THE PINBALLS|“何百万もの忘却”を経て、混乱した現代を生き抜く

「殺伐とした気持ちで叩いてくれ」が一番難しいんですよ

──石原さんは「Dress up」ではスウィングをはじめ、ジャズでよく用いられる奏法を柔軟にこなしていました。今作だと「惑星の子供たち」「オブリビオン」のように、目まぐるしく曲が展開されるナンバーでその腕前が発揮されています。

石原天(Dr)

石原天(Dr) でも僕自身、腕が上がったという意識がまったくないんですよね。バンド全体のサウンドが大きく変化したから、僕も自然と変わっていったのかなって。

──「Dress up」のインタビューでも「周りが変わっていったのに合わせて自分の演奏も変化した」と話していましたもんね。

石原 「こういう雰囲気でやってみようかな」というのはありますけど、基本的には深く考えすぎず。激しい曲は腕がパンパンになるぐらい思いっきり叩きました。

──ほかのお三方は「こういうふうに叩いてほしい」とか、何か具体的なオーダーを出したんでしょうか?

古川 僕はよく「ここはこういうリズムにしてね」とか、「こんな気分で叩いてほしい」みたいな感じにリクエストします。

石原 「こういう気持ちで」ってオーダーしてくるパターンが一番難しいんですよ(笑)。

古川 「殺伐とした気持ちで叩いてくれ」とか言っちゃうんで。

石原 The Beatlesのジョン・レノンも、リンゴ・スターに対してそういうふうに要求してたみたいですけどね。ボーカルの人はそういう人が多いのかもしれないです。

──演奏に関するやりとりがスムーズになったり、意外なアンサーが返ってくることは?

古川 そこもあまり変わらないですね。いつも石原は一生懸命考えて対応してくれるんですけど、その姿勢もずっと変わらないです。中屋と森下も我が強いタイプではなくて、「それ絶対おかしいよ」とか言わないんですよね。僕のリクエストをいつも聞いてくれて。

──ちなみに森下さんは同じリズム隊として、石原さんと演奏して何か変化を感じたり、やりやすくなった部分はありますか?

森下 いや、ないですね。本人もあんまり深く考えてないので(笑)。あとは石原以外のドラマーと演奏したことがないし、長い間ずっと一緒にやってるから、具体的な変化に気付きづらいのかもしれません。知らず知らずのうちに成長しているところはあるかも。

メンバーが1人でも欠けちゃうと、バンドは死んじゃう

古川貴之(Vo, G)

──歌詞についても触れたいのですが、「マーダーピールズ」の「戦うために生きよう」、「ストレリチアと僕の家」の「怒りの中で 僕は生きてきた」「生きる事は確かに無意味でも きみまで意味を捨てなくていい」など、今回は生きる意味について歌った詞が多いですよね。さらに「オブリビオン」では「忘れ去られて ぼくらは 消えてゆく ようにできてる」「きっと何万年も そして何億年も 繰り返されてる」と死や輪廻転生を想起させるワードも出てきて、「きっと何兆年も そして何光年も 離れていても 君を思い出せる ような気がしている」と生まれ変わったあとの世界についても言及されています。こういった死生観は、コロナ禍で人の死がより身近になってしまったからこそ、歌詞に反映されたのでしょうか。

古川 確かにコロナに対する怖さはありますが、僕はそこまでシビアに考えていないんです。「この世が終わっちゃうんじゃないか」「死んじゃうんじゃないか」とか、そこまでの絶望感は持っていなくて。今おっしゃってくれた死生観みたいなものは、どちらかというとバンドの存在意義に対して感じているものですね。メンバーが1人でも欠けちゃうと、バンドは死んじゃうじゃないですか。もっと言えばライブが1回できるかできないか、それだけでバンドの命が続くかどうか決まってしまうし。

──ライブ活動を自粛せざるを得ない状況となった今年は、特に考えてしまいますよね。

古川 実際、今年活動を休止したバンドは少なからずいましたし、例えメンバー全員が健康でも、誰かが抜けたらバンドは死んでしまうと僕は感じていて。ちょっと大げさになっちゃいましたけど、そういうものだと思うんですよね。でも「millions of oblivion」は全然ネガティブな作品ではなくて。「オブリビオン」も「もし死んだとしても生まれ変われるじゃん」「また会おうぜ」みたいに、とてもポジティブな気持ちを込めているんです。

──ほかには「赤い羊よ眠れ」の「だから意識よ 夢に戻れ」、「ストレリチアと僕の家」の「これからも心は 傷ついてゆくけど 生きていける気がした」など、リアルもしくはフェイクを示すような言葉が各楽曲にちりばめられていることで、現実と向き合うべきか、幻想の中で生き続けるか……という葛藤をアルバム全体で表現しているようにも感じました。

古川 なるほど……それは自分で意図していなかったです。そんなふうに想像してもらえることってすごく好きで、「無意識にこんなことを考えてたんだな」と気付かされることも多くて。それは音楽をやっていて楽しいことの1つですね。

誰かにとってちゃんと心強い活動ができていたらうれしい

森下拓貴(B)

──2020年も間もなく終わりますが、コロナの影響で多くのバンドが活動を制限された中、THE PINBALLSはアルバムを2作、配信シングルを2作発表し、有観客でのワンマンも開催したりと、こういった状況下に負けない活動ができたと思います。この1年を振り返ってみて、いかがでしたか?

森下 今年はできなくなったことがいろいろありましたが、人生においてもバンドにおいても、決して悪いことばかりではなくて。これまでのTHE PINBALLSって、決まっている予定を淡々とこなしていくバンドだったと思うんです。でもコロナ禍を経て、メンバーやスタッフとのコミュニケーションをじっくり行えたんですよ。付き合いが長い分、最近はコミュニケーションを避けるようになっていて。

古川 言わなくてもわかることが多くなったもんね。

森下 そういうこともあって、すれ違いが生まれたりもしていたし。でも、バンド活動がやりたくてもできない状況になったことで、当たり前のことを話したり、確認できる機会が設けられたんです。そういった交流を大事にしつつ、作品を出したり、ワンマンライブを開催できたり、非常に幸せを感じることが多かった。もしかするとこれから数年、味わうことができないぐらい充実した1年だったかもしれないですね。

中屋 僕も森下と同じく、いつもと違う作業に時間を割けたのはすごくよかったと思います。その一方でライブができなかったのはかなりつらかった。ステージに立ってギターを弾くことがメインで、それに付随する形でレコーディングや撮影といった仕事がある、という認識だったんですよね。やっぱりライブに来てくれる人たちの前で演奏するのが最も楽しいし、バンドの存在価値が一番感じられるんです。それが音楽を続けている意味にもつながっているし。

中屋智裕(G)

石原 確かに、ライブができなくなって一時期はかなり凹みました。体調も崩しちゃって、「なんのために生きてるんだろう?」と悩んだこともあったから、アコースティックライブが開催できたのは本当にありがたかった。そのライブでパーカッションの人と一緒にセッションしたことも、自分の中では大事な体験になりました。普段バンドの中で打楽器を担当しているのは僕しかいないので、もう1人の打楽器奏者と一緒にプレイすることで、ドラムに対する意識が変わった気がします。

古川 そういうことってありますよね。ピンチのときだからこそ気付けることってあるし。

石原 具体的にどんな部分が変わったのかはうまく説明できないですけど、持ち直すきっかけになったかなと。

──ピンチではあったけど、その状況をうまく乗り越えることができた1年になったようで。来年もライブツアーが決まっていて、いいスタートが切れそうですね。

古川 まだコロナの感染拡大は怖いですけど、いつ収束するかわからないこの状況を乗り越えるためには、やっぱりみんなにパワーを与えられる存在が必要ですよね。誰かにとってちゃんと心強い活動ができていたらうれしいな、と思っています。

公演情報

THE PINBALLS Live Tour 2021 "millions of memories"
  • 2021年2月5日(金) 千葉県 千葉LOOK
  • 2021年2月13日(土)福岡県 LIVE HOUSE CB
  • 2021年2月14日(日)岡山県 PEPPERLAND
  • 2021年2月19日(金)宮城県 仙台MACANA
  • 2021年2月21日(日)北海道 SPiCE
  • 2021年3月6日(土) 大阪府 BananaHall
  • 2021年3月13日(土)香川県 DIME
  • 2021年3月14日(日)愛知県 ElectricLadyLand
  • 2021年3月27日(土)長野県 LIVE HOUSE J
  • 2021年3月28日(日)石川県 vanvanV4
  • 2021年4月8日(木) 東京都 TSUTAYA O-EAST
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