ボーカロイドにまつわるさまざまな企画が繰り広げられるイベント「The VOCALOID Collection ~2021 Autumn~」が、10月14日から17日にかけてオンラインで開催される。
「The VOCALOID Collection」は昨年12月に初開催されたイベントで、数多くの新作動画を対象としたランキング企画やライブイベント、ユーザーがクリエイターを支援する「クリエイター応援大作戦」と題した視聴者参加型企画などが行われる。音楽ナタリーでは、3回目となる「ボカコレ」の開催を記念して、「うっせぇわ」のヒットを皮切りにその知名度を一気に広めている歌い手・Adoと、前回の「ボカコレ」ルーキーランキングで5位を獲得したボカロP・伊根の対談を実施。「ボカコレ」の参加者同士でもある両者には歌い手とボカロP、2つの視点でお互いの作品の魅力や、「ボカコレ」の楽しみ方を語り合ってもらった。
取材・文 / 倉嶌孝彦
ボカロだからこそ素晴らしい曲
──今回の対談はAdoさんが伊根さんを指名する形で実現しました。いろんなクリエイターがいる中で、Adoさんが伊根さんを指名した理由は何だったんでしょうか?
Ado それこそ私が伊根さんのことを知ったのは「ボカコレ」がきっかけなんですよ。踊り手のぽるしさんによる「ルーセ」の“踊ってみた”動画を観て、「なんだこのカッコいい楽曲は!」とビックリして、しばらく「ルーセ」は繰り返し聴いていました。今回対談をさせていただくなら、「ボカコレ」がきっかけで楽曲に出会った伊根さんのお話を伺いたいなと思ったんです。
伊根 ありがとうございます。「週刊少年ジャンプ」でAdoさんが僕の曲を紹介していただいた際、最初は何が起こっているのかよくわからなかったんですよ(笑)。Twitterでその情報を見つけて、出勤前にコンビニで初めて自分で「ジャンプ」を買って読んでみたら、僕の「ルーセ」が「おすすめしたいボカロ曲」として紹介されていて。「本当に書かれている!」と思って驚きました。本当にありがとうございました。光栄です。
Ado とんでもないです。ボカロの曲っていろんなジャンルのものがありますけど、私は「ボカロだからこそいい」みたいな楽曲も大好きなんです。伊根さんの「ルーセ」を聴いたとき、イントロの電子音でもう大好きになっていたんですけど、IAちゃんの声にすごくマッチしたサウンドなのがたまらなくよくて。こういう楽曲、ひさしぶりに出会ったなと思ってすごくときめきました。伊根さんはずっとIAを使い続けてますよね?
伊根 そうですね。いろんなボカロ曲を聴いていく中で、自分で最初にボカロに手を出すならIAだろうな、とは考えていて。
Ado えー!
伊根 一時期、ボカロを聴かない時期があったんですけど、その頃に「カゲロウプロジェクト」とかIAを使った名曲がたくさん生まれていて。ひさしぶりに聴いてみたら、ボカロの表現力の高さに驚かされたんです。歌い方の機微があるというか、人間っぽさとボカロっぽさの塩梅がものすごくいいシンガーというイメージが強いですね。
Ado ボカロであってもボカロでなくても素晴らしい曲と、ボカロだからこそ素晴らしい曲があって、伊根さんの楽曲は後者なんですよね。伊根さんの曲は特にIAとの相性がバッチリで、最初聴いたときは本当に興奮しました。
ボカロPをやるなら“芋けんP”
──伊根さんは2020年にボカロ曲を初投稿していますが、まったくのルーキーというわけではないですよね? どこかで培った音楽的素養が楽曲に表れていると思うんですが……。
Ado 私もそれは気になっていました。
伊根 もともと曲作り自体はずっとやっていたんです。以前は自分で聴くためだけに作っていたんですよ。
Ado 音楽を始めたのはいつ頃だったんですか?
伊根 中学の頃、楽器屋さんでギターを試奏させてもらったときに「なんだこの面白いものは!」と思って、親に買ってもらったのが最初ですね。楽器を始めてからは、好きな曲を模倣するような形で練習していて、一度バンドを組んだことがあったんですが、そのときはボーカルが逮捕されちゃって……。
Ado ええ!? そんなことあります?
伊根 バンドはそれっきり解散になってしまい、それ以降はずっと1人で音楽を楽しんでいますね。小学生の頃の夢が科学者だったんですが、ギターの練習中は実験をしているような気持ちになるんです。面白い曲に出会ったら「この音をこう変えたらどう感じるか」というのを試してみたり、「この部分はなぜ気持ちいいのか」と研究してみたり。仮説を立てて検証を繰り返す遊びをずっとやっていたので、それが曲作りの土台になっているのかもしれないですね。
──「科学者になりたかった」というところにも表れているように、おそらく伊根さんは再現性の高いものを追求するのが好きなタイプだと思うんですよ。DTMという1人で音楽を追求する文化との親和性がものすごく高いタイプですよね。
伊根 本当にその通りだと思いますね。DTMやボカロがなかったら、僕はいったい何をしていたんだろうと思うくらい(笑)。世の中の手の届くところにボカロというツールがあって、ものすごく救われたと思います。
Ado 私も身近にボカロや二次創作の文化があって本当に救われたと思っています。バンドの経験もないですし、小さい頃はJ-POPもあまり聴いてなくて。小学1年生ぐらいの頃から従姉妹に薦められたボカロの二次創作の動画を入り口にボカロばっかり聴いてきたので、完全に1人の世界で音楽を楽しんできたタイプなんです。周りにもボカロ好きな子はいたし、「歌い手になりたい」と言っていた子もいたけど、実際に動いてやってみるような子はなかなかいなくて。1人で音楽を始められる環境があってよかったなと思うところはありますね。
伊根 ちなみに、Adoさんの小さな頃の夢はなんでしたか?
Ado 本当に小さい頃の夢はプリンセスでした(笑)。その後、ちょっと現実を見た頃の夢はドレス系のデザイナーですね。絵を描くことが好きだったので、デザイナーやイラストレーター、マンガ家になりたいといろいろ夢見ていたんですが、自分の実力的に無理かもしれないと悩み始めてからは、ニコニコ動画にハマっていたのもあって、歌い手になりたいという気持ちが強くなっていきました。
伊根 「ボカロPをやろう」とは思わなかったんですか?
Ado もちろん興味はありました。それと、作曲もしていないのに友達とは「なんて名前でボカロPをやろうか」という話はしていたんですよね。形から入りたがるというか「やっぱりほかのボカロPと被ってたら嫌だよね」みたいな話をしていて、そのとき友達が私の家に持ってきていていた芋けんぴを指さして「芋けんPだ!」と盛り上がって。だから私のTwitterのIDが「ado1024imokenp」なんですよ(笑)。
伊根 そうだったんですね! なんで「imokenp」なのかずっと気になっていたんですよ。
Ado 生きているうちにボカロPになって、この伏線は回収しなきゃいけないなと思っています(笑)。
伊根 めちゃくちゃ楽しみです。ぜひボカロPとしてデビューしてルーキーランキングで1位を獲得してもらいたいです。
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ボカコレのような“きっかけ”を待っていた