長く深く楽しめる“沼”で待つ!坂東彦三郎×吉田簑紫郎の同年代“団七対談”「夏祭浪花鑑」

9月の新国立劇場は、大坂の暑い夏を描く「夏祭浪花鑑」で彩られる。中劇場では「令和6年9月歌舞伎公演」、小劇場では「令和6年9月文楽鑑賞教室」と、同時期に2つの「夏祭浪花鑑」が上演される。同じ演目で、“人間ならでは”、“人形ならでは”の魅力を見比べられる絶好の機会。ステージナタリーでは、歌舞伎公演で、主人公の団七九郎兵衛を初役で勤める坂東彦三郎と、文楽公演のBプロで、同じく団七の人形を遣う吉田簑紫郎の、同年代2人による“団七対談”を行った。簑紫郎が大阪から連れてきてくれた、団七人形にも注目だ。

取材・文 / 川添史子撮影 / 小川知子

坂東彦三郎と吉田簑紫郎の“ファーストコンタクト”は

──9月の国立劇場主催公演は、歌舞伎と文楽による「夏祭浪花鑑」が、新国立劇場で上演されます。1日初日の歌舞伎は中劇場、7日初日の文楽は小劇場と、新国立劇場内でハシゴ観劇も可能。「これを機会に見比べてほしい!」と、団七九郎兵衛の対談が実現しました。お二人は既にお知り合いだそうですね。

坂東彦三郎 おそらく、尾上右近くんの自主公演「研の會」(2022年の第六回)に簑紫郎さんがご出演されたときがファーストコンタクトでしたよね? 僕は「実盛物語」、簑紫郎さんは「色彩間苅豆~かさね」と演目は違いましたけれど。

吉田簑紫郎 そうでした、はい。

左から坂東彦三郎、吉田簑紫郎。

左から坂東彦三郎、吉田簑紫郎。

──簑紫郎さんは1975年生まれ、彦三郎さんは1976年生まれ。同年代でもいらっしゃいます。

簑紫郎 彦三郎さんの横にいると、自分がすごく幼いように感じてしまいます(笑)。人形遣いって不思議とみんな、歳を取らないんですよ。

彦三郎 言われてみれば確かに、ベテランの方々含め皆さんいつまでもお若いですね。

簑紫郎 でもね、役を考えると早く老けたいんです。遣っている人形が歳をとっているのにこちらが若いと、ギャップが大きくて“映えない”ですから。

彦三郎 僕も喜んで老け役をやるほうですが、素顔と人形のバランスを気にされるなんて人形遣いの方ならではの感覚で面白いですね(笑)。

団七を演じるとは思っていなかった2人

──油照りの暑さでまとわりつくような大坂の夏を背景に、団七九郎兵衛、一寸徳兵衛、釣船三婦ら侠客の男たちを生き生きと描く今作は、団七が心ならずも舅の義平次を殺すことになる「長町裏の場」(通称「泥場」)はじめ、見どころたっぷりの作品です。まずそれぞれ、今回劇場から団七役をオファーされたときの思いを教えてください。彦三郎さんは初役で、松本幸四郎さんに習われるとか。

彦三郎 作品自体に出演したことはありますが(玉島磯之丞役、2012年御園座)、僕がいる菊五郎劇団ではあまり掛からない、ご縁がなかった狂言なんです。お電話をいただいたときは「で、団七はどなたがなさるんですか?」と聞いてしまったぐらい、驚きが大きかったです。祖父(十七代目市村羽左衛門)が釣船三婦を勤めたことがあるので、てっきりそちらかと早合点しましたし……何が言いたいかというと、まだフワフワしています(笑)。

坂東彦三郎

坂東彦三郎

──文楽Bプロで団七をなさる簑紫郎さんは、若手が大役に挑む「ワカテ de ワカル フェニーチェ文楽」(2022年)で(人形の頭と右手を動かす)主遣いをご経験済みです。

簑紫郎 団七はやってみたい役ではありましたが、これまで女性の役をやることが多かったので、僕も彦三郎さん同様「縁がないのかなあ」と思っていたんです。

──お二人とも、「団七抜擢にびっくり」なんですね(笑)。

簑紫郎 僕はなんでもやりたいほうで、近年は連続して男の役もつけてもらっていましたし、昔の人はけっこうオールマイティーになんでもやられていたとも聞きます。「入ったらいけない領域ちゃうかな」と遠慮するような気持ちもあったんですね。でも、(左手を動かす)左遣い、(脚を動かす)足遣いは何度もやってきましたから、動きは全部覚えていたんですよ。

彦三郎 なるほど、それは大きいですね。音も全部頭に入っているでしょうし。

簑紫郎 ただ昔から、足や左を遣いながら目線は義平次も見ていたんですよね。「義平次も面白いんちゃうかな、性格的にも合いそうやな」と思っていました(笑)。

吉田簑紫郎

吉田簑紫郎

彦三郎 そっちですか!(笑) でも確かに義平次が面白くないと、団七の見せ場も立ちませんもんね。2人の息で作っていく場面だということは、稽古をしていてもひしひしと感じます。今回、義平次をなさる片岡亀蔵さんも「僕らのものを作ろう」と言ってくれていて、すごく心強くて。だって隣の劇場で本行(文楽)が同時上演されるなんて、プレッシャーでしかないですよ。でもね、開き直るわけではありませんけど、同じにはできないと思っているんです。人形の良さ、人間の良さ、別物を楽しんでいただければと思います。

──歴史を見ると文楽の初演は1745年7月大坂道頓堀の竹本座。翌月には歌舞伎化されていたとはいえ、大阪の作品、しかも義太夫狂言ということで、江戸の皆様が演じる際、ある種の緊張があるようですね。

簑紫郎 僕らからすると、役者さんたちのカッコ良さは眩しいものがあります。あまり入り込んで観てしまうと影響を受けてしまうんですよ。感化されて、つい人形より前に出てしまったり、力の入る場面で必要以上に表情に出てしまったり(笑)。“距離感と線引き”が大事やなって思っています。

彦三郎 そう、それですね、距離感と線引き。リスペクトを大切にしつつ、今回の座組みだからこその表現を見つけたいです。