JASRACによるトークイベント「『10年の音楽地図』~Supported by JASRAC~」が3月6日に開催される。このイベントではDREAMS COME TRUEの中村正人、いきものがかりの水野良樹、音楽プロデューサーの本間昭光を迎え、業界関係者や次世代のアーティストに向け、創作の楽しさや苦悩、権利保護の重要性などを届ける予定だ。
イベントに先がけ、音楽ナタリーでは中村正人と水野良樹の対談をセッティング。実は両者のメディア初顔合わせは、2014年の音楽ナタリーでの特集だった(参照:カバーアルバム発売記念 中村正人(DREAMS COME TRUE)×水野良樹(いきものがかり)対談)。それから約10年が経ち、音楽業界も大きく変化した。そこで2人には、新たに登場した若いミュージシャンについて感じることや収益構造の変化、AI技術との向き合い方などについて語り合ってもらった。
取材・文 / 張江浩司撮影 / 小原康広撮影協力 / Amazon Music Studio Tokyo
イベント情報
「10年の音楽地図」~Supported by JASRAC~
日々の楽曲の制作活動の裏側や取り巻く権利、お金の動きなどについて語るJASRACによるトークイベント。DREAMS COME TRUEの中村正人、いきものがかりの水野良樹、音楽プロデューサーの本間昭光を迎えて、業界関係者や次世代のアーティストに向け、創作の楽しさや苦悩、権利保護の重要性などを届ける。
開催日時:2025年3月6日(木)19:00~
会場:東京都内(※当選者に別途ご連絡します)
出演:中村正人(DREAMS COME TRUE) / 水野良樹(いきものがかり) / 本間昭光
※本公演は音楽ナタリーのYouTubeチャンネルでも、同日19時頃より無料で配信予定です。
金持ちになりたいミュージシャンがいなくなった?
中村 ナタリーで水野くんと対談したのはもう10年前なんですね。この10年の変化はすごいよね。
水野 中村さんはどう感じてらっしゃるんですか?
中村 僕たちはリリースのスパンも長くなっているし、正直言ってさっぱりわからないですね。
水野 これだけ第一線でやってきた中村さんが、「わからない」と言えるのがすごいです。
中村 水野くんのほうがいろんなプロジェクトもされているから、そのあたりの変化は、よく見えてるんじゃないのかな。どうですか?
水野 若いミュージシャンが背景に持っている音楽的な教養やキャパシティが年々広くなっている気がしていて。僕らの世代は音源を掘ろうと思ったらレコードやCDを買うしかなかったし、情報を得るには雑誌、テレビ、ラジオに当たらないといけなかったからすごく時間がかかりましたけど、今はワンクリックでたどり着ける。そういうデジタルネイティブの状態で青春期を過ごしてきた人たちは、僕らが思っている以上に引き出しが多いですね。国内と国外の境目もなくなってきてるので。特に、King GnuやOfficial髭男dismのような2017年以降にメインストリームに出てきてトップにいる人たちは、まさにそういうパターンですよね。ある意味で、本当に実力のある人たちがヒットチャートに上るようになったというか。
中村 僕たちは先輩たちを追いかけてきた世代なので、日本の音楽の上に洋楽があった。でも、その概念は根本から変わりましたね。収益の構造も変わって、作詞作曲とか原盤とか権利を持っている人に利益が還元されにくいビジネスになったとも思います。昔は、ヒットしたアーティストがいたらその利益で新人をデビューさせたり、あるいは民族音楽とかクラシックとか芸術性の強い音楽をリリースしたりしていたんだけれど、今はそういう余力がないんじゃないかな。
水野 育成という分野では、組織が手を出しづらい場面が多いと思うんです。SNSですでにある程度ファンのボリュームを持っている子をデビューさせることはできるけど、0から作り上げる過程がユーザーに見えちゃうと冷めてしまう。「あれは大人が作ったグループ」みたいな、ステレオタイプなストーリーに当てはめられちゃうんですよね。実際は純粋にクリエイティブを発揮しているだけであっても。なので、独力でやっていることを打ち出すアーティストが増えているように見えます。
中村 先日、税金関係で問題があったVtuberが2億円の収入を得ていたというニュースを見たんですが、驚くと同時に、ミュージシャンになってお金を稼ぐより配信者になりたいと思う人が増えているんじゃないかと思ったんです。僕は、いまだにお金が欲しいし、もっといい機材が欲しいし、海外のスタジオでレコーディングしたい夢もまだある。でも、今は楽曲を作るにしてもラップトップ1台で全部できるもんね。それで世界中とやりとりできるし。いい悪いは置いておいて、僕らの若いときとは違う世界です。水野くんは、まだどちらかというと古いスタイルでレコーディングしてるんじゃないですか?
水野 そうですね。ある程度の広さのスタジオにセッションミュージシャンを呼んで、せーので録ってます。こういうスタジオワーク自体を経験したことがないミュージシャンは増えてますね。一方で、セッションに特化したようなテクニカルな若いプレイヤーもたくさん出てきてますし。DTMばかりでもないんですよね。掘ってる先の音楽が違うからなのかもしれませんが。
中村 YouTubeとかを見ていると、すごいプレイヤーがいっぱいいるよね。若い子のチョッパー(スラップ)がうますぎて、やる気なくすよ(笑)。
権威なき時代の多様性
水野 社会がアテンションエコノミーになっているから、音楽産業も「音楽を売る」ことよりも「音楽で注目される」ことに注力して、その結果としてグッズやライブ、ファンコミュニティの収益で賄っていく構造になってますよね。これも、いいか悪いかは議論の余地がありますけど、音楽が旗振りのためのものになっているという。
中村 HIKAKINさんは最初はボイパの名人として登場したけれど、それを知る人はもうほとんどいないみたいなね。僕らが音楽を始めた頃は、洋楽が正解としてあって、それに近付けることがクオリティを上げることだったけれど、今は何をもってクオリティとするかも定まっていないよね。
水野 中村さんの青春時代には、よくも悪くも音楽シーンの中に判断基準となるような権威性があったと思うんです。参照先としての洋楽があって、それに影響を受けた先輩方の音楽があって、その路線の中で自分たちができることを考えてやってこられたと思うんです。僕らもその先輩方の音楽を聴いて育ったという意味では、その延長線上にいるんですけど、今のようにその権威性が薄れていくと、まったく違う路線や文脈がたくさん共存できる。それは“難しさ”でもありますけど、裏を返すと多様性でもあるので、いろいろな文脈に根差した音楽が聴けるようになるのは喜ばしいことだと思うんですよね。中村さんはどんな基準で音楽を作られているんですか?
中村 自分の「好き嫌い」ですね。吉田拓郎さんも「結局音楽なんて好き嫌いだから」とおっしゃっていたし。だから、好きな音楽をやりたいと思っています。僕もSpotifyでのリスニング環境に合った音質にしようと思って、アナライザーかけてプラグインで調整したりしたけれど、ちょっと立ち止まってThe Beatlesとかを聴いたらやっぱりものすごくいい音なわけです。吉田(美和)と「もう一度昔のレコーディング、ミックスに戻ろう」という話をしました。
水野 1960~70年代のレコーディング技術についても、ネットで簡単に調べられるじゃないですか。「あのアルバムのこの曲に使ったマイクはこれ」みたいな知識まで持ってる人もいますけど、ミュージシャンとしての経験や歴史までは受け取れないんですよね。属人的な言語化できないノウハウをどうやって引き継ぐのか、というのは課題かもしれないなと。
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