ナタリー PowerPush - 砂原良徳

機械による、人間のための音楽

ヘッドフォンで音楽を聴くのが嫌い

──確かに「Natural」のだだっぴろい空間とか、広すぎて不安になるぐらいのものがありますね。自分の呼吸がしっかり聴き取れる音楽というか。

あの曲は意識的に空間を開けてありますね。

──人が生活しながら聴く中で、エアコンが回り出す音とかハードディスクの起動音なんかとの相性がすごく良くて。

そうかもしれない。僕自身、ヘッドフォンで音楽を聴くのが嫌いで──音も嫌いだし、両耳を押さえられている状態も好きじゃなくて──よく自分の車の中でラフミックスを聴いたりするんですけど、そういうシチュエーションというのは、必ず「音楽+生活音」という状態ですからね。いいタイミングでトラックがプシューッと通りすぎたりすると、それが曲の大局を左右するアイデアになったりもするし。ただ、それも実際にそういう音を入れるかどうかというのは迷いに迷いますね。欲しい音をすべて入れてしまうと、説明的になりすぎてしまうと思うし、想像の余地を奪ってしまうから。

──そういう意味では、聴く人のことを信頼した音楽でもあると。

いや、全然。そこまで考えている余裕はないです。やっぱり今は音楽の聴かれ方もさまざまじゃないですか。家のステレオにCDをセットして、等距離に置かれたスピーカーに向き合って聴く人っていうのはほとんどいないだろうし、聴き手の状況を想定して、そこをめがけて音を作るというのは難しい時代ですよね。僕はひたすらに自分がどう感じるのか、どういう音楽をやりたいかというのに対峙しつつ、機材と対話し続けるしかないような気がしてます。自分はライブですら仕込みの割合が多くて、ほぼ「再生」に近いし、部屋に置かれたPCの画面の中に、実際のステージを想像したドミノを並べていって、本番で1つ目を倒す、みたいな作業だったりしますから、機材と対話している時間というのは、普通のミュージシャンよりもかなり長いんです。……でも、ライブは好きですよ。仕込みといえど、歓声が大きくなればディレイのレベルは上がっていきますしね(笑)。あとはもっとハプニング的な要素が入るといいかな。シーンとしまくって、最後は空き缶が飛んでくる、みたいな。

──その客って、砂原さんのライブに何を期待してきたんでしょうね。

インタビュー風景

(笑)。ロック? でも、そういう人がいてもいいと思う。ライブの醍醐味はそれでしょう。僕としても、たまには機材相手じゃないところを楽しまないと。

──機材、例えばシンセサイザーというのは、鍵盤式であれパッチ式であれ、技術者の手による工業製品であり、音ですよね。それを「自分の音」にまで高める難しさというのはありますか。

ありますね。

──例えばアシッドハウスを最初にやった人、もしくは黎明期に発展させたパイオニアというのは偉いのかもしれないけど、彼らのフォロワーに関しては、はたして自分の音楽なのか、ROLANDの技術者の音楽なのかわからないところもありますよね。

僕にもそういうジレンマはありますね……。でも、それも機材と対話し続けることで、だんだんと緩和されていくものなんですよ。野球選手でいえば、毎日練習するのかどうかってことだと思います。リリースの予定がなくても機材を触っているかどうか。オフの日でもリズムを組んだり、音を作ったりしているかどうか。そういうことを日常的にやっていると、機械も応えてくれるというか、そのぶん思ったままの球が投げられたり、イメージどおりにバットに当てられるようになるんですよ。

機材は冷たいままにせよ、人間は柔らかくなる

──だんだんとグローブが柔らかくなるように、機材も熟(こな)れてくると。

機材は冷たいままにせよ、人間は柔らかくなりますね。……まぁ、機材といっても今はほぼコンピュータだけですけどね。若い頃に比べて物欲も減退しているし、極力はPCひとつで思いどおりの音楽が作れるというのが理想だと思ってます。プラグインのソフトに関しても、複数の組み合わせによって、音の選択肢は無限になるし、最後までPCで完結したからといって、個性を出せないというわけでは決してないですから。むしろ鍵盤つきのシンセサイザーというのは、罠が多いんですよ。どうしても和音を弾いてしまって、そうなると、最後までその和音から抜け出すのは難しくなりますから。そういえば、ちょっと前のインタビューで、「subliminal」バージョンの「Capacity」に対して、「メロディアスだ」と言われたことがあって、それはもう、恥じ入るしかなかったですね。そんな気持ちで作ってないし、むしろあれは和音をたくさん押さえることで、音をクラスター(塊)状にしようとした結果なんですよ。飽和させることでの曖昧さを狙ったものだったんですけど……。

──まぁ、そういう誤解はあって当然の音楽だとは思いますが。

でもねぇ……。

──それは自分の出したい音がハッキリしすぎているからこその悩みですよね。

そうなんですよね……。うん、そこはしかたがないのかな。僕、高校生のときからそうですから。あの当時、サンプラーを買って、すぐに曲を作って友達に聴かせたら、「新しい機材を買ったのに、ほとんどの機能が無視されてるのがいい!」って言われて(笑)。普通だったらブレイクビーツとかを試したいのに、全然それがなかったらしくて。

──高校生なのに、すごい理解者がいましたね。

当時は打ち込みの音楽をやろうと思ったら、最低限、シンセ、MTR、ドラムマシーン、サンプラー、シーケンサー、エフェクターなんかを揃えなきゃいけなかったから、友達とみんなで機材を持ち寄ってやってたんですよ。アコギを弾いて歌うのとはわけが違いますよ。特にリズムマシーンは重要で……(以下、「liminal」とは関係のない機材の話なので割合)。

5thアルバム「liminal」 / 2011年4月6日発売 / Ki/oon Records

  • 初回限定盤 KSCL 1666-7 [CD+DVD]3360円(税込) / Amazon.co.jpへ
  • 通常盤 KSCL 1668 [CD]3059円(税込) / Amazon.co.jpへ
CD収録曲
  1. The First Step (Version liminal)
  2. Physical Music
  3. Natural
  4. Bluelight
  5. Boiling Point
  6. Beat It
  7. Capacity (Version liminal)
  8. liminal
砂原良徳(すなはらよしのり)

砂原良徳

1969年生まれ、北海道出身のサウンドクリエイター/プロデューサー。1991年から1999年まで電気グルーヴのメンバーとして活躍し、日本のテクノシーンの基盤を築き上げる役割を担う。

電気グルーヴ在籍時よりソロ活動を始め、1995年に「Crossover」、1998年に「TAKE OFF AND LANDING」「THE SOUND OF '70s」という3枚のアルバムを発表。脱退後は2001年にアルバム「LOVEBEAT」をリリースしたほか、スーパーカーのプロデュースやリミックス、CM音楽を手がけるなど多方面で独自のセンスを発揮。特にアーティストの魅力を倍増させるアレンジやリミックスには定評がある。2007年3月には自身のキャリアを総括するベスト盤「WORKS '95-'05」を発表した。

2009年7月にキャリア初のサウンドトラック「No Boys, No Cry Original Sound Track」をリリースしたのを期に、「SUMMER SONIC 09」「WORLD HAPPINESS 2009」「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2009 in EZO」といった大規模な夏フェスに参加するなど、活発な活動を展開。2010年4月にいしわたり淳治とのユニット“いしわたり淳治&砂原良徳”としてシングル「神様のいうとおり」を発表したのち、7月にはシングル「Subliminal」を、2011年4月には待望のフルアルバム「liminal」をリリースする。

さらに、2009年11月に発売された電気グルーヴのシングル「Upside Down」収録の「Shangri-La (Y.Sunahara 2009 Remodel)」の“リモデル”を手がけたほか、2010年11月発売のagraphのアルバム「equal」のマスタリング、同じく11月発売のCORNELIUSのアルバム「FANTASMA」リマスタリング盤にてリマスターを担当。アーティストとしてのみならず、エンジニアとしての手腕も高い評価を獲得している。