多様な受講生、それぞれの展開
──19名の受講生はジャンルや作風、キャリアも非常に多様です。どのような基準で選ばれたのでしょうか。
まさに多様性で選びました。劇作家としてすでに相当な実績のある松原俊太郎さんや比較的商業的なものも手がけているタカハ劇団の高羽彩さんから、餓鬼の断食の川村智基さんのようにまだ学生の方まで、なるべくバラバラになるように採りました。
「無隣館インターナショナル」では“競争と淘汰”を掲げていますが、キャリアの違いからも明らかなように、もちろん一律の競争ではないんです。やっていることもバラバラなので、一つの基準で評価することもできません。アートというのはそういうものだから仕方がない。まずはそこに慣れてもらうというのもあります。競争についても国によってシステムが違っていて、たとえばアメリカだと基本的にはオーディションで順位が決まりますが、その前の段階でどういうスタジオに通っていたかも関わってくるので、アメリカは“ドルの下の平等”と言われたりします。一方のフランスは教育の段階でほぼ完全に決まってしまうので、逆転のチャンスはほとんどない。その代わりに、才能があれば教育は無償で受けられますし、才能を発掘するシステムもきちんとあるわけです。そういう意味ではアメリカにせよフランスにせよ、ある種の公平性があります。一方で日本の演劇界では作り手同士のつながりでいろいろなことが決まってくる部分も多いので、不透明性が高い。僕は日本でもきちんと公平に競争できる場を作りたいと思ってやってきました。
今回の「無隣館インターナショナル」の受講生は僕が書類と面接で選んでいるんですけど、“僕が選んでいる”というところが重要なんです。これまでにも多くの作家や演出家を見てきたので、伸び代を見抜く目には自信がある。芸術監督というのはそういうことで、そういう人が何人もいればいいんですよね。現状では僕とか宮城聰さんとか数人しかいなくて、それだと不公平に見える。でも日本の公共劇場で、そうやって人を選ぶことができる芸術監督が10人いれば状況は変わってくる。そういう意味でも僕自身が選んでいることが重要なんです。
──受講生はどのように海外展開のためのステップを進め、あるいは“競争と淘汰”が行われていくのでしょうか。
これも青年団演出部のときから変わっていないことですが、初期段階ではとにかく面接を繰り返して、何になりたいのか、どういう成功のイメージを持っているのかを聞いていきます。それを踏まえて「今の地点がここで、君の目標はここだから次はこれをしよう」ということを1人ひとり決めていく。
たとえば松原さんの場合は、成功のイメージが描きやすいですよね。松原さんの戯曲がベルギーの国立劇場で上演されたり、韓国の劇団によって上演されたりするにはどうすればいいか。あるいは上ノ空はなびさんのto R mansionもわかりやすい。彼女たちはアビニョンのフリンジでもすでに何度か上演をしていて国際的なサーカスのネットワークも持っていますが、カンパニーのレパートリーの中でももうちょっと演劇的な作品も展開していきたいということで、to R mansionがもともと持っているネットワークに僕のネットワークも加えて、プロモーションにしっかり時間をかけたうえで、劇場に買ってもらえるよう準備を進めています。
平泳ぎ本店の松本一歩さんがチリに視察に行っているのは、面白いですよね。チリに行った日本のアーティストというのはほとんどいないと思うんですけど、松本さんは友達を作るのがうまいので、利賀でSCOTのトレーニングを一緒に受けた人とできたつながりから、チリに行くことになったんです。チリに回路が開ければ、これからほかのアーティストもチリに行けるかもしれません。ほかにも、何人かの女性作家については韓国でウケるかもしれないというように、それぞれのプランを練って進めているところです。
今年度は戯曲を翻訳した人や字幕付きの上演をした人がいる一方で、それができなかった人には優先的に海外視察に行ってもらいました。次のステップを見据えたうえで海外視察に行く人もいれば、まずは海外を体験してもらうということで行く人もいます。ただいずれにせよ、海外に行ったり海外展開を見据えた公演をするためにはアーティストの側もリソースを割く必要が出てくるので、それができない人も出てくる。海外展開のためのステップを進められないのであれば、必然的に予算もつけられないということになる。“競争と淘汰”というのは、そういう実際的な予算の付け方の部分に関わってくるところですね。
日本の演劇界を変えるために
──「無隣館インターナショナル」を通じて実現しようとしているビジョンを教えてください。
まずは1人でも2人でも、チェルフィッチュの岡田利規さんやQの市原佐都子さんのように国際的に活躍するアーティストが出てくることが目標ということになります。
でも、本当のアウトカムは日本の演劇界が変わっていくことです。これはアーティスト個人単位の話ではなくて、劇場のシステムもレパートリー中心になり、芸術監督制度がきちんとできてくる、というようなことですね。劇場のシステムと教育のシステム、それにアーティストのメンタリティというのは全部つながっていて、一挙に変わるものではない。どこかが引っ張られるとどこかが追いついて、という形でスパイラル状に変わっていくところがあるので、そうなっていくといいなと思っています。
これは宮城さんともよく話すことですが、鈴木忠志さん、蜷川幸雄さんのように海外で仕事をするようになった先人がいらっしゃって、僕たちの世代は自分たちがやっていることが海外で通用しないという感覚はほとんどないんです。俳優でさえない。それでもこれは絶対かなわないなと思うのが、やっぱり劇場と教育のシステムなんですよね。この2つがボトルネックになっていて、それを変えたいと思って30年やってきたので、この点の風通しがよくなっていくといいなと思っています。
プロフィール
平田オリザ(ヒラタオリザ)
1962年、東京都生まれ。劇作家、演出家、青年団主宰。芸術文化観光専門職大学学長、江原河畔劇場 館長、豊岡演劇祭フェスティバルディレクター。1995年「東京ノート」で第39回岸田國士戯曲賞、1998年「月の岬」で第5回読売演劇大賞優秀演出家賞・最優秀作品賞、2002年「上野動物園再々々襲撃」で第9回読売演劇大賞優秀作品賞、2019年「日本文学盛衰史」で第22回鶴屋南北戯曲賞など受賞歴多数。2011年フランス文化通信省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲。





