深井順子×糸井幸之介が語る、MieMuテーマ曲創作のあしあと&三重の小学生たちが教えるMieMuのココが好き! (2/3)

博物館の固いイメージが変わった!

──糸井さんはご自分が作曲された曲を子供たちが歌っているのを聴いてどう感じましたか?

糸井 いつもそうなんですけど自分が作ったものが良いか悪いか、あんまりよくわからないんです。もちろん、自分として「良い感じにできたな」とか「イマイチだな」って思うことはありますが、例えば羽衣でも稽古中はまったく話題にならなかった曲が、何年か経つと大事な曲になっていることもあるし、良し悪しはよくわからない。でも今回、みんなに曲を渡して、みんなが歌っている様子を見ていると、子供の声で聴くとどんな曲もよく聴こえちゃうんじゃないかなって(笑)。そのくらい良いし、その子供たちの良さに対して曲が足を引っ張ってはいないんじゃないかな、と思いました。

深井 子供たちの声は透明感がすごいですよね。男の子もまだ声変わりしてないですし。ただどうしてもちょっと声が小さいので、野外で歌うときには限界があって、野外でやるほうの発表会は少し、大人の歌声の補佐が必要かもしれないなと思ってはいます。

左から糸井幸之介、深井順子。

左から糸井幸之介、深井順子。

──これまでの羽衣の楽曲では、あるシチュエーションに置かれた人間や動物などの心情を歌うものが多かったと思いますが、今回は博物館という場所、物へのオマージュとなっています。普段の創作との感覚の違いはありましたか?

糸井 特に構えることはなかったですね。場所に対して、という意味では以前、豊橋の市民劇を作ったときに豊橋に向けた楽曲を作ったことがあるんですけど、それにちょっと近かったかもしれません。また博物館自体は建物だけど、三重という土地や自然の中にある場所、という感じで捉えていたので。

──また、今回のMieMuテーマソングを作る以前に持っていた博物館のイメージと現在では、捉え方の違いはありますか?

深井 最初は固いというか、資料をそろえてそれを教えている場所というイメージがあったんですけど、博物館のバックヤードも見せてもらったときに、例えば仏像を調べるためのX線を使った装置とか、剥製を作っている様子とかも見て、博物館のイメージが変わりました。ああ、こんな面白いところなんだなって。

糸井 僕も、そもそもあまり博物館自体行ったことがなかったから、固いものっていう印象がありましたね。

深井 そうだよね、なかなか行く機会がない。でも三重の子供たちは本当に何回もMieMuを訪れていて、「MieMuはとても特別で楽しい場所」だと言っていました。今回参加してくれた子たちは、そんなMieMuの裏側も見ることができてすごく楽しかったと思いますし、ラッキーですよね。さらにテーマソングを歌うんだから、絶対に記憶に残るだろうな。

左から糸井幸之介、深井順子。

左から糸井幸之介、深井順子。

発表会では1人ひとりにスポットが当たるように

──テーマ曲ということで、何年も残る可能性があるということは、創作段階で意識されましたか?

糸井 わかりやすくてポップである、ということは必要だろうと思ったんですけど、同時にやっぱり僕が作って羽衣のメンバーたちが立ち上げるなら、子供だけじゃなくて大人も味わえる曲にしたいなと思いました。コマーシャルだけにしてはいけないっていうか、そこのバランスは取りたいなと。この曲が場所に定着して何年も歌ってもらえたり、流れていたりしたらうれしいですね。

深井 優しい気持ちになれる曲だから、自分で歌っていても楽しいし、子供たちが楽しそうに歌っている姿を見ると泣きそうになってしまうことがあって。子供たちは、歌詞にあるような「水たまりに映る虹の橋」がちゃんと見えてるんだな、見ながら歌っているんだなと思うし、“こっちに照明があるから、こっちに目線を向けて歌おう”なんて計算している自分をやめようって思います(笑)。子供たちも10年後にMieMuに来たときにこの曲を聴いたら、きっとまた全然違うふうに聴こえるんじゃないかな。三重県文化会館さんの粋な計らいで今回、こういうことをさせてもらうことができたので、私もこの曲が場所に残れば良いなと思います。

糸井 この夏に長崎旅行に行って、原爆資料館にも行ったんです。資料館では短い歴史上の悲劇が資料として展示されているけれども、博物館はもっと長い歴史の中のいろいろが展示されていて、でもどちらからも同じように感じる悲しみみたいなものがあって。人間がやってきたことにまつわる寂しさとか悲しさ、そういうものが共通しているんじゃないかなって。MieMuのテーマ曲自体は長崎旅行よりだいぶ前に完成していたので、楽曲制作に特別影響があったわけではないんですけど、人の営み、歴史の中の影みたいなことも、少しこの曲の中に入っているんじゃないかな……入っていたら良いなと思います。

──MieMuテーマ曲は、普段の糸井さんの楽曲に比べると表面的にはあまり憂いがなく、単純な言い方をすれば明るい楽曲だと感じました。ただ、子供たちが歌うことによって憂いが湧き出すのかなと。未来を生きる子供たちが過去から現在までの足跡を歌うことで、寂しさや悲しさが浮き彫りになるのではないかと思います。そんなMieMuテーマ曲が、10月29・30日に行われる発表会でいよいよお披露目されます。発表会ではどんなところを観てほしいですか?

深井 みんなに言っていることは、「心を込めて歌って」ということ。音程がずれても全然構わないし、ワークショップの中で教えたいろいろな声の出し方を忘れないでいてくれたら、あとは自分らしく歌を伝えていけば伝わると思います。演出担当としては、1人ひとりの個性ができるだけ生きるような演出をしていきたいと思っていて、踊りがうまい子、歌がうまい子、引っ込み思案な子にもそれぞれ焦点が当たるような、それぞれがみんな、お空の下では等しく生きているんだよということが表現できれば。

糸井 僕としては曲を作って、あとは任せた!という気持ちではあるんですけど(笑)。このあとMieMuになじむ曲になっていくかどうかは未知な部分もあるので、みんなにはこの発表会を最後のつもりで、精一杯がんばってもらえたら。

ワークショップの様子。

ワークショップの様子。

ワークショップの様子。

ワークショップの様子。

ワークショップの様子。

ワークショップの様子。

──発表会自体は2日間で演出が変わるのでしょうか?

深井 場所が違うから変わる可能性はありますね。1日目は野外でテーマ曲のみの発表ですが、2日目は三重県文化会館の小ホールで上演時間40分程度を考えているので、テーマ曲発表以外に、「サロメvsヨカナーン」と「果物夜曲」をやろうと思っています。

──このテーマ曲をきっかけに三重県やMieMuを訪れてみようと思う人が増えるかもしれませんね。

深井 私、三重が大好きなんですよね。それはさっきお話しした松浦さんや参加者のお子さん、親御さんをはじめ、三重の人たちが好きってことかもしれませんが(笑)。私としては、名古屋から特急ひのとりに乗って行くのがおすすめです! そうやってふらっとMieMuに行って、MieMuのミエゾウやさんちゃんを見て、そこに糸井くんの曲が流れてきたら……号泣しちゃうかもしれないな(笑)。

糸井 僕は三重文があるから三重に行く、という感じで、三重自体に詳しいわけではないんです。ただ三重文は楽しい思い出が多い劇場ですね。名古屋から津まで、ちょっとだけ特急に乗り換えていくのも良いです。海もあるし博物館もあるし、充実してるなあと思います。

深井 そうそう、それで三重文とMieMuが屋根付きの通路でつながっているのも素敵ですよね。日曜日にはオープンスペースにたくさんのマルシェが出店するのも良いんです。ご夫婦で出店している方と話し込んで、ついついたくさん買ってしまったりして……(笑)。そんな素敵な場所にこのテーマ曲がなじんでくれたらすごくうれしいです!

左から糸井幸之介、深井順子。

左から糸井幸之介、深井順子。

プロフィール

深井順子(フカイジュンコ)

1977年、東京都生まれ。俳優。劇団唐組を経て2004年にFUKAIPRODUCE羽衣を創立。NODA・MAP「エッグ」「MIWA」、ゆうめい「あかあか」など外部出演も多数。近年は演出も手がける。来年2月にFUKAIPRODUCE羽衣第27回公演「プラトニック・ボディ・スクラム」への出演、6月にフカイジュンコのプロデュース第1弾「土の悲しみ」の上演が控える。

糸井幸之介(イトイユキノスケ)

1977年、東京都生まれ。FUKAIPRODUCE羽衣の作・演出・音楽を担当。FUKAIPRODUCE 羽衣「瞬間光年」が第62回岸田國士戯曲賞の最終候補作にノミネート。劇団公演のほか、木ノ下歌舞伎「心中天の網島」「糸井版 摂州合邦辻」などの演出を手がける。来年2月にFUKAIPRODUCE羽衣第27回公演「プラトニック・ボディ・スクラム」が控える。