「The VOCALOID Collection ~2021 Autumn~」開催記念特集 Ado×伊根|ボカロ界隈の“文化祭”を通じて発見する新たな才能 (2/2)

ボカコレのような“きっかけ”を待っていた

──Adoさんが伊根さんの「ルーセ」を知るきっかけとなった「ボカコレ」について、クリエイターである伊根さんはどのようなイベントだと認識していますか?

伊根 僕が最初に参加した「ボカコレ」に関しては、「お祭りがあるらしいから参加しておこうかな」くらいのふわっとした動機で。「参加したいな」とは思ったんですが、そのときは曲のアイデアが何もなくて、僕が動画のイラストをよくお願いしていた絵師の薬屋さんに「この絵をもとに曲を書いていいですか?」と打診して作ったのが「ルーセ」だったんです。もともと僕は自分で聴くために曲を作っていたし、ボカロPとして活動し始めてからも自分のペースで曲を作り続けていたので、何かに間に合わせるために曲を書いたことがなくて。急ピッチで作った「ルーセ」には、生まれるはずのなかったものが生まれた感覚がありました。実際に「ルーセ」を投稿して「ボカコレ」に参加してみると、いろんなクリエイターや視聴者の方々がそれぞれの距離感、それぞれの深さで楽しんでいて、「あ、これ学生時代に経験した文化祭みたいだ」と思ったのを覚えています。

Ado 「文化祭みたい」という感覚、すごくわかります。私は“歌ってみた”を投稿して参加しながらも、いろんなボカロPさんたちの新しい作品をものすごく楽しみにしていますし、“踊ってみた”のような二次創作もチェックしていますし。ボカロ文化のパラダイスだと思って、毎回「ボカコレ」を楽しみにしています。

伊根 今まではボカロPも“歌ってみた”のような二次創作を作る方々も、それぞれがそれぞれのペースで作品を投稿していたんですよね。ボカロの誕生日とか、記念日的なものはあっても、みんなが作品を持ち寄るようなタイミングというのがこれまであまりなくて。「ボカコレ」は、そういう意味で作品投稿のきっかけになったのが1つ大きいと思います。

Ado こういうきっかけを皆さん待っていたんだな、というのを確かに感じました。

──伊根さんの楽曲が改めて注目されたのは前回の「ボカコレ」に投稿された「ナイトフォール」です。この曲に関しては「ボカコレ」開催に合わせてしっかり準備して作り上げた曲なんですよね?

伊根 そうですね。もともと原案自体は数年前からあって、成人式のときに地元に帰って、昔通っていた小学校や通学路をたどりながら感じた不思議な感覚、ちょっとほろ苦い感じの感覚を曲にしてみようかなと思って作った曲なんです。大人になった今でも小学校とか中学校の風景って夢に出てくるんですよ。そういう僕自身がとらわれている記憶をテーマに作っていた曲で、実は数年前に作っていた曲を今の表現力でリメイクしたらどうなるかなと思って再構築したのが「ナイトフォール」なんです。

Ado 先ほどは絵から曲を作ったとおっしゃっていましたし、いろんな作り方があるんですね。

伊根 妄想をもとにストーリーから曲を考えることもありますし、曲ができてからストーリーが思い浮かぶこともありますから、本当に曲によってまちまちですね。今回の「ボカコレ」に出そうと思っている新曲はちょっと変わっていて、夢を見ているときに聞こえた曲を再現したものなんです。

Ado え!? そんなこともあるんですか?

伊根 僕にとっても珍しい体験なんですが、夢の中でこの曲が聞こえてきて、なぜかはわからないんですがミュージックビデオまで見えたんですよ。起きたときに寝起きで鼻歌をiPhoneのボイスメモに録音して、それをブラッシュアップして作り上げたのが今回の「ボカコレ」に投稿する新曲です。テーマとしては最近まで忘れていたこと、忘れていたある人について歌った曲ですね。個人的にもお気に入りの1曲に仕上がったので、皆さんぜひ楽しみにしていてほしいです。

Ado すごく楽しみです。

伊根 Adoさんは今回の「ボカコレ」に何か投稿するんですか?

Ado はい。これまでの「ボカコレ」ではryo(supercell)さんの「ブラック ロックシューター」と「恋は戦争」を投稿してきたんですが、またryoさんの曲を歌うとこれから先、抜け出せなくなっちゃうなと思って、今回は少し路線を変えてNemさんの「シザーハンズ」を歌おうと思っています。けっこういい線の選曲だと思いますし、以前から「シザーハンズ」でいこうと決めていたので、私もどんな反応があるかすごく楽しみです。

新世代の曲から受ける衝撃

──お二人が「ボカコレ」で注目しているコンテンツはなんですか?

Ado やっぱり私は動画投稿系のコンテンツですね。ボカロPさんのトップ30はもちろん、ルーキーランキングも気になりますし、“踊ってみた”のような二次創作もすごく好きなので。伊根さんの音楽に出会ったのも二次創作からですし、「誰かの好き」を知れるツールとしてニコニコ動画の二次創作はずっと好きで常にチェックしています。

伊根 作り手としては、有名なボカロ曲のステムデータの公開が大きいですね。楽器単位で因数分解して誰かが作った楽曲を分析できることってめったにないんですよ。だから毎回いろんな方のデータを見て勉強させていただいています。あとはプレイリスト企画。いろんな方のプレイリストをコメントと合わせて見るのが好きで、楽曲の新たな魅力に気付けたりもするので。自分だけが知ってる新しい魅力を布教するのって、すごくニコニコっぽいんですよね。その自分たちで作り上げている感じが大好きです。

──Adoさんは伊根さんの楽曲を「ジャンプ」や「バズリズム」で紹介しています。

Ado 自分で発見した楽曲を紹介したい欲求があるんですよね(笑)。伊根さんの場合は、自分が衝撃を受けた感情をみんなに体験してもらいたくて「みんなこれすぐ聴いて!」という気持ちで紹介させていただきました。もしかしたらもっとメジャーな曲紹介を求められていたかもしれないんですが、メジャーな作品を紹介するのって難しくて、「今さら紹介してんじゃねえ」みたいに言われてしまうんじゃないかと被害妄想をしてしまったり……。

伊根 その気持ち、わかります(笑)。

Ado もちろん「すごい!」と思ったら、メジャーでもマイナーでも関係なく紹介するとは思いますが、やっぱり自分で発見した方をみんなに知ってもらいたくて。特に最近は新しい世代のボカロPさんの曲に衝撃を受けることが多いですね。

伊根 新しい世代のボカロP、みんなすごいですよね。「ボカコレ」のルーキーランキングとかで顕著なんですけど、僕の曲がこんなすごい人たちの間に挟まれてる……といつも思っています。いい曲に囲まれて幸せではあるんですが、そこにちゃんと追いついていかないといけないなと、気が引き締まる思いも感じますね。

Ado 伊根さんもしっかりその中の1人として存在感を放ってますよ(笑)。

伊根 そう言ってもらえるとうれしいですね。

クリアで切ないAdoの歌声を生かした曲を

伊根 1つ質問していいですか?

Ado もちろん、なんでも聞いてください。

伊根 Adoさんは“7色の歌声”というか、いろんな表現方法をお持ちだと思うんです。曲に対するアプローチをどうするかはすぐ決まるんですか?

Ado すぐ決めて歌いますが、聴き返したときにほかのフレーズとの兼ね合いであとから修正することは多いですね。それこそ「うっせぇわ」の場合なら、ずっとがなってたらお腹いっぱいになっちゃうから、ここは裏声にしてみよう、みたいなことは聴き返したときに考えました。だいたい8割は最初に決めた通りに歌うことになって、残りの2割を聴き返してから録り直していくイメージですね。

伊根 僕はAdoさんの“歌ってみた”では「乙女解剖」が一番好きなんです。1サビと2サビのギャップが特に好きで、落ち着いた雰囲気で歌うパートがありつつも、内側に込めた激情を感じられるというか。こういう歌い分けは一朝一夕で身につくものではないし、1つの作品に対するこだわりはすさまじいんだろうなと想像していました。

Ado こだわりは強いほうだと思います。その分、大変な思いをするのは自分なんですが、それも含めて楽しめていますね。

伊根 僕が言うのもおこがましいかもしれないけど、Adoさんの歌は作り手側の共感を誘うくらい作り込まれたものだと思っていて。それを今日伝えられてよかったです(笑)。

Ado ありがとうございます。

──逆にAdoさんから伊根さんに聞いてみたいことはありますか?

Ado 初めて「ルーセ」を聴いたとき、曲の世界観に圧倒されて「どういうふうに思いつくんだろう」とものすごく気になったんですよ。普段はどういうところから作品のインスピレーションを得ているんですか?

伊根 自分のクリエイティブに関して、実は自分の中には作家性というか、固有の世界観をはっきり持っているタイプではないのかなと自覚していて。ちょっとランダム性のあるものとか、シュールなものが好きなんですよね。自分の内側から出てくるものには限界があるから、どこかほかから刺激をもらって僕自身が驚くくらいの作品を作ったほうが、音楽を聴いてくれる人も楽しんでもらえるんじゃないかな、みたいな。あとは、ほかの方が作った曲からインスピレーションを得ることもあって、ちょっと変わった方法ですけど、初めて聴く音楽をちょっと小さい音量で流すんです。それを途中で止めて、自分だったらこの曲の続きをどう作るか、妄想を膨らませて曲作りの練習をすることがあります。

Ado すごい方法ですね。初めて聞きました。音量を小さくするのはなぜですか?

伊根 大音量でもいいんですけど、ハッキリ聞こえてしまうとイメージが固定化されてしまうので、おぼろげなほうがいいかなと思って。その曲を作れられた方にはちょっと失礼なことかもしれませんが、曲を聴いたときの感動あってのクリエイティブなので、どの曲に対してもリスペクトを込めて接しているつもりです。

Ado 伊根さんの楽曲がどう生まれたのか知ることができて、今日はすごく貴重な体験ができました。ありがとうございました。

伊根 こちらこそありがとうございました。

──もし伊根さんがAdoさんに楽曲を提供できるとするならば、どんな曲を書いてみたいですか?

伊根 自分のような者がおこがましいんですが、もしAdoさんに曲を書くなら、自分がやったことのない曲調に挑戦してみたいですね。Adoさんの歌声、どんな表現も好きなんですが、僕はクリアで切ない歌がすごくいいと思っていて。細かいボーカルの機微を駆使しながらいろんなふうに遊んでもらいたいから、ちょっとローテンポで落ち着いた感じのロックを歌ってもらったら、すごくいい曲になりそうです。

Ado めっちゃくちゃよさそうですね。

伊根 もちろん仮定の話なので、実際に書くときはAdoさんの要望とかもしっかり聞きます(笑)。この話が現実になるくらい、僕もがんばらないといけないですね。

プロフィール

Ado(アド)

2002年10月24日生まれの歌い手。2017年1月に「君の体温」の“歌ってみた”動画を投稿し、歌い手としての活動をスタートさせる。2020年10月にリリースしたメジャーデビュー曲「うっせぇわ」が社会現象となるほどの大ヒットを記録した。一躍人気のボーカリストとしてその知名度を高めた。動画共有サイトでの“歌ってみた”の投稿のほか、コンスタントにオリジナル曲を発表しており、2021年8月には映画「かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~ ファイナル」の挿入歌である「会いたくて」を配信リリースした。

伊根(イネ)

ボーカロイドプロデューサー。2020年5月に「回避性パーソナリティ」を動画共有サイトに投稿し、ボカロPとしての活動をスタートさせる。2021年4月に投稿した楽曲「ナイトフォール」が「The VOCALOID Collection ~2021 Autumn~」のルーキーランキングで5位を獲得した。