THE PINBALLS|“何百万もの忘却”を経て、混乱した現代を生き抜く

9月に初のセルフカバーアルバム「Dress up」を発表したばかりのTHE PINBALLSがわずか3カ月後、12月16日にメジャー2作目となるフルアルバム「millions of oblivion」をリリースした。今作は「対になるもの」をテーマに掲げ、THE PINBALLSの魅力であるストレートなロックンロールサウンドはそのままに、「Dress up」で挑戦したジャズ、ブルースの要素もふんだんに取り入れたアルバムに仕上がっている。音楽ナタリーではメンバー4人に「millions of oblivion」制作時のエピソードやコンセプトを語ってもらったほか、コロナ禍の影響を受けつつの活動となった2020年を振り返ってもらった。

取材・文 / 高橋拓也 撮影 / 岩佐篤樹

コロナ禍があったから生まれた「Dress up」

──カバーアルバム「Dress up」の発表から3カ月で早くも次のアルバムが出ると聞いて驚きました。「Dress up」発売前にタイアップ曲が解禁になった際、カバーアルバムの各楽曲とは異なる作風で「あれ? もしかして別の作品も作っているのかな」と気になっていて。

古川貴之(Vo, G) 実は「millions of oblivion」の制作が先に決まっていたんですけど、新型コロナウイルス感染拡大の影響でライブ活動に充てていた時間がぽっかり空いて。その時間を使って「Dress up」を作り、完成後に「millions of oblivion」の作業に取りかかった、という感じでした。

古川貴之(Vo, G)

──コロナの影響があったとはいえ、短期間で2枚もアルバムを作ってしまうのはすごいですね。

古川 制作ペース自体はいつも通りだったんですけどね。実際レコーディングスタジオに入って、メンバー全員で作業をしたのは2カ月ぐらいでしたけど、作品の構想自体は1年ぐらい前から考えていたんです。

──先ほど話題に挙げたタイアップも、アニメ「池袋ウエストゲートパーク」とドラマ「闇芝居(生)」と2作立て続けに決まりました。タイアップ曲の制作において、各番組サイドから何か要望は受けましたか?

古川 どちらも具体的な指示はなかったですね。「池袋ウエストゲートパーク」は番組スタッフの中にTHE PINBALLSが好きな方がいて、「ぜひ楽曲を使いたい」とオファーしてくださったんです。オープニングテーマ「ニードルノット」は原作版「池袋ウエストゲートパーク」を意識して作りました。「闇芝居(生)」のオープニングテーマ「ブロードウェイ」はたまたま劇場や芝居をテーマにして作っていた曲で、ドラマのテーマに偶然ハマったんです。

──すでに制作したものを提供したと。

古川 はい。ロックも舞台を用いたショービジネスで、そういったものを題材にした曲を作りたいと思っていたんです。「闇芝居(生)」とすごくピッタリだったので、運命的なものを感じました。

──古川さんは「池袋ウエストゲートパーク」とのタイアップが決まった際、2000年のテレビドラマ版放送時のエピソードを交えてコメントしていましたが、ほかの皆さんは?

森下拓貴(B) 僕もドラマ版をリアルタイムで観てました。高校1年生ぐらいだったかな。

古川 原作小説はずっと続いてるんだよね。

中屋智裕(G) 同世代でドラマ版を観てた人、多かったですよね。作品内で出てくるようなカラーギャングって都内にはそんなにいなかったけど、地元の埼玉にはたくさんいて(笑)。そういうのもあって、自分の周りで観ていた人が多かったのかも。

──皆さんにとっても身近な作品に関わるというのは感慨深いものがあったかと思います。一方で「ブロードウェイ」はミュージックビデオの再生数が間もなく140万回を超えそうで、目に見えて反響がすごい。

古川 ありがたいです。CDがなかなか売れない状況の中、「アルバムを100万枚近く売りたい」という目標は常に持っているので、そこまで興味を持ってくれる人がいるとわかってホッとしました。ただ、今だとテレビ番組にもよく出ているようなメジャーなアーティストのMVが、1億回以上再生されていることもざらにあるので、それに比べたらまだまだですね。

舞い散る札束は、実はただの紙切れかもしれない

──アルバム「millions of oblivion」は“生と死”、“思い出と忘却”など「対になるもの」がテーマに掲げられています。この題材はどのようにして決まったんでしょうか?

古川 まずアルバムタイトルについて触れたいんですけど、これまで発表してきた作品は数字をモチーフにしたものが多くて、「millions of oblivion」も“何百万もの忘却”という意味になります。これは映画「ミリオンダラー・ベイビー」や「レインメーカー」をモチーフにしました。お金を雨に例えて、まるで雨が降るように大金を稼ぐ人のことを「レインメーカー」と言うんですけど、そこから舞い散る札束を連想したんですね。でも札束だと思っていたものが、実はただのゴミだったり、紙切れだったりするかもしれない。見方によっては正反対に見える、という意味もこのタイトルには込めたんです。そこから作品の全体像を考えていって、「対になるもの」というテーマが生まれました。

──メジャー1stアルバム「時の肋骨」も1曲目と12曲目、2曲目と11曲目……といったふうに、前半と後半で楽曲のモチーフが対称になっていた作品でしたね。

古川 「時の肋骨」のコンセプトをより強化したところはあるかもしれないです。1曲目「ミリオンダラーベイビー」は「お前のことをまだ覚えてる」という曲だけど、最後の曲「オブリビオン」はすべて塵になって消えて、忘れてしまう様子を描いているし。対称にする、という点は前作以上にこだわってます。

──このテーマから想起したイメージをメンバーの皆さんで共有したり、アドバイスしたりは?

森下 助言は特にしなかったですね。基本的には古川から大まかなコンセプトを聞いて、それを全員で固めていく、という流れで作っていきました。数曲作っている段階では正直全然わからなかったけど、いざ曲が出そろったところで僕らも全体像を把握したんです。

森下拓貴(B)

バンドサウンドに対する飢え

──サウンドに関しても、これまでの作品で見られたストレートなロックテイストを踏襲しつつ、「Dress up」で挑戦したジャズやR&Bの要素を積極的に取り入れていたように感じました。

古川 まさに「Dress up」のレコーディングの影響が大きかったです。もちろんみんなでアルバム全体の構成を話し合ったり、各々が「こういうふうに演奏したい」というアイデアは持ち寄りましたけど、「Dress up」での経験もかなり生かされていると思います。

──「Dress up」のインタビューで「改めてバンドサウンドに対する欲求が高まった」というお話を伺ったんですけど、それに応えるようなハードなサウンドになったなと。特に冒頭の「ミリオンダラーベイビー」から「神々の豚」までの流れはすごいパワフルで、それこそ溜め続けてきた鬱憤を一気に爆発させるような勢いで。

森下 バンドサウンドに対する飢えみたいなものはありましたね(笑)。

──そういった意味でも、すごく「Dress up」と差別化された作品になりましたね。

古川 やっぱりエレキというか、歪んだ音を鳴らすのは気持ちいいですよね。いつも以上に歪ませた部分もあります。

──ほかにも具体的に挙げてみると、「惑星の子供たち」冒頭にはアコースティックなアレンジが入っていたり、「オブリビオン」はワルツのような拍を採用したり、表現の幅が広がった印象も受けました。

古川 僕らも聴き直して、その変化は実感しましたね。「惑星の子供たち」では僕1人だけが演奏しているセクションを用意して、ハーモニカを入れたりしたんですけど、そこは「Dress up」だけでなく、Twitterで披露してきた弾き語りの経験も生かされていると思います。4人全員が参加しなくても面白い瞬間を生み出せるっていうのは、「Dress up」でゲストミュージシャンを迎えたことで気付いたんですよね。そういった刺激がバンドサウンドにも踏襲されたんじゃないかと。

石原天(Dr)

今度は自分自身が演奏を楽しむ番

──演奏の変化に関しては、ぜひお1人ずつ聞かせてください。森下さんのベースはダウンピッキングをメインにした力強い音が特徴的でしたが、今回はウォーキングベースが用いられたり、複雑にベースラインが動く曲も多くなったように感じました。

森下 これまで「こうしないとTHE PINBALLSらしくない」という考えに固執せず演奏してきたんですけど、やっぱり心の中ではブレない部分があるし、4人で音を出していれば自然とTHE PINBALLSらしさが出てくるんですよね。そういった軸があるからこそ、いろんなアプローチを惜しみなく試せたところはありました。ルート弾きだけの演奏も今まで避けてきたんですけど、今回はあえてやってみたり。音を出すことがより楽しくなったのかも。

──確かに、これまで以上に生き生きとしたサウンドに聴こえました。

森下 もちろん今までも1音1音大事に弾いてきたんですけど、今度は自分自身が楽しむというか、ただ大事に弾くだけ、というのは違うなと思って。一歩先に行けた気がしますね。

──中屋さんのギターも、エフェクトをかけて豪快に弾き倒すものもあれば、「Dress up」のときにも披露されたフォーキーなものも混ざっていて。

中屋 でも、そこまで「音を変えよう」という意識はなかったんですよ。普段聴く音楽もロックだけではないし、極端に好きなジャンルが偏っていることもなくて。ただただ好きなように弾いてるんです。最近はブルースを聴く機会が多かったので、そこからの影響は強く出たのかもしれないけど、カテゴライズ自体は意識してないです。ガチガチに考える人もいるかもしれないけど、僕はそういう感じではないので。

中屋智裕(G)

──中屋さんと古川さんは一緒にギターを弾く場面も多いですが、お互い何か変化を感じた部分はありましたか?

古川 中屋はとにかくブレないですね。いろんなスタイルに挑戦し続けるギタリストもいますけど、中屋はずっと変わらないタイプだと思います。そういう変わらないカッコよさ、みたいな部分が彼の魅力なのかなって気がしますね。

──中屋さんは古川さんについて何か感じましたか?

中屋 うーん……機材?

古川 僕はずっとフェンダー派だったんですけど、最近ギブソンのギターを弾いてみたらすごくしっくりきて。「神々の豚」はフェンダーを使ってますが、メインのギターがギブソンに変わったので、それは中屋にとっては大きな変化に感じたかもしれないです。