私にとって重要な部分はあくまで私に従う
──サウンドについても聞かせてください。「Plazma」と「BOW AND ARROW」はかつての自分をアップデートしたような、情報量の多い、音を詰め込んだような曲調にトライしたという話を最初にされていましたが、曲が表現しようとしているイメージにもサウンドがとてもフィットしているように思います。これはそういう意図を思って取り組んでいったのか、仕上がって結果的にそうなったのか、どちらでしょうか?
まず最初に「頭拍から逃げない」という意識がありました。シンコペーションやアウフタクトを極限まで排していかに表で拍を取るかというかせを自分にかけて、そのうえでどこまで行けるかという意識です。できあがったものを聴くとその試みは失敗したのではないかという気がしないでもないですが、とにかくそういう意識があったのは事実です。こういう音像になったのは結果的にではあるんですけど、そこに向かうまでにいろいろ試行錯誤がありつつ、とても楽しかったんですよね。この2曲がどちらもアニメの主題歌だったというのは、自分の持っている適性みたいなものとすごく近かったと思います。
──考えてみれば「機動戦士Gundam GQuuuuuuX」が描いているのはモビルスーツの決闘競技であるクランバトルで、「メダリスト」はフィギュアスケートがテーマである。どちらも主人公が華やかに跳ね回り戦うアニメなんですよね。これは本当に偶然だと思いますが、そのイメージは共通して米津さんが今作りたいと思うクリエイティブの方向性と合致した感じがあったのではないかと思います。
そうですね。それこそ「軽やかにいたい」みたいな話を前にしましたが、アルバムを作り終わったあとにこういう方向に行きたいと考えていて。本当にありがたいことに、そういう軽やかさみたいなものを表現するにあたって、これ以上ない作品に出会えた。これもまた自分の幸運の1つなんだというふうには思います。
──本当に運がいいですよね。
そうですね。自分で手繰り寄せているところもあると思いますが。
──出会いに恵まれるというのも重要な才能だと思います。
ただ、1つ間違えると本当にヤバかったなと思うんです。これも結果論と言えば結果論なんですけど、コロナ禍あたりの頃の自分は「なんと人生を間違えたんだろう」みたいな気持ちになることもあったんです。思い返してみると、贖罪の気持ちで生きているような期間がけっこう長かったなと、今になって思うんですよ。贖罪のつもりで、“よき小市民”として生きていこうという。そういう気持ちがけっこうあったような気がします。
──贖罪というのは?
自分が生きていくうえで他者に対しての申し訳なさが増えていったというか、自分がポップスを作る人間としてどんどん広く大きくなっていくにつれて、自分が抱え持つある種の加害性みたいなものに対して耐えられないような気持ちになっていたんです。どんどん自分の体が巨大化して、象の歩みのようになり、一歩足を踏み込んだ先にいた誰かを傷付けるんじゃないかという気持ちがすごく強くなっていった。大きくなっていくこと自体に罪悪感や申し訳なさみたいなものがあって、それに対して反省や後悔のようなものがあった。もう少し小さく、なるべくよき小市民でいようという気持ちが長らくあったような気がするんです。でも、「LOST CORNER」というアルバムを作ったことによって、だいぶそれがなくなった。「そういう重苦しく神経質なモードはもう終わりにしよう。これからは軽やかに生きていきましょうや」という気持ちも込めて、この2曲ができたという感じもありました。
──聴いた印象としては軽やかさもありつつ、それこそ「メダリスト」を司の視点で読むような感覚、つまり少年少女を鼓舞して送り出す側の立場を引き受ける意思みたいなのもあるなと思いました。
そうですね。軽やかにいたいという志向とともに、責任感みたいなものも、大人になればなるほど大きくなってきているのは感じます。象の歩みのように誰かを踏んづけるんじゃないかとビクビクしていた精神が、責任感の増加も寄与することで徐々に変わっていった。ある意味で、以前までは自らが内包している加害性に屈服していたと言えるかもしれない。誰かを踏んづける可能性があるのなら、無闇やたらと歩き回らないほうがいいと思い込んでいたけど、人間は1人ひとり独立した生き物であり、集団で生きていかざるを得ない以上、言うまでもないが誰も傷付けずにいることなんて土台不可能であって。加害性を極限まで排除していけば、翻って誰かを助ける余地まで萎えていく。誰にも眉をひそめられずにいるなんて状況の方がよっぽど不自然だと改めて思い至ったんです。主体性をもって生きていけば、他の主体とぶつかることもそりゃある。道徳に従いつつも、私にとって重要な部分はあくまで私に従う。開き直りと言われたらそれまでですけど、「どうぞ呪いたければ呪ってください」という感じになった。私は呪われるに値する人間として生き続けますので、という。そういう転換が行われている最中のような気がします。
曲を作り始めて間もない頃の気持ちを取り戻して
──最後にもう1つ聞かせてください。2024年に触れたもので、小説でも映画でも音楽でも、自分にとって刺激になった作品はありましたか?
2024年はたぶん人生で一番忙しかったんですよ。だから、ほとんど覚えていないです。ただ読んだ本で言うと、社会学者の竹内洋さんの「教養主義の没落 変わりゆくエリート学生文化」という本がべらぼうに面白かったですね。大正時代あたりに興隆した教養主義が、この本が書かれた2000年代初頭の頃に至るまでにいかに没落していったかということを、いろんなデータをもとに紐解いていく。私自身はその本に載っているようなエリートなわけではないですけど、自分とすごくリンクするような部分もあったりして、膝を打ちながら読みました。
──取材のたびに思いますけれど、これだけ忙しい中でいろんな本や文章を読んでいるんですね。
最近はあんまり酒も飲まなくなってきて、その時間を文章を読む時間に充てているので。今はそれが楽しいモードなんですよ。すごく忙しかったけど、すごく楽しかったなと思います。ひいひい言いながらやってますけど、充足感はあります。
──2025年の話も聞かせてください。この先にはツアー、そしてドーム公演や海外ライブなどが控えていますが、この先への思いにはどんなものがありますか?
ヨーロッパやアメリカでライブをやるのは初めてだし、ドームもそうですけど、ひとまず今は曲を作ることですね。「Plazma」と「BOW AND ARROW」もそうですが、曲を作り始めて間もない頃の気持ちを取り戻して、その気分を積み重ねていく。それによって自分がどういう方向に向かっていくのかを、自分自身も楽しみにしているという感じです。
公演情報
米津玄師 2025 TOUR / JUNK
- 2025年1月9日(木)宮城県 セキスイハイムスーパーアリーナ
- 2025年1月10日(金)宮城県 セキスイハイムスーパーアリーナ
- 2025年1月17日(金)新潟県 朱鷺メッセ・新潟コンベンションセンター
- 2025年1月18日(土)新潟県 朱鷺メッセ・新潟コンベンションセンター
- 2025年1月22日(水)神奈川県 横浜アリーナ
- 2025年1月23日(木)神奈川県 横浜アリーナ
- 2025年1月28日(火)愛知県 Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
- 2025年1月29日(水)愛知県 Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
- 2025年1月30日(木)愛知県 Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
- 2025年2月8日(土)福岡県 みずほPayPayドーム福岡
- 2025年2月9日(日)福岡県 みずほPayPayドーム福岡
- 2025年2月15日(土)大阪府 京セラドーム大阪
- 2025年2月16日(日)大阪府 京セラドーム大阪
- 2025年2月21日(金)北海道 大和ハウス プレミストドーム
- 2025年2月26日(水)東京都 東京ドーム
- 2025年2月27日(木)東京都 東京ドーム
KENSHI YONEZU 2025 WORLD TOUR / JUNK
- 2025年3月8日(土)上海 Mercedes-Benz Arena
- 2025年3月9日(日)上海 Mercedes-Benz Arena
- 2025年3月15日(土)台北 Taipei Arena
- 2025年3月16日(日)台北 Taipei Arena
- 2025年3月22日(土)ソウル INSPIRE Arena
- 2025年3月23日(日)ソウル INSPIRE Arena
- 2025年3月30日(日)ロンドン Eventim Apollo
- 2025年4月1日(火)パリ Zenith Paris
- 2025年4月4日(金)ニューヨーク Radio City Music Hall
- 2025年4月6日(日)ロサンゼルス YouTube Theater
プロフィール
米津玄師(ヨネヅケンシ)
1991年3月10日生まれの男性シンガーソングライター。2009年よりハチ名義でニコニコ動画にボーカロイド楽曲を投稿し、2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表した。楽曲のみならずアルバムジャケットやブックレット掲載のイラストなども手がけ、マルチな才能を有するクリエイターとして注目を浴びる。2018年3月にリリースしたTBS系金曜ドラマ「アンナチュラル」の主題歌「Lemon」は自身最大のヒット曲に。2020年8月発売の5thアルバム「STRAY SHEEP」は、200万セールスを突破する大ヒット作品となった。同年の年間ランキングでは46冠を達成し、翌年も2年連続で年間首位を記録。Forbesが選ぶ「アジアのデジタルスター100」に選ばれ、芸術選奨「文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)」を受賞する。デビュー10周年を迎える2022年5月に映画「シン・ウルトラマン」の主題歌「M八七」やPlayStationのCMソング「POP SONG」を収録したシングル「M八七」をリリース。11月にはテレビアニメ「チェンソーマン」のオープニングテーマを表題曲とするシングル「KICK BACK」を発表し、日本語楽曲としては史上初となるアメリカ「RIAA Gold Disk」を記録した。2023年7月にスタジオジブリ宮﨑駿監督作「君たちはどう生きるか」の主題歌「地球儀」をリリース。2024年には4月にNHK連続テレビ小説「虎に翼」の主題歌「さよーならまたいつか!」を配信リリースし、8月公開の映画「ラストマイル」主題歌として「がらくた」を書き下ろす。同月、6枚目のアルバムとなる「LOST CORNER」を発表。11月にNetflixシリーズ「さよならのつづき」主題歌である「Azalea」を配信リリースした。12月には、6年ぶりの出場となった「第75回紅白歌合戦」にて「虎に翼」とのスペシャルコラボで「さよーならまたいつか!」を披露した。2025年1月には初のドーム公演を含む全国ツアー「米津玄師 2025 TOUR / JUNK」をスタートさせ、劇場先行版「機動戦士 Gundam GQuuuuuuX -Beginning-」の主題歌「Plazma」、テレビアニメ「メダリスト」のオープニング主題歌「BOW AND ARROW」を配信リリース。
米津玄師 official site「REISSUE RECORDS」
米津玄師 kenshi yonezu (@hachi_08) | Instagram