The Beatlesが解散の約1年前、1969年にスタジオで行ったレコーディングセッションと、自社アップル・コアの屋上でゲリラ的に開催した通称「ルーフトップ・コンサート」の模様を収めたドキュメンタリーシリーズ「ザ・ビートルズ:Get Back」の配信が、ディズニープラスにてスタートした。
本作の監督を務めるのは、映画「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズでも知られるピーター・ジャクソン。彼がアップル・コアの倉庫に眠っていた膨大なフィルムや音声を4年かけて洗い出し、最新技術によりレストアした素材をほぼ時系列に並べた本作を観ていると、まるでセッションの現場に居合わせているような、今まで体験したことのない没入感を味わうことができる。
ビートルズの名曲たちがゼロから生み出され、完成に向かって進んでいく様子を目の当たりにできる本作は、まったく新しい体験型ドキュメンタリーと言えよう。そこで今回は、ビートルズに大きな影響を受けつつ現在進行形のロックサウンドを鳴らす、GLIM SPANKYの松尾レミ(Vo, G)と亀本寛貴(G)に、この映画の魅力についてたっぷりと語ってもらった。
取材・文 / 黒田隆憲撮影 / 須田卓馬
奇跡でしかない記録映画
──まずは、8時間弱に及ぶドキュメンタリー「ザ・ビートルズ:Get Back」を観た率直な感想から聞かせてもらえますか?
亀本寛貴(G) 非常に面白くて、こういう映像が50年も眠っていたことに驚きました。曲作りやレコーディングをしている現場なんて、普通のアーティストだったらファンに見せちゃいけない姿だと思うんですよ。ビートルズの音楽が今なお色褪せずに残っていて、解散したあともメンバーそれぞれが名作をたくさん生み出してきた“未来”があるからこそ、僕らはこれをポジティブな気持ちで鑑賞できるのかなと。もし、この作品が1969年にリアルタイムで公開されていたら、「惨劇の現場」としか言いようがないくらい赤裸々なシーンもたくさんありましたよね(笑)。それが時を経て、歴史的にも貴重になっているところも含めて面白い映画だなあと思います。
松尾レミ(Vo, G) 今までビートルズに関する書籍や、ファンの人たちの話の中で知ったことって、どこかおとぎ話の世界みたいな感覚があったんです。それを実際の映像で観ることで、「あそこに書かれていたエピソードって、このことだったんだ!」みたいな、まるで都市伝説が実話になっていくような不思議な感覚がありました(笑)。それに、1つの楽曲がゼロからできあがっていく過程を見ることができるのって、ビートルズじゃなかったとしても貴重だと思うんですよ。なぜかというと、私自身が曲を作っているときに、どうやってメロディとかが生まれているのか記憶がほとんどないんです。それが、ずっとカメラを回していたことによって「記録」として残っていて、なおかつほかでもないビートルズの名曲ができる過程というのが奇跡でしかないなと。
──映画の前半で、ポールが「Get Back」をゼロから作っていくところなど、ゾクゾクするくらい興奮しますよね。
松尾 そうなんです。まだ歌詞もできていなくて、適当に鼻歌を歌いながらメロディを探っているじゃないですか。ああいうところ、自分だったら絶対に見せたくないと思うかもしれないです(笑)。あと、セッションの途中でビリー・プレストンが参加して、煮詰まっていたレコーディングが一気に進むところとかも「ビリー、ありがとう!」って思いました(笑)。ビリーが入った瞬間の、パズルがハマったかのようなシーンとみんなが喜んだ顔。ここに音楽をやる楽しさがあるんだなあということを感じました。
亀本 観ているこっちも安心したもん。「え、これ終わんないじゃん、曲できないよ? どうしよう」と勝手に感情移入していたんだけど、ビリーのエレピが入っただけで一気に曲が仕上がって。「よかったあ」と思った(笑)。
松尾 「I've Got A Feeling」のあの有名なエレピのリフが入る瞬間とか「うわ、入ったすごい!」ってなる(笑)。自分のレコーディングにも置き換えて考えちゃうよね。レコーディング当日までデモの仕上がりにイマイチ納得いってなくて、でもその日たまたまサポートミュージシャンが入れてくれたシンセのフレーズに、「そう、それそれ! それを待ってた!」と思うときとか、実際にあるので。
新し物好きだったビートルズ
亀本 ミュージシャン目線でもう少し言うと、ビートルズってビンテージ楽器とかに対してあまりこだわりがないんだなと思った。エリック・クラプトンやジミー・ペイジ(Led Zeppelin)、キース・リチャーズ(The Rolling Stones)とか同世代のミュージシャンたちは、当時こぞってフェンダーやギブソンのビンテージモデルをコレクションしてたんですよ。でも、ビートルズのメンバーがスタジオで使っているアンプとかは、リアルタイムで発売されたものだったりするんですよね。
──機材に関しては、ミーハーで新し物好きという側面もあるのでしょうね。「Abbey Road」(1969年9月にリリースされたアルバム)では、発売されたばかりのモーグシンセサイザーをいち早く取り入れていたし、この映画でもリボンコントローラーが搭載された小型のシンセを、珍しそうに操作するシーンがある。
亀本 新し物好きというのは、間違いなくあると僕も思います。ポールが「ビンソンのエコーが欲しい」と言っていたシーンがあるけど、あれとか当時はわりと新しいモデルだったはずです。おそらく、自分たちは演奏のうまさとかでアピールするようなバンドではないことを自覚していたんだろうなと思う。だからこそジョージがポールに、「俺はエリックみたいには弾けないよ」みたいな嫌味を言うわけで(笑)。
松尾 「もう、そんな言い方しないでよ、ジョージ!」と思いながら観てたよ(笑)。ジョージはジョージで素晴らしいのに!って。
亀本 ビートルズがジョンとポールのバンドであるのは間違いないんだけど、この頃のジョージはいろんなものを吸収して、音楽的にもすごく成長してた。実際「Something」のような、2人に引けを取らない素晴らしい楽曲をたくさん書いているんだよね。分数コードについてビリーと話し合うシーンなんかもあるように、彼の才能がどんどん開花していくところを垣間見られるのも、この映画の見どころだと思いました。
松尾 しかも、あのときのジョージって25歳とかですよね。信じられないです(笑)。
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ポールにしか感情移入できない