多様な視点と幅を持つのがNew Musical Theatre
──今回のコンサートで木戸口さんは「New Musical Theatreを歌う」そうですが、New Musical Theatreとは何か、詳しく教えていただけますか?
ロキーキ ミュージカルはいつも変容しているものですが、ここ10年、15年のトレンドとして、ボーカルスタイルやリフの幅が広くなってきた傾向があります。ジェイソン・ロバート・ブラウンのような作曲家の作品でさらに人気を得たと思います。私はロック調で書くのが好きなんですが、商業的なミュージカルの綺麗で澄んだ歌声だけではなく、いろいろな声質を使った曲や、パフォーマーのことを考えながら作曲していくという流れがNew Musical Theatreにはありますね。あと、扱うテーマが作曲家によってさまざまであることも特徴です。New Musical Theatreが何かというのを一言で説明するのは、本当に難しくて、ボーカルのスキルに重きを置く手法や、僕のように物語に合わせてどのような声を入れていくかというアプローチの仕方もある。New Musical Theatreでは白人男性が作曲家という典型的な形でなく、さまざまな人種のライターが活躍している志向があるとも言えます。形式、テーマやジャンルを実験的に扱う作品も少なくはありません。そのような作品は金銭的なリスクが少ないコンセプトアルバムやオフブロードウェイ公演として制作が始まることが多く、“思い切った”作品が見られます。最近はシンガーソングライターのアネイス・ミッチェルによるミュージカル「ハデスタウン」、デイヴィッド・マロイの実験的エレクトロニック・ポップ・オペラミュージカル「ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812」やピュリツァー賞を受賞したマイケル・R・ジャクソンのミュージカル「ア・ストレンジ・ループ」など、多彩な作品が出てきています。
──今回のコンサートで木戸口さんはNew Musical Theatreの楽曲を歌われるんですよね?
木戸口 はい、歌いたい曲がありすぎて絞るのが大変で(笑)。今回、バンドがピアノとパーカッションとチェロになるので、それに合わせて楽曲を選びました。どれも私が前奏を聴いた瞬間好きになった曲ばかりです。New Musical Theatreって1曲で完結するものも多々あるんですが、日本でも上演されている作品だと、ミュージカル「アメリ」の「Times Are Hard For Dreamers」、ミュージカル「ダディ・ロング・レッグズ」の「The Color of Your Eyes」などを歌います。
ロキーキ いい選曲だね。
──New Musical Theatreのクリエイターであるロキーキさんの代表的なミュージカル「パーシー・ジャクソン」が木戸口さんのコンサートのすぐあとに日本初演を迎えますね(参照:ボクが半神?岡本圭人の「盗まれた雷撃 パーシー・ジャクソン ミュージカル」新ビジュアル)。
ロキーキ 日本で僕の作品が上演されることはもう本当にうれしいこと。「パーシー・ジャクソン」は冒険物語で、スピーディに物語が進んで、ユーモアにあふれています。お客さんには乗り物に乗って「そのまま一緒について行く!」というような気合いで観てもらえたら。友情、親を許すこと、自分が見たい世界を、責任を持って作っていくという重いテーマも含んでいますが、とにかく楽しく観てほしいです。
木戸口 関西圏にも来るはずなので、ぜひ観に行きたいです。
ロキーキ 観たら必ず劇評を送ってね!
さまざまな人がさまざまな形で携われるミュージカルに
──コロナをきっかけに木戸口さんのように自分の得意とすることや好きなことを自らSNSなどで発信することの敷居がぐんと下がったように感じられます。そういった流れはミュージカルのクリエイターとしてどのような未来につながると期待しますか?
ロキーキ 確かに敷居が低くなったことは明らかで、特にアーティストにとっては自分の作品や作ったものをどんどん人に観せやすくなりました。ストリーミングサービスも充実してきたので、できるだけ多くの人がミュージカルや演劇にアクセスできるような環境を作って、観客を増やすことが重要だと思います。また、コロナをきっかけに国際的なコラボレーションや共同制作が可能になりました。例えば僕がメンターとして参加した「WeSongCycle」では、日本を含め、世界中のクリエイターがそのプラットフォームを使って曲を作ったり、会話をしたり、関係性を築くことができた。コロナをきっかけに、これからもどんどん創作をオープンにしていって、ミュージカルをさまざまな人が携わるジャンルにできると良いなと思います。
──木戸口さんは、活動を通して自分の表現がコンサートに結実するという経験をされました。これまでを振り返ってどのような思いがしますか?
木戸口 最初は家で、1人で動画を撮って、クマのぬいぐるみや画面の向こうの見えない相手に向けて歌っていたんですが、プロデューサーの堂本麻夏さんが私を見つけてくれて、ステージで歌う機会を与えてくれたときに、私の歌を聴いてくれている人の反応を直接感じることができました。SNSではいっぱい反応をいただくんですけど、「ちゃんと現実なんや」って思えて。思い返せば最初にミュージカルライターたちにSNSを通して動画を送ったときに、向こうの俳優やクリエイターが返事をくれたことにまずびっくりしたんです。よく知らない女の子がいきなり動画を送ってきて……って、どう考えても怪しいじゃないですか。なのにちゃんと動画を観て返事をくれた。つながってるというか、「ちゃんと伝わったんやなあ」と実感しました。そういうところで、目には見えなくても“人との関わり”を感じられた部分があります。
ロキーキ 僕たちは皆、ミュージカルのオタク的な心を持っている“同志”だからね。好きだからやる、それしかないと思う。
木戸口 今度のコンサートでも、お客さんの前で歌うことは私にとって非日常なんです。ステージで歌うときは毎回、家でやるときと自分の表現も変わって、別のエネルギーが湧き出て、放出される。今回はそれがどんな感じになるのか楽しみやし、どんな新たな世界が観られるのか、私自身もワクワクしています。今後もこうやって、好きなことをずっと続けていきたいなと思います。好きな歌を歌って、好きなアーティストの曲を聴いて、幸せな気持ちになって。うん、ずっと変わらずに好きでいたい。それから、ライブで歌うすべての曲を通して、お客さんの“好き”が少しでも増えたらいいなと思います。ライブで聴いた曲の中でお気に入りの曲ができたり、その曲を検索してまた違う曲に出会ったり、“好き”が増えると、幸せな感覚も増して、息がしやすくなるから。
──コンサートを控える木戸口さんにロキーキさんからエールはありますか?
ロキーキ 歌穂はそのままで素晴らしい、オーサムだよ! 観客を幸せな気持ちにするスキルを持っているから、とにかく楽しむことだけを考えて。僕がエールをする必要はないでしょう!
木戸口 うれしいです、ありがとう!
プロフィール
木戸口歌穂(キドグチカホ)
兵庫県在住のアーティスト。アメリカ・ニューヨークの若手クリエイターが作る“New Musical Theatre”に魅せられ、2015年から自身のYouTubeチャンネルで歌唱動画を配信している。2017年、ブロードウェイで活動する音楽家チャーリー・ローゼンが監督を務めるThe 8-Bit Big Bandのレコーディングに参加し、リードボーカルを務めた。2019年、アメリカのテレビアニメ「Mao Mao: Heroes of Pure Heart」の主題歌と挿入曲を担当。同年、初のソロライブ「Who is Kaho?」を開催した。2022年にはゲーム「PAC-MAN」の公式テーマソング「We are PAC-MAN!」で日本語版・英語版ボーカルを担当した。
KAHO/歌穂 (@kahoinjapan) | Twitter
ロブ・ロキーキ
アメリカ・ニューヨークを拠点に活動する作曲家。主な作品にミュージカル「モンスター・ソングス」ほか。9月から10月にかけて、自身が楽曲を手がけた「盗まれた雷撃 パーシー・ジャクソン ミュージカル」が日本で初演される。
Rob Rokicki | NYC Songwriter, Storyteller, Musical Theatre Hustler
Rob Rokicki (@rrokicks) | Twitter
※初出時、本文に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。