ナタリー PowerPush - 砂原良徳

機械による、人間のための音楽

自分ではどうすることもできないダイナミズムを感じるということ

──「liminal」というタイトルは、人の意識についてのことでもありますよね。

「subliminal」は深層心理、「liminal」はその層よりもひとつ上、人間が知覚するギリギリの領域のことですね。もともとそのふたつの言葉を使いたいというのはあって、アルバムを出すということが決まったときに、どちらを使おうか悩んだんですけど、アルバムの前にシングルを出すことが決まった時点で、「subliminal」には「アルバムのサブである」というシャレがひとつ入るので、だったらアルバムは「liminal」だな、と。

──作品の「subliminal」と「liminal」に、言葉の意味ほど大きな役割分担はないということですか?

もちろん差異はありますよ。今聴き返すと、「subliminal」のほうは若干形式的に聴こえるし、事実、そうやって作っていたんだと思います。まだ4小節単位での展開にこだわっている気がするし、展開のスピードにしても、商業音楽的なパターンから抜け切れていない気がしますね。ここまでリリースが遅れたのは、そこに気付いてしまったから、というのが大きいんですよ。

──予定では、1月に出るはずでしたよね。

本当は「subliminal」の世界をそのまま「liminal」に持ち込んで、シングルとアルバムが両方あって成立するようなものにしたかったんですけど、やりはじめたら、その考えには更新が必要だということがわかったんです。結果、「liminal」はもう少し感覚的というか、感情みたいなものが込められたと思いますね。

──感情?

違うか。感情になる、少し手前の感情……。そのほうが誤解がないかな。「liminal」という言葉は、1から2じゃなくて、ゼロから1への瞬間を指しているというのはさっきも言いましたけど、人間の感情にもそれはあって、例えば昨日の地震に関しても、ものすごく悲しい出来事ですけど、悲しいと感じる以前には、もっとモヤッとした感情が芽生えていたはずですよね。それはもちろん恐怖でもなくて、「恐怖」という言葉を使って整理される前の感情。1のほんの少しだけ手前の感情なんですよ。

──1になると、「判断」が入ってしまいますよね。自分自身を、すでに感じたことのある感情のバリエーションのひとつに「置く」ことで解決しているという状態。

そうですそうです。ただ、そのコンマ数秒以前には、もっと何か、説明できないものがあったはずでしょう? 例えば僕は、子供の頃から増水した川なんかを見ると、すっごい盛り上がるんですよ。すぐに見にいく。それはなぜかというと、やっぱり「怖い」とか「悲しい」よりも先にくる「何か」を感じるためだったと思うんです。自分ではどうすることもできないダイナミズムの渦中に身を置くことで、その「何か」をいつもよりも長く感じていたかったというか。

──説明のできない感情を表現するということは、説明のできる感情を込めないということでもありますよね。

そこもすごく強く意識しています。世間一般で言う感情って、すごく個人的なものじゃないですか。「好きだ」とか「悲しい」みたいな感情、ましてや「がんばろう」なんて感情というのは、自分の音楽で表現するものではないですよ。なんでそんな直接言えば済むようなことを、わざわざスタジオまで回り道してまで言わなきゃいけないんだっていう。だからといって、「なんていっていいのかわからないけど、俺、なんだか興奮してるんだぜ」って歌詞を書くことはできないし(笑)、そんな言葉を書いた時点で、それは(感情に対しての)ラベリングになってしまう。だったら僕は、言葉のない音楽で、能動的に浸るような感情ではなく、爪先からゆっくりと呑まれていくような「何か」のほうを優先したい。今まで僕が聴いてきた音楽というのも、圧倒的にそういうものが多かったですしね。

今回のアルバムは、説明できないものがなんなのかを探すために完成させたようなもの

──でも、それはずいぶんと厄介なものを見つけてしまったという感じですね。

そうですよ。めちゃくちゃ大変です。音楽自体は決して難しい内容ではないから、わかってくれる人は少なくないと思うけど、それを言葉にできない以上は……ねぇ。

──Amazonレビューの星はかせげないかもしれませんね。

インタビュー風景

(笑)。作者本人ですら、このアルバムを紹介するのは難しいからなぁ……。もちろん自分の中でのテーマはありますよ。あるんだけど、終始ぼんやりとしている。今回のアルバムに関しては、「説明できないものがなんなのかを探すために完成させた」みたいなところがありますからね。例えば水が沸騰する現象を音にしてみた「Boiling Point」であったり、人口問題を表現した「Capacity」であったり、何曲かは言葉になるものもあるんですけど、それにしたって、聴く人によってはまったく違う絵が浮かぶだろうし。

──できれば曲名もつけたくなかった、というのはありますか?

そこまで閉じなくてもいいのかな、とは思います。

──言葉のない音楽な以上、タイトルが担うものというのは大きいですよね。そこをとっかかりにイメージを広げていく人もいるかもしれない。

うーん、でも、タイトルに関しては、それほど重きを置いているわけではないですよ。言語化を諦めたイメージの妨げにならなければいい、ぐらいの感じですね。僕のデスクトップにはキーワードとなる単語だったり文章、印象に残った写真がたくさん貼ってあるファイルがあって……。

──ちなみにそのファイルの名前は?

「liminal_ネタ.RTF」です。

──(笑)。

で、機材をいじっているうちに、何か曲になりそうな骨格ができあがると、そのファイルをスクロールさせて、「どうせいろんなことを考えているわけじゃないんだから、ここから探せば何か見つかるだろう」みたいな感じで、音のイメージに近い言葉を引っぱってくることが多いんです。当初「Boiling Point」は「liminal」というタイトルだったんですけど、さらにその前は「Flask(フラスコ)」で、この単語も、ついこのあいだそのファイルから再発見されて、なんで「Flask」のままいかなかったんだろうって、後悔しましたね。僕の場合はいつもそうなんです。終わってから気付くことというのが本当に多い。とくに今回は「どうせ終われば気付くんだろうな」ぐらいに思っていたとこすらあります。もちろんそれはタイトルに限らず、音自体に関してもそうですね。僕の作品作りの半分くらいは、そういう「気付き」へと神経を尖らせることだったりするし。

──使う音色やトラック数というのは、かなり早い段階に出揃っていて、それをジャッジするのに長い時間がかかると。

そうです。だから、僕の曲は、ミックスダウンの直前だったり、ミックスをしながら大幅に変更されていくことがすごく多い。3日前のファイルを再生すると、もう、まったく別の曲だったりとかしますね。……ただ、若い頃は、その変更というのを、音を足していくことで完遂していたんですけど、最近は抜いていくことのほうが多くなってきているので、作業的には早くなってますね。音を抜いても線がつながっている場合は、もう、どんどん抜いていきますね。エンジニアの益子(樹)さんと、「ここいらないね。ここもいらないね」って音をパッパと消していって、「うわ、抜いても抜いてもつながったままだ!」ってゲラゲラ笑いながらやってました。

5thアルバム「liminal」 / 2011年4月6日発売 / Ki/oon Records

  • 初回限定盤 KSCL 1666-7 [CD+DVD]3360円(税込) / Amazon.co.jpへ
  • 通常盤 KSCL 1668 [CD]3059円(税込) / Amazon.co.jpへ
CD収録曲
  1. The First Step (Version liminal)
  2. Physical Music
  3. Natural
  4. Bluelight
  5. Boiling Point
  6. Beat It
  7. Capacity (Version liminal)
  8. liminal
砂原良徳(すなはらよしのり)

砂原良徳

1969年生まれ、北海道出身のサウンドクリエイター/プロデューサー。1991年から1999年まで電気グルーヴのメンバーとして活躍し、日本のテクノシーンの基盤を築き上げる役割を担う。

電気グルーヴ在籍時よりソロ活動を始め、1995年に「Crossover」、1998年に「TAKE OFF AND LANDING」「THE SOUND OF '70s」という3枚のアルバムを発表。脱退後は2001年にアルバム「LOVEBEAT」をリリースしたほか、スーパーカーのプロデュースやリミックス、CM音楽を手がけるなど多方面で独自のセンスを発揮。特にアーティストの魅力を倍増させるアレンジやリミックスには定評がある。2007年3月には自身のキャリアを総括するベスト盤「WORKS '95-'05」を発表した。

2009年7月にキャリア初のサウンドトラック「No Boys, No Cry Original Sound Track」をリリースしたのを期に、「SUMMER SONIC 09」「WORLD HAPPINESS 2009」「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2009 in EZO」といった大規模な夏フェスに参加するなど、活発な活動を展開。2010年4月にいしわたり淳治とのユニット“いしわたり淳治&砂原良徳”としてシングル「神様のいうとおり」を発表したのち、7月にはシングル「Subliminal」を、2011年4月には待望のフルアルバム「liminal」をリリースする。

さらに、2009年11月に発売された電気グルーヴのシングル「Upside Down」収録の「Shangri-La (Y.Sunahara 2009 Remodel)」の“リモデル”を手がけたほか、2010年11月発売のagraphのアルバム「equal」のマスタリング、同じく11月発売のCORNELIUSのアルバム「FANTASMA」リマスタリング盤にてリマスターを担当。アーティストとしてのみならず、エンジニアとしての手腕も高い評価を獲得している。