吉岡聖恵|放牧中にソロへの目覚め、再確認した歌うことの楽しさ

2017年1月より“放牧中”の、いきものがかり。吉岡聖恵、水野良樹、山下穂尊はそれぞれのペースで個人活動を行い、これからの“いきものがかり”へとつながっていく充実した日々を過ごしているようだ。そんな中、ボーカルの吉岡がソロとしては初めてのフルアルバムとなるカバーアルバム「うたいろ」を10月24日にリリースした。

今作には、大瀧詠一「夢で逢えたら」、中島みゆき「糸」、ゆず「少年」、スピッツ「冷たい頬」、米津玄師「アイネクライネ」、2019年は日本で開催される「ラグビーワールドカップ」のオフィシャルソング「World In Union」など、全11曲のカバーが収録されている。本作の特集では、いきものがかりが“放牧中”だからこそ、1人のボーカリストとしてさまざまな名曲と向き合う吉岡にインタビューを実施した。

取材・文 / 松浦靖恵

放牧中に放牧されている牛に遭遇

──2017年1月に、いきものがかりが“放牧宣言”をしてから、吉岡さんが何をしていたのか教えてください。

とても充実した穏やかな毎日を過ごしていました。規則正しい生活を心がけていたので、寝る時間が早くなったし、ごはんもよりおいしくなって(笑)。なかなか会えなかった友達に会ったり旅行に行ったりして、アクティブに動いていたかと思えば、ときにはボーッとしてみたり(笑)。

──いきものがかりのオフィシャルサイトに掲載された“放牧宣言”には「好きなことをやってみたり、新しいことをはじめてみたり、ぼーっとゆっくりしてみたり、行ってみたかったところへ旅に出てみたり」と書いてありましたけど、まさにその言葉通りの日々だったんですね(笑)。ちなみに旅行はどこに行ったんですか?

グラミー賞の授賞式を観にロサンゼルスに行きました。あと友達と竹富島に行ったときに放牧されている牛に遭遇しました(笑)。それで「放牧中に放牧をもっと見に行ってみよう!」と思って、スイスにも行きました。

──放牧中に放牧を見に行くっていう発想が面白いです(笑)。

乗り換えに失敗してフィンランドで1泊しちゃったりして、かなりの珍道中でした(笑)。

──“歌う”ということはしていなかったんですか?

最初の半年間くらいはあまり歌ってなかったです。放牧前はレコーディングやライブがないときでも、それこそいつでも歌が歌える状態に整えておきたくて、自分でスタジオに入って歌の練習をしたりしていたし、常に“歌う”ということが身近にあった。それが自分にとっては当たり前のことだったんですよね。放牧中はあえて歌から離れてみようと意識したわけではなかったんですけど、ふと気付くと「あれ? そういえば“歌う”ってことをしていなかったな」って感じでした。あとは、かなり穏やかな日々を過ごしていてだんだん体がなまってきたので、ジムに行き出したり、歌の練習もまた始めて。

「自分が歌ったらどうなるんだろう?」という興味に勝てなかった

──放牧中に、大瀧詠一さんのコンピレーションアルバム「EIICHI OHTAKI Song Book III 大瀧詠一作品集 Vol.3『夢で逢えたら』」に参加したほか、CMソングとして中島みゆきさんの「糸」をカバーしています。放牧期間の最初の頃にこの2曲をカバーしたことが、今回のカバーアルバム「うたいろ」が生まれる1つのきっかけになっているんですか?

そうですね。歌の練習を再開したときは、この先に何か決まっていることがあったわけではなかったんです。放牧中も何か面白いことがあったらやりたかったんですけど「その“何か”っていったい何なんだろう?」と思っていましたね。で、ちょうど歌の練習を再開した時期だったと思うんですけど、大瀧詠一さんのコンピレーションアルバムのお話をいただいて。「夢で逢えたら」は好きな曲でしたし、とても興味が沸いて、直感的に「やりたい!」「私も歌いたい!」という衝動が自分の中にビビビッて(笑)。それが放牧中の最初の転機だったと思います。そのあと、少し間を置いて「糸」のお話をいただいたときに、自分が大好きな曲、憧れている曲をこうして連続してカバーできることに、私は運命的なものを感じたんです。それまではソロで歌うということをリアルに考えたことがなかったけれど、「私が歌ったらどうなるんだろう?」という興味に勝てなかったんですよね。

──「夢で逢えたら」「糸」はこれまで多くの方がカバーされていますが、そこに自分が足を踏み入れることへの不安や戸惑いはなかったですか?

自分に歌えるかどうか、自分はこの曲をどう歌うんだろうということを考え出す前に「歌ってみたい! 歌いたい!」というスイッチがパチっと入っちゃったんですよね。私にお話が来るということは、きっと“歌える”と思っていただいているからでしょうし、その期待にも応えたかった。「そこに飛び込まないでどうする」っていう思いのほうが大きかったんです。それは自分でもビックリするくらいの大きな衝動でしたね。この2曲に飛び込めたことが、ソロに対しての目覚めになったような気がします。

タイトル「うたいろ」に込めた思い

──「うたいろ」には、吉岡さんが今歌いたい曲、歌ってみたい曲が収録されたそうですが、候補曲は100曲ほどあったそうですね。

カバーアルバムを作ることになってから、この曲も歌ってみたい、あの曲も歌いたいとどんどんリストに挙げていったら、あっと言う間に100曲を越えていました(笑)。

──そこからどういう基準や観点で曲を絞っていったんですか?

自分が歌うことで、新しい感触が生まれそうな曲、新しいものができそうな曲を選んでいきました。それぞれの曲には曲としての人生、その曲が持っている“いい色”があるんです。オリジナルバージョンには作り手や歌い手の思いが込められているし、いろんな方にカバーされてきたという人生もあるので、当然私が知らない部分がたくさんあるけれど、その曲を自分が歌ったときに、曲がもともと持っている“いい色”を自分だったらどう出していくのかっていう可能性が見える曲、新鮮に聞こえる曲、なんだか新しくていいな、楽しいなって思える曲を、スタッフさんと話し合いながら選んでいきました。

──曲がもともと持っている“いい色”に吉岡聖恵がどんな新しい色を付けていくのかというところから「うたいろ」というアルバムタイトルが生まれた?

吉岡聖恵「うたいろ」ジャケット

はい。“うたいろ”という言葉はわりとすぐに出てきました。それぞれの曲はもともと“いい色”を持っていて、自分が歌うことでその色に自分の色も混ざった新鮮な色になったらいいな、曲が持っている色を自分なりに表現できたらいいなという思いを、このタイトルに込めました。あと、いろいろな時代のいろいろな色を持った曲をカバーしているので、その曲が持っている色に自分も染まれたらいいなって。そして、このアルバムの中にあるそれぞれの色たちを、聴いてくれる人たちに受け取ってもらえたらいいなという思いもあって、「うたいろ」というタイトルにしました。いろいろな色があるというところから、ジャケットではカラフルな水玉模様が私の周りを飛んでます(笑)。

──ジャケット写真では、吉岡さんがロングヘアーを後ろで結んでいますね。

いきものがかりで髪を後ろで束ねているのは、「笑顔」のミュージックビデオくらいで、ジャケットでは初めてなんです。今回のジャケットは、“THEキメ顔!”って感じじゃない表情や佇まいにしたくて。フラットな表情のほうが、“ソロ”という扉からみんながふらっと入りやすいんじゃないかなと思って、「よっといでー、いらっしゃーい、ようこそー」って感じの、ウエルカムな雰囲気のジャケットにしてみました。


2018年12月7日更新