今と未来を想像し、思いを馳せて 東京芸術劇場「カノン」野上絹代×中島広稀×さとうほなみ 座談会

今回はもっと先に行けるなって

──野上さんは、お二人の稽古場での様子をどんなふうに見ていますか?

野上 この作品はやっぱりかなり身体を使うので、ほなちゃん(さとう)は前回、舞台で使う筋力を一緒に鍛えていこう!というところから始めたんですね。その筋力が衰えてないなと思って。パワーがついた状態から稽古が始められるから、今回はもっと先に行けるなと思うし、それをどうコントロールするかがすごく楽しみだなと。中島さんは元々パワフルな方で、前回はそれを「全開で出すぞー!」って感じだったけど、今回は引くほうにも使えたら、さらにカッコよくなると思うし、太郎の人間性みたいなものが見えてくる演技になるんじゃないかなと。そこに期待しています。

さとうほなみ

──前回のインタビューでは皆さんが野上さんに対して、演出家としてだけでなく考え方や姿勢そのものに信頼を寄せていらっしゃると感じました。反対にキャストのお二人は、1年半を経て野上さんの印象に変化がありますか?

さとう 感情的には変わらないですね、大好きです。

野上 私もです(笑)。ありがとうございます。

さとう 野上さんは言葉の選び方がすごく素晴らしくて、例えばここをちょっと変えてほしいなって役者に言うときも、言われた人が絶対に嫌な気持ちにならないような、素敵な言葉遣いをされるんです。そういうところがすごいなと思いますし、絹代さんに笑ってほしいから、がんばろう!と思ってます。

野上 照れるー(笑)。

中島 僕もさとうさんと同じで、野上さんの素敵だなと思う部分なんですけど、相手によって伝え方を変えていて、それは個人の特性をちゃんと知ってくれているからだと思うんです。役者がこんなに大勢いてそれだけでも大変なのに、向き合ってくれるのは本当に助かりますし、尊敬してます。

野上 照れるー(笑)。

野田さんは、“事実”を大切にフィクションを生み出す

──野上さんにとっては3回目の「カノン」演出になります。

野上 ようやく形じゃないところに目がいくようになってきた感じがします。前回は、戯曲を体現することができれば多くを説明せずとも、観ている方が面白いと感じられるんじゃないかと思っていましたけど、今回はその先に行きたいなと。例えば登場人物1人ひとりの成り立ちみたいなことを考えたり、戯曲が目指している人間模様の複雑さにも魅力を感じたりするようになってきました。そういった細かなところも今回はきちんと掘り起こしていけたら良いなと思っています。

──「カノン」は野田さんが2000年に発表された作品です。今年上演された最新作「フェイクスピア」(参照:NODA・MAP「フェイクスピア」開幕、高橋一生「劇場で共有する、本来の楽しみ方で味わって」)では、軽妙な言葉遊びの奥に、現実の歪みをぴたりと捉える鋭い目線を覗かせ、その進化し続ける創作姿勢が高い評価を得ました。「フェイスクピア」の余韻が残る現在、21年前の作品である「カノン」が“再生”されることで、野田戯曲の進化と不変の両面が見えてくるように思いますが、野上さんは野田戯曲の魅力をどんなところに感じていますか?

野上 もちろん野田さんはフィクションを作る方で、フィクションの大家だと思いますが、「フェイクスピア」を観て感じたのは、ある1つの事実に対してものすごいリスペクトがある方だなということです。その1つの事実を絶対に無視しないという気持ちから、たくさんのフィクションを作り上げていらっしゃるんだなと。「フェイクスピア」でも、1つの事実にいろいろな物事が引き寄せられて、壮大なフィクションが立ち上がっていく……と思ったら涙が止まらなくなってしまって。“ある1つの事実を大事にする”目線は「カノン」にも貫かれていると思いますし、だから私たちも、その思いを大切に、作品を立ち上げていく必要があると感じます。

左から野上絹代、さとうほなみ、中島広稀。

「カノン」から想像し、思いを馳せてほしい

──前回のインタビューでは、キャストの皆さんが野田戯曲のセリフに魅せられ、セリフについて熱く語っていらっしゃいました。中島さんとさとうさんは、一度身体に入れたセリフを再び戯曲として読み直すことで、新たに感じたことはありますか?

中島広稀

中島 前回は、自分が考えたことや経験したことなどの意味をセリフに盛り込もうとしていました。でも前回のインタビューで名児耶ゆりさんが、「セリフの意味を考えずにリズムと音でセリフを言う」と仰っていたことを聞いて、「それは実践していない」って思ったんです。なので今回は、リズムを意識してセリフを言ってみようと思っています。

さとう 今回戯曲を読み直したら、以前より見えてくるものが増えていて。前回、絹代さんが「野田さんの戯曲は“言葉力”が強いので、感情をガッツリと入れて言わなくても言葉として伝わる」と仰っていたんですけど、「フェイクスピア」を観たときに実感できたので、今回はその点を意識して演じたいなと思います。

──「カノン」のチラシには前回に続き「今度狙うのは『自由』だ。」というキャッチコピーが記されています。普段の行動に制限がかかり、不自由な生活が続いている現在、本作は昨年以上に響くことが多いのではないかと感じます。

野上 昨年は、現在の状況に応答した内容の作品が多く作られました。「カノン」は、決して現在の状況を語っている作品ではありませんが、観る人は想像力を働かせて、今の自分と重ねて観ると思います。例えば「このセリフを今の自分に置き換えるとこうかな」「この時代を現代に置き換えるとこういうことかな」って。また現在はみんな、「今がつらい」というところだけで意識が回っているところがあると思うんですけれど、全然違う時代を描いた「カノン」を観ながら、今の自分たちの状況を全然違う角度から想像してみたり、この先はどうなっていくんだろうと思いを馳せてみたり、そんなことができたら良いなと思います。もともと劇場って、そういう場所だと思いますし。

中島 「カノン」は浅間山荘事件が題材で、「フェイクスピア」は過去の飛行機事故のことを描いていて、どちらも幼い頃、テレビで見かける程度の事件でした。最近は目にすることがなくなりましたが、どちらも忘れてはいけない事件だと思います。「カノン」には人間の愚かさとか儚さとか、そういった部分もふんだんに詰まっていると思うので、ぜひ若い方にも観ていただきたいです。

さとう 「カノン」の中には喜怒哀楽にプラスプラスプラス……って本当にいろいろな要素が詰まっていて、何も考えずに笑えるところもあるし、心に刺さるようなところもあるし、人それぞれ感じることが絶対に違うと思うんですね。また、今この時期に劇場に足を運んで観に来てくださる方は本当に貴重でありがたいですし、私自身、観るのも演じるのも好きなので、観に来てくださる方には、ぜひ何かを感じて帰っていただきたい。そのために私は、ただがんばるのみです。

左から野上絹代、さとうほなみ、中島広稀。
野上絹代(ノガミキヌヨ)
演出家・振付家・俳優、多摩美術大学非常勤講師。大学在学中、劇団快快(現・快快)の旗揚げに参加。以降、同団体の国内外における活動のほとんどに参加。ソロ活動でも演劇、ダンス、映像、ファッションショーなど幅広く活動。代表作に三月企画「GIFTED」などがある。
中島広稀(ナカジマヒロキ)
群馬県生まれ。2010年に「告白」で映画デビュー。その後活動の幅を広げ、2018年に上演された劇団た組。(現・劇団た組)「貴方なら生き残れるわ」で初舞台を踏む。
さとうほなみ
1989年、東京都生まれ。映画「窮鼠はチーズの夢を見る」に出演。映画初主演を務めたNetflix「彼女」が世界190カ国に同時配信された。ゲスの極み乙女。のドラマー、ほな・いこかとしても活動している。

2021年8月26日更新