米津玄師|3年かけて磨き上げた傷だらけの宝石

きっと1000年前も1000年後も人が感じることはそんなに変わらない

──アルバムは「STRAY SHEEP」というタイトルであり、表題曲にあたる「迷える羊」という曲が収録されていますが、これはツアーが中止になったあとにできた曲ですか?

はい。これは「カロリーメイト」のCMタイアップありきで作った曲ではあるんですけど、ツアーが中止になって外出がままならなくなった頃に作り始めた曲です。

──サウンドや曲調にはダークで不穏な感じもありますが、これはどういうところから生まれた曲なんでしょうか?

「海の幽霊」以降に作った曲はアレンジを坂東祐大くんと共同で行っていて、「CMがSFっぽい設定だからSFっぽい曲にしたいね」とか「『2001年宇宙の旅』みたいに最後にスターチャイルドを誕生させて終わろう」とか、無邪気に話しながらアレンジした記憶があります。その一方で、日本のみならずいろんな国で混乱が巻き起こっていて、正しいことがなんなのか誰1人わかっていない当時の状況の中で自分は何を作ればいいのかということも考えていました。当時は客観的になることに努めていたんですけど、いろんなものを眺めていると自分までそこに引っ張り込まれそうになって感傷的になってしまうときもあったんです。

──とはいえ、曲にはどこか俯瞰の視点がありますよね。

自分がこれからこの国でどうやって生きていけばいいのかと考えると、いろんなものに怒ったり、失望したり、絶望したり、どうしても感情的になってしまうような感じがあったんですけれど、最終的には、この国で、この世界で生きていかなきゃならないわけで。そうなったときに、自分がやれることはポップソングを作ることだという結論に行き着いた。最終的には生きていくことや生活していくことを肯定しなければならない。悲観的になるのはすごく簡単で、怒りや悲しみに身を任せてものを作ることもできるけれど、それは自分の役割ではないと感じたんです。だからすごく遠い未来に思いを馳せて、そこで健やかに生きている人たちが「あの頃はあんなことがあった」と思い返している、そういう情景に思いを馳せながら作っていたかもしれないですね。

──歌詞には「千年後の未来には 僕らは生きていない 友達よいつの日も 愛してるよ きっと」というフレーズもあります。

「カロリーメイト」のCMの企画書に「世界は驚くほど速く変わっていく、しかし、人間にとって必要なものはそれほど大きく変わらないだろう」というコピーがあって確かにそうだなと思ったんです。1000年前の人間たちが感じていた怒りや悲しみ、喜びは、きっと今の自分たちが感じているものと変わらないだろうと。例えばピラミッドを作っていた労働者の記録を読んでも、結局「二日酔いで石を運ぶのはつらかった」みたいなことが書いてあるんですよね。そういうしょうもなさも含めて、形は変わっているだろうけれども、人が感じることはそんなに変わらないだろうと思った。もし1000年後にタイムスリップすることができて、そこに暮らしている人と話ができたとしたら、文化の違いは感じるだろうけれども、最終的には友達になれると思うんですよね。そういうやつらのために今自分たちは何をしていくのかということもアルバムを作る中で考えました。自分がもう少し若かったらあまり考えなかったことかもしれないですね。

──年を重ねることで考えが変わってきた?

歳を重ねて、いろんなものをつないでいく立場になってきたんだなと思います。ずっと自己実現のために音楽を通じて自分を表現してきたし、それは今でも変わらないけれど、やっぱり立場が変わってきた。自分も29歳で来年には30歳になるので、次の世代が生まれてくるときに、いったいこの国が、この世界がどうなっているのか、思いを馳せる時間が増えていて。自分が死んだあとも含めて、このあとどういうふうにこの世が巡っていくのか、すごく興味があります。この曲にはそういうことがすごく表れたかもしれないです。

「感電」は「犬のおまわりさん」のイメージで

──「感電」はドラマ「MIU404」の主題歌ですが、どんなふうにイメージを膨らませていったんでしょうか。

米津玄師(Photo by Taro Mizutani)

米津玄師(Photo by Taro Mizutani)

1、2話の脚本を読ませてもらって、そこからいろんなことを連想して作っていきました。最初は「犬のおまわりさん」というタイトルで曲を作ろうと思っていたんです。そっくりそのままそのタイトルでもいいかなと考えていたんですけど、「犬のおまわりさん」という曲はもうあるし同じ曲名でどうするんだと思い直して、そこからいろいろ逡巡して、最終的に「感電」というタイトルになりました。

──1番には犬の鳴き声、2番には猫の鳴き声がサンプリングされていますが、あれは味付けというより、むしろ根幹の部分だったと。

そうですね。「困っちゃったワンワンワン」と「迷い込んだニャンニャンニャン」のところが最初に生まれた部分だったかもしれないです。

──ホーンを使ったファンクな曲調のアイデアはどういうところから?

「MIU404」は警察の機動捜査隊の話で、個人的には、昭和の刑事ドラマみたいなイメージがあって。それで「太陽にほえろ!」みたいにホーンが高らかに鳴っているアレンジが浮かんだ。自分の音楽を振り返ってみたときに、ホーンをガッツリ前に出した曲はやってこなかったので、そういうものを自分なりに表現することができたら、自分が新しいところに到達できるんじゃないかという予感があったんですよね。「感電」はドラマに作らせてもらった曲という側面が強いですね。

──「アンナチュラル」の主題歌「Lemon」や「ノーサイド・ゲーム」主題歌の「馬と鹿」もそうですが、米津さんが書き下ろすドラマ主題歌は劇中で使われることによって相乗効果をもたらしている印象があります。「感電」にしても、歌詞に劇中の描写にハマるフックがたくさん仕掛けられていますよね。

もともとマンガ家になりたかったし、主観をそのまま音楽として表現するよりも物語の流れを音楽で表現するのが自分の本質なんですよね。つまり、物語の主題歌を作ることは自分の資質に近いところがあるんだろうなって。ドラマに寄せようという意識はそこまでなくて、脚本から全体的なニュアンスや流れをつかんで、そこで浮かんだぼんやりしたものを作り上げていくと、結局物語に合ったものになるんだと思います。

自分は太陽ではなく月のようなもの

──「感電」のミュージックビデオについても聞かせてください。できあがったものを観てご自身ではどう思いましたか?

最高ですよね(笑)。今回はどこかコミカルな要素がにじんだものを撮りたかったんです。そこまで肩肘張っていない感じというか、ナチュラルで、ちょっと笑えるようなニュアンスが合うだろうと。それで奥山由之監督にお願いしました。奥山監督とは最初の打ち合わせのときにバチッとハマる感じがあったんです。同い年というのもあったし、直近で観ていた作品が一緒だったり、「ああ、わかる、わかる」という感じがあって。それに、最初の打ち合わせの段階で、奥山さんがいろんな自分にとって大事な言葉を発してくれた。その瞬間にいいものになるんじゃないかと思いました。

──自分にとって大事な言葉というと?

俺に対する印象ですね。端的に言うと「世の光を多面的に映し出すミラーボールみたいな人」だと形容してくれて、自分にはそれがすごくしっくりきたんですよ。自分はいったいどういう人間なんだろう、どういうミュージシャンなんだろうってよく考えるんですけど、その言葉がものすごく的を射ている感じがした。自分の主張を熱烈に打ち出していくというよりも、今、自分の身の回りで起きていることとか出会った人たちのこととか、いろんなことを受け取って、それを自分なりに反射して再構築するような作り方をしてきたので。「世の光を映している」という言葉に、すごく納得がいったんです。その言葉があったからこそ、このアルバムのすごく大きな指針として、宝石、クリスタルみたいなものを作りたいと思って。それがジャケットにも表れているんですけれど。

──宝石、クリスタルみたいなものとは具体的にどういうものなんでしょうか?

宝石はすごくいいモチーフだなと昔から感じていたんです。宝石は偶発的に石として生まれて、人間の手で発掘されて、いろんな研磨やカットを経て美しい形にたどり着く。それって要は原石を傷つけることだと思うんです。それで美しく形を整えるということは、本質的には傷を付けることに近いと思っていて。同じように人間も生まれた瞬間は球体で、そこから家庭環境や友達付き合い、いろんな外からの刺激によって傷が付いていく。丸だった形が変化して、摩耗したり研磨されたりして、たくさんの傷が付いて、形が角ばって、それによって光が反射する宝石になっていくんじゃないかと。そんなふうに思うんです。米津玄師という名前はある程度大きな名前になってしまったけれど、それは偶発的なところが大きいと思っていて。自分の音楽も球体から生まれて研磨されていくうちに、たまたま世の中にポップソングとして届くに足りうる形になっていったから、今の自分がいるんだろうなとすごく感じるんですよね。

──なるほど。傷つけられたことによって、結果として宝石という美しいものになる。そして光を反射することによって輝くことができる。それが自分のアイデンティティだと気付いた。そのことはアルバム全体の1つの軸のようなものになっているという感じがします。

本当にそうですね。自分は太陽のように光を体内から生み出すのではなく、外側の光を反射して照らし出すことができる月のようなものだと思っていて。太陽がさんさんと照っている昼間より、人が静かで月の光が照らす夜のほうが自分に合っていると思うんですけど、そういうことを踏まえて考えると、すごく納得がいく感じがします。