ができた大人だったんですよ。ヒヨコが初めて見た親みたいなもので(笑)、親離れのタイミングが来たという感じです。

──親離れをする寂しさや痛みのようなものがあるのでしょうか。

野上 痛みというよりは……この変革をすごくポジティブに捉えているので、大変だとは思うけれど、ほかの社員と一緒に「がんばろう! 腕まくりしよう!」という感じです。

子供の心を動かすエンタテインメントを提案したい

──2ndシーズンの構想や目標で決まっていることはありますか?

野上 2.5次元に関しては、先ほど松田が言ったように、1stシーズンでやれることは一通りやったとは思いますが、まだ2.5次元を観たことのない方もたくさんいます。もう一段掘り下げて考えて、さらに多くの方に観てもらうことも2ndシーズンの大きな目標の1つですね。2.5次元以外で言うと、子供たちに向けたエンタテインメントの提案を考えています。ネルケは女性社員がすごく多いのですが、私も含め子供のいる人が増えてきたんですよ。自分の子供に何を観せたいか、何を観て楽しくなってほしいか……どうやってこの子に幸せになってほしいかを親は考えると思いますが、私たちの作るエンタテインメントはその部分に関わることができる。2.5次元はもちろん、例えば「ネルケ・キッズプロジェクト」みたいなものを立ち上げてコンサートとか児童文学とか、いろいろなことに広げていくのも良いですよね。それも2ndシーズンでやりたいことの1つです。

野上祥子

野上祥子

松田 野上はもともと大学でも教育関係の勉強をしていたし、入社した頃から子供向けのものを作りたいと言い続けていた。社内にいるお母さんたちの意見も聞けるしね。コロナ前は、社員が会社に連れてきたちびちゃんたちがちょこちょこ走り回っていたよね(笑)。

野上 私も子供を産んですぐ復職したので、会社でお世話をしながら仕事をしていました。今も子供が会社で宿題をやったりしています(笑)。

下を向きながら変わるより上を向いて変わったほうが面白い

──松田さんから見た仕事人としての野上さんはどんな方ですか?

松田 社員に愛があるところが良いですね。携わる人全員に幸せになってほしいというのは僕も野上も同じだけど、僕は自分がやりたいことをやるタイプで、野上は社員のことをちゃんと見るタイプ。会社の幸せと個人の幸せ、両方を目指すことができる人だと思う。

野上 昔からお母さんっぽいところがあるんですよ。社員のこともキャストのこともいつも心配だし、もともとキャスティングをやっていたので人をよく見るのが癖なんですが、何か変化があると気付いてしまう。社員の幸せがネルケの幸せだし、ネルケの幸せが作品に反映されて、お客様にも幸せになっていただける……そういう幸せの連鎖になるはずだと思っているし、最終的には世界平和につながると本当に思っています。エンタテインメントができているということは平和だということなので。

松田 1stシーズンはスピード勝負みたいなところがあったけど、2ndシーズンは野上たちがもっときめ細かく、丁寧にやるようになるのかなと思う。

野上 目指すところはそこだと思います。松田みたいな腕力とか瞬発力も欲しいですけど、私たちは誠実に丁寧にやることでクオリティを上げていくのが良いのかなと。2.5次元なら原作へのリスペクトと愛、携わってくれるスタッフやキャスト、観てくださるお客様への感謝と愛を持って誠実に仕事をしていきたいです。

松田 ただこの先、経営者とかプロデューサーとしてはドライな側面が必要になってくる。作品は、本番を観たお客様がどう思うかで決まるものだけれど、野上は愛が強すぎるから、みんながそこまでがんばってきたことも加味しちゃうんじゃないかなと。でもそれはお客様には関係ないからね。そういうシビアな面を嫌な感じにならずにネルケのみんなが持てるかどうかは重要かなと、老婆心ながら思いますね。野上は最近変わってきたなとも思うんだけど。

野上 ここ3・4年ですごく意識するようになりました。お客様から代金と時間をいただくわけですから、その時間が特別なものでなければいけない。ただどうしてもお母さん気質ではあるのでがんばっている役者を見ていて泣いたりはしてしまうんですが(笑)、それを混ぜないようにしています。

松田 僕は、演劇はお金にならないとか貧乏だとか言われるのが本当に嫌なんですよ。だから、きちんとビジネスになるという成功事例を作らなくちゃだめだとずっと思い続けてきた。ネルケのみんなはもうちょっと良い作品を作ることの方に気持ちが寄っていると思うんです。それはとても良いことなんだけど、そうすればするほどビジネスとは相反してしまう。「ここにもう1枚パネルがあれば素敵な舞台美術ができる」とわかっていたらやりたくなるけど、それに500万円かかるとなるとビジネス的には厳しい。だからといってケチケチに作ってつまらないものになったら命取りになる。面白くてクオリティが高い、だけどお金がちゃんと稼げるものにするには、ちょっと腕が要るからね。それが今みんなが抱えている課題だと思います。

松田誠

松田誠

野上 本当に難しいです。ずっと愛とお金のギリギリのところで踏ん張っています(笑)。

松田 「ここは勝負をかけるべき」というときには、お金を使わないといけないしね。前に、ものすごい額の赤字になった公演があったけど、賞をいただいたり、何年経ってもすごいと言われるものになったから、あれは勝負して良かった。

野上 赤字の額が大き過ぎて、みんなちょっと明るかったですよね(笑)。

松田 ただ僕が創業者だからできたことではあって。2代目はそこでエイヤ!と行けるかどうか。

野上 行けないです!

松田 僕も今はやらないよ(笑)。でも勝負をかけなきゃいけない瞬間はいつか来ると思う。

野上 はい。そのときは「私は勝負をかけたいんですけど、松田さんはどう思いますか?」と相談しますね。

──お二人共、先ほどから大変なときのお話を楽しそうにされますね。

松田 うちの社員は、ピンチ好きなんですよね。

野上 会長を筆頭に。

松田 ワクワクしちゃうんですよ、ピンチになると。

──この2ndシーズンという大きい変革を迎えるにあたってもお二人がワクワクしているのが伝わってきます。

野上 下を向きながら変わるより、上を向いて変わったほうが面白い。何かトラブルになったとしても、上を向いて歩いていたら転んでも楽しく受け止められると思うんです。人生全般にそれを思いますね。