ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)芸術監督ポール・ライトフット インタビュー|13年ぶりの来日公演、今のNDTを観てほしい

対照的な「Shoot the Moon」と「Singulière Odyssée」

──今回来日していただくにあたり、プロデューサーとしてどの作品を選ぶか、とても悩みました。久しぶりの機会となりますので、今のNDTを代表する振付家の作品をぜひ日本で観てほしいと思い、ポールさんとも議論を重ねた末、クリスタル・パイト振付の「The Statement」とマルコ・ゲッケ振付の「Woke up Blind」、そしてポールさんとソルが振り付けた「Shoot the Moon」「Singulière Odyssée」の4作品に決まりました。中でも「Shoot the Moon」は、ダンサーの身体と空間の緊密さ、音楽との親和性、さらにライブでの映像など、大変密度の高い総合芸術作品ですね。その一方で「Singulière Odyssée」は、大勢のアンサンブルが出演する、ダンスのエネルギーを感じることができる非常にオープンな作品です。

ソルと私の2つの作品は、どちらも演劇性が高く、視覚的にも訴えるものが大きくなっていますが、非常に対照的です。「Shoot the Moon」は具体的な関係性の中での孤立、孤独を描いていて、閉所恐怖症的と言いますか、演劇の舞台美術のような空間で上演されます。もう1つの「Singulière Odyssée」は、EU統一前にスイス国境のバーゼル駅で入国手続きをするため、待合室で待った経験からインスピレーションを得ました。「Singulière Odyssée」は、「ある特別な旅」という意味ですが、実はこの作品の制作途中で亡くなった、カンパニー創立時からのメンバーであるジェラールへの思いも込められています。「Shoot the Moon」は内向的であるのに対し、「Singulière Odyssée」は外向的という違いはありますが、どちらも感情的な作品です。日本のお客様はそういった作品を好んでくださると思いますし、好奇心を持って観ていただけるのではないでしょうか。

──「Shoot the Moon」はフィリップ・グラス、「Singulière Odyssée」にはマックス・リヒターの音楽が使用されています。どちらも音楽との親和性が高い作品だと思いますが、振付と音楽の関係はどのように作っていくのでしょうか?

左から唐津絵理、ポール・ライトフット。

グラスは私にとって父親のような存在です。03年から現在まで、私は彼の楽曲で多くの作品を作ってきました。実際に曲を書いてもらったこともあります。「Singulière Odyssée」に作曲してくれたマックスも、グラスから影響を受けています。マックスと私は同い年で、私は彼の音楽が気に入っているので最初から大丈夫だとは思っていましたが、実際に彼に「Singulière Odyssée」の作曲を依頼した時、こちらからは特に何も話していないのに「国を追われた人々について書きたい」という申し出があって、私もちょうど、駅で移動する難民をテーマにしたいと思っていたので、落ち着くべきところにすべてが落ち着いた感じがしましたね(笑)。

──ポールさんの作品は構築的ですね。区切られた部屋の中で物語が展開したり、壁を使ったりするシーンも多く、衣装や空間も綿密にデザインされています。

私の作品にとって、それはとても重要な要素だと思っています。抽象的な作品でも空間は定義付けられますからね。ソルとは、ただ舞台作品を作るということだけでなく、深い創造性を持ってクリエーションができています。常に対話をし、深いレベルまで話し合いを重ねているんです。作品の美しさには、こういった創作の過程も反映されているのではないでしょうか。また2人で作品を作っていますから、今お話したことはあくまで私の観点によるもの。ソルはまた別の観点を持っていますので、そういったお互いの違いも美しさにつながっていると思います。

NDTの現在を支える、注目の振付家たち

──そしてクリスタル・パイト振付の「The Statement」と、マルコ・ゲッケ振付の「Woke up Blind」にも注目です。2人はNDTのアソシエイト・コレオグラファー(編集注:NDTでは、ディレクターや常任振付家以外に、気鋭の振付家をアソシエイト・コレオグラファーとして置いている)でもあります。

今のNDTにもっとも深く関わっている振付家たちの作品なので、観客の皆さんにはぜひ、現在のNDTを知ってもらえたらと思います。13年前の日本公演から、カンパニーは大きく変化しました。今やマルコとクリスタルはNDTではもちろん、現在のダンス界でとても重要な人物となっていて、フリーの振付家として世界で活躍しています。

──2人について、NDTではかなり早い段階から注目していらっしゃいましたね。彼らの才能は、NDTの素晴らしいダンサーとのクリエーションによって開花したように感じます。

クリスタルは、NDT以前は本格的なダンス作品を作ったことがなく、06年に創作を始めたときはまだ無名で、実験的な少人数の作品を創作していた程度だったのですが、すぐに自分のスタイルを築き始めましたね。マルコはシュトゥットガルト・バレエのダンサーで、以前から作品を作っており、しかも多作なんです。現在45歳くらいですが、すでに72作品も作っています。ソルと私は30年間で60作品を創作しましたが、マルコは私たちより短期間で、しかも1人で、質の高い作品を多数作っています。クリスタルとマルコはNDTにとってとても重要な人物ですし、彼らの存在がカンパニーに多様性をもたらしてくれていると思います。

──ポールさんは2人のどんなところに才能を発見したのですか?

クリスタルはすでにカンパニーの一員だったので、発見したのではなく、すでに存在していたのです。芸術監督として重要なのは、有名か無名かではなく、その人自身を見ることです。私は、ほかの振付家のコピーをするような人は採用しません。クリスタルの作品もマルコの作品も、幕が開いて30秒もすると、彼らの作品だということが明確によくわかります。言葉と同じく、どんな舞踊言語を使っているかがすぐにわかるんです。そういったオリジナリティが重要ですね。画家であれ、作家であれ、作曲家、振付家、どんなクリエイターであれ、作品にはアーティストから出てくる根拠、裏付けが必要で、だからこそ私は人を見て、その人に真の独創性があるか否かを判断するんです。

過去を原動力に前進する

──ポールさんがNDTの芸術監督に就任する以前からカンパニーに引き継がれていること、またご自身が新たに打ち出したいと思っていることがあれば教えてください。

伝統や過去は、それを使いつつ、そこから学び、前進することが大切です。私はNDTをこれまでと違うカンパニーにしたいとは思っていませんが、過去に縛られるのではなく、過去を“使う”ことが重要だと思っています。名声が打ち立てられると、崖から飛び降りるようなことは避けたくなるものですが、リスクだと感じていることも実際にはそうではないこともありますし、留まるのではなく過去を原動力に前進することが大切です。例えば私は、“ネザーランド・ダンス・シアター”というカンパニーネームにこだわりたいと思っています。ここにはダンスとシアター、2つの要素があるわけですが、NDTで今後、この2つの要素をどう両立させていくか。その2つの要素を備えた人材を、これからは探していきたいと思っています。

左からポール・ライトフット、唐津絵理。