マンガ家・望月淳の人気作「PandoraHearts」(スクウェア・エニックス)を原作としたミュージカル「PandoraHearts」が、11月7日から16日まで東京・シアターHで上演される。
2006年から2015年まで「月刊Gファンタジー」で連載された「PandoraHearts」は、「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」などをモチーフに、主人公を取り巻く登場人物の複雑な過去や関係性を描いたダークファンタジー。山崎彬が脚本・演出を手がけるミュージカル「PandoraHearts」では、脚本家・作詞家・翻訳家の高橋亜子が作詞、作曲家・編曲家・ピアニストの富貴晴美が音楽を手がける。クリエイターとして互いに意識し合い、今回念願の初タッグを組む高橋と富貴に、音楽的側面から見たミュージカル「PandoraHearts」の魅力を聞いた。
取材 / 双海しお構成 / 興野汐里
四大公爵家ベザリウス家の次期当主オズ=ベザリウス(横山賀三)は、15歳の成人の儀の最中に何者かに襲われ、身に覚えのない罪により闇の監獄・アヴィスに落とされてしまう。行く当てのない暗闇の中、オズは過去の記憶を失った少女アリス(竹内夢)と出会い、契約を交わすことでアヴィスから脱出。しかしそこは、成人の儀から10年後の世界だった。シャロン=レインズワース(礒部花凜)やザークシーズ=ブレイク(山本一慶)と再会したオズは、レイヴンと名乗る青年と共に、アリスの記憶探しの旅に出ることになり……。
いつかご一緒したいとずっと思っていた
──お二人は本作が初タッグとのこと。一緒に仕事をすることが決まった際の心境をお聞かせください。
高橋亜子 富貴さんが音楽を担当されると知って驚くと同時に、いつかご一緒したいとずっと思っていたのでうれしかったです。
富貴晴美 私も高橋さんが訳詞や脚本を手がけられた作品をいくつも観劇していて。そのたびに、優しさとカッコよさが織り混ざった言葉を紡がれる方だなと思っていたので、ご一緒できて幸せです。
──いわゆる2.5次元作品への参加となりますが、反響はいかがでしたか。
高橋 反響はすごく大きかったですね。情報解禁後、原作が大好きだという先輩の娘さんから「亜子さんが作詞するんですね!」と、初めてメッセージが来まして(笑)。普段とはまた違う層に、この作品を通じてアクセスできているんだなというのを実感しました。
富貴 私もミュージカルファンの方からたくさんメッセージをいただきました。中でも多かったのが「これをきっかけに、2.5次元への一歩を踏み出していいですか?」というもので。「絶対に良い作品にしたい」と思って取り組んでいるので、まだ作品もできあがっていないのに「良い作品ですよ!」とお返事しました(笑)。もちろん2.5次元作品が大好きな人にも楽しんでもらいたいですし、逆に観たことないという方にもハマってもらえたらうれしいです。
高橋 私も常々、そういった垣根がなくなればいいなあと思っています。作り手としてそこに区別はないので、2.5次元作品だから観るとか観ないとか言うのも変だなって。
富貴 そうですよね。私も2.5次元作品だと思って曲を書いているわけではなく、1つの作品として楽曲を書いています。なので、この作品も多くの方に観ていただけたらうれしいです。
高橋 本当にそうですね。
──お互いの音楽や作詞に対して、どんな印象をお持ちですか。
高橋 富貴さんの音楽を聴いていると、私の訳詞のプロセスに近いものを経て生み出されているんじゃないのかなと感じるんです。私は訳詞をするときに、元の言語の歌詞の意味をそのまま訳すことはしていなくて、元の歌詞が生まれた“源泉の感情”に自分をくぐらせるというか。自分がその感情にアクセスして、そこから出てくる言葉を写し取っていく。それが私にとってはすごく大事な部分なんですが、富貴さんの音楽からも同じような、感情から生まれる広がりや深さを感じるのでリスペクトしています。
富貴 ありがとうございます。私もそういうふうに高橋さんが作られているんだろうなと、ミュージカル「PandoraHearts」の歌詞やこれまでの作品から感じていました。お話を聞いて、同じタイプだとわかってうれしいです。
燃え尽きるほどハイカロリーな楽曲群
──原作「PandoraHearts」からはどんな感情を拾われたのでしょうか。作詞や作曲をする際に大事にされたことを教えてください。
高橋 原作もそうですが、今回は加えて、脚本を手がけた山崎彬さんの思いを汲み取るという部分も大切にしました。登場人物が多く、時間軸も複雑な原作の構成を、どういう思いで脚本に落とし込んだのか。まずその意図を理解して、そこから登場人物の思いに潜っていく、2段階での作業をしながら書いていきました。
富貴 私も「なぜこのシーンで歌うのか?」をすごく考えました。歌い始める瞬間、どういう感情から音楽が始まると良いんだろう、と。なので、脚本や高橋さんの歌詞を何度も口に出して読んで、今キャラクターがどのような感情を抱いているかを想像しました。
高橋 普段、自分で脚本も書く場合は、先に音楽構成を考えて間を芝居で埋めていく感覚で作っているんです。今回はそれとはまた違った作り方だったので、難しかったですね。特に大事にしたのは、言葉1つひとつから、そのキャラクターや、彼らが抱える孤独や苦しみを切り取れるようにする、という点です。
富貴 キャラクター1人ひとりがどういう人物で、何を考えているのか。その人物の本質がわかる歌詞を高橋さんが書かれていたので、楽曲も1曲ずつ、メロディを聴けばその人物が浮かび上がるよう意識して作りました。普段の構成では、盛り上がるポイントを決めてそこに決め(編集注:見せ場のこと)の楽曲を書くのですが、今回は全曲、決めの楽曲を書いている気分で。1曲書き終えると燃え尽きるぐらい、どの楽曲もハイカロリーでした。
──先日、オズ=ベザリウス役の横山賀三さんが歌唱する劇中歌「アヴィスの闇に」が使用された公演PVも公開されましたね。
高橋 すごく素敵でしたね。
富貴 あれはもうオズでした。すごく良かったです。
高橋 どの楽曲もできあがったものを聴くと「おお!」となるのですが、まだ作家の脳で聴いているので、なかなか音楽に浸れなくて。歌詞とメロディの調和はどうかとか、考えなきゃいけない部分が残っているので、はやくそこを抜け出してどっぷり浸りたいです(笑)。
富貴 今回、キャストの皆さんの過去の出演作品を調べたり、歌っている姿を観たりしてから、楽曲制作に取り掛かったんです。この人がこの役を演じるなら、こういうふうに演じてくれるだろうと想像したり、どう歌うのか聴いてみたいなと期待を込めたりしました。実際に皆さんがどう表現されているのか、皆さんの歌唱を聴けるのを今から楽しみにしています。
オズたちと私たち──地続きの物語
──改めて、お二人が制作の過程で捉えた本作のテーマとは?
高橋 最初は、オズが落とされる闇の監獄・アヴィスという場所がイメージできなくて。論理的に理解したいタイプなので、ほかの作品や神話から似たものを探して、手がかりにしました。自分の中にアヴィスのイメージを作って、自分をオズと一緒にアヴィスに落とすことで、言葉が出てきた気がします。そのときも、作品で描かれているもの……キャラクターたちが考えている、自分が存在する意味や彼らが抱える孤独などをベースに、そこから何かをつかもうというイメージで作詞をしました。登場人物全員が痛みや暗い過去を抱えていて、誰も素直にそれを言葉にしないじゃないですか。だからこそ、心を結び合うことができたときに、より強く引き合うし支え合う。闇の中で痛みを抱えながらも、その絆があるところに向かいたい。そういうイメージを持ちました。
富貴 私は大学で働いている関係で学生の話を聞く機会が多いのですが、みんな葛藤しながらも、ひと筋の希望の光が指すことを信じてがんばっている。その光というのは、自分を支えてくれる人との出会いでもあると思っています。その姿はオズたちにも通じるものがあって、闇の深さは違えど、彼らも私たちとあまり変わらないんじゃないかと思うんです。ファンタジーではあるけれど現実的で、「自分のことだな」と思えるストーリーだからこそ、若い方にも響く物語だと捉えました。
──劇場で耳を澄ませてほしいポイントを教えてください。
高橋 歌詞ではないのですが、最初の一音をすごく楽しみにしています。どういった音楽で作品の世界に連れて行ってもらえるのか。個人的にはすごく耳を澄ませたいポイントです。
富貴 前半に出てきたメロディを、後半の歌やBGMに組み入れているので、それを見つけて楽しんでもらえるとうれしいです。このメロディが流れているときはこの感情、というような仕掛けをしているので、ぜひ探してみてください。
──最後に、観客の方々へのメッセージをお願いします。
高橋 この「PandoraHearts」という作品がもともと好きな方には、「こんな景色があるんだ」と思ってもらえるようなものをお見せしたいですし、舞台をきっかけに原作を知ったという方にも楽しんでいただきたいです。ファンタジックな世界観ですが、気持ちの面では現実と地続きで、私たちの心を映し出す鏡みたいな作品なので、多くの方に触れていただけたらうれしいです。
富貴 原作はもちろん、脚本や歌詞を読んでいても、強いメッセージ性を感じます。音楽もそこに魂をぶつけて作曲しましたので、キャストの皆さんがこれをどう歌って完成形を作り上げるのか、私も楽しみにしています。舞台はお客様に観てもらって、ようやく最後のピースがはまると思っているので、ぜひ最後のピースをはめに来てほしいです。お客様も含めて、全員で1つのチームとして作品を盛り上げていけたら良いなと思っています。
プロフィール
高橋亜子(タカハシアコ)
脚本家・作詞家・翻訳家。ミュージカルカンパニー イッツフォーリーズにて俳優としてキャリアをスタートさせたのち、スタッフに転向し、脚本執筆を開始した。その後、フリーランスとなり、さまざまな脚本、訳詞、作詞、台本翻訳を手がけている。ブロードウェイミュージカル「GLORY DAYS グローリー・デイズ」、ミュージカル「ダブル・トラブル」の翻訳・訳詞を担当し、第14回小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞した。
富貴晴美(フウキハルミ)
1985年、大阪府生まれ。作曲家・編曲家・ピアニスト。映画「わが母の記」の音楽を手がけ、第36回日本アカデミー賞音楽賞優秀賞を最年少で受賞。映画「日本のいちばん長い日」「関ヶ原」でも同賞を獲得した。テレビ番組では、NHK大河ドラマ「西郷どん」、NHK連続テレビ小説「マッサン」「舞いあがれ!」などの音楽を担当。舞台作品では、劇団四季オリジナルミュージカル「ゴースト&レディ」、劇団四季 ミュージカル「バケモノの子」の音楽を手がけている。