向井太一改めTAIL、名義変更の理由と1st EP「flex」に懸ける思いを告白

向井太一改めTAILの1st EP「flex」が配信リリースされた。

昨年11月のライブツアー「THE LAST TOUR」最終公演をもって向井太一としての活動を終え、今年1月に改名後初のシングル「Fundus」をリリースしたTAIL。彼は新たな名前で再スタートを切ったものの、その理由をほとんどメディアで語ってこなかった。

TAILは新名義での再出発にどんな思いを懸けたのか──始動から約半年を経て、音楽ナタリーに改名のいきさつを明かしてくれた。さらに、向井太一時代からタッグを組んできたNOIZEWAVE、Lumel、MONJOE(DATS)、初コラボとなったケンモチヒデフミ(水曜日のカンパネラ)、Wez Atlas、詩人の黒川隆介を迎えた「flex」の制作背景についてもたっぷり語ってもらった。

取材・文 / 小松香里

何も言わずに姿を消した向井太一

──まず、昨年11月に東京・豊洲PITで行われた向井太一として最後のライブについて聞かせてください(参照:向井太一「THE LAST」ツアーで7年の活動に終止符、新名義・TAILで再スタートへ)。ベストアルバムに収録された「Last Song」を歌ったあと、スモークの中に姿を消していった演出にはどんな思いが込められていたんでしょう?

名義をTAILに変えるにあたって、自分の音楽をもっと“アート”として意識してやっていきたくて。そのうえで、お客さんに何も告げずに消えるような終わり方にしたかったので、そういう演出を中心にライブの内容を考えていきました。あと、やっぱり向井太一としてのキャリアが7年間あって、最後にファンの人たちを盛り上げたい気持ちもありました。ちょっと変な方向での盛り上げ方になりましたが。

──ざわざわしてましたよね。

そういう感じでしたね。「最後にめちゃめちゃカッコいいことをやろう」という一心で、それ以外はあまり考えてなかったんですよね。

──ライブ後、豊洲PITのロビーに出るとTAILのフライヤーが床や壁に敷き詰められていて。

スタッフの方がめちゃくちゃがんばってくれました。あの演出も最初から考えていたことで、スタッフと会場側の方たちとで「どういうことができてどういうことができないのか」を話し合ったうえで実現したことですね。

「THE LAST TOUR」東京・豊洲PITのロビーに敷き詰められたフライヤー。(撮影:鳥居洋介)

「THE LAST TOUR」東京・豊洲PITのロビーに敷き詰められたフライヤー。(撮影:鳥居洋介)

「THE LAST TOUR」東京・豊洲PIT公演の様子。(撮影:鳥居洋介)

「THE LAST TOUR」東京・豊洲PIT公演の様子。(撮影:鳥居洋介)

向井太一としての活動に限界を感じた

──アーティスト名を変えようと思ったのはどうしてだったんですか?

自分のキャリアに対して何年か抱えていた悩みが2年前ぐらいに爆発しちゃって、精神的に混乱していた時期があったんです。そのとき、レーベルの社長に「どうしたらいいかわからない」って相談したところ、「自分の音楽に対して今、どう思ってる?」と聞かれて。「やりたいこと、やるべきこと、やっていることがごちゃごちゃになってしまって、すごく中途半端な気がする。一生懸命やってるんだけど、線になってない気がするんです」と答えたら、「アーティスト名を変えちゃえばいいんじゃない?」と言ってくれて、「それってありなんだ」と思ったんですよね。自分としては「音楽を続けるか辞めるか」と思うくらい悩んでいたんだけど、社長の言葉が救いになって、改名してイチからやり直すことを考えたら、すごくワクワクしてきたんです。

──1年前、ミニアルバム「CANVAS」発売時のインタビューで「今までと同じことをやっていてもダメだと感じたことで、音楽的にもっと自分を解放して新しいことをやる方向に向かった」と言ってましたよね(参照:向井太一「CANVAS」インタビュー|塗り重ねた“キャンバス”から見えた核となる音楽性)。

「CANVAS」をリリースしたときには改名することが決まっていて、ベストアルバムに向けて最後までがんばっていこうと思っていた時期でした(参照:向井太一ベスト盤インタビュー|自身を見つめ直して完成させた「Last Song」、その先に待っているのは)。改名することをきっかけにチーム編成がガラッと変わって、音楽を作ることがすごく楽しくなっていったんです。1年くらいかけて、向井太一としての活動をどう終わらせて、新しい名義での活動をどう始めていくかということやTAILとしてのイメージ作りを新しいチームで考えていきました。

──一番の悩みというとなんだったんでしょう?

シンプルに向井太一としての活動に限界を感じたんです。自分がイメージしているものを形にすることが難しく感じるようになって。よくも悪くもこれまでの結果やイメージがあることで、自分がどこを向けばいいかわからなくなった。音楽だけでなく広範囲でいろんな活動をしている中で、すべて自分でやりたくて一生懸命取り組んできたのに、ふと振り返ってみると「結局向井太一ってなんだったっけ?」と思うようになってしまって、音楽を作ることがしんどくなってしまいました。

──名義を変えることでその悩みが解消される予感があったんでしょうか?

うーん、今、前とやってることはそこまで変わってはいないんですよね。クリエイティブディレクターを立ててはいるんですが、一緒にビジュアル作りやアートワークのアイデアを考えているので。最初にチームで話したのは、「消費する音楽ではなく、1つひとつに集中して、より丁寧にやっていきたい」ということでした。まずはチーム内で共通言語を持つことから始めて、「TAILというアーティストはどういう表情をしていてどういう色を持っていて……」というざっくりしたTAIL像をミーティングを重ねて作り上げていきました。

TAILのコピーは「ARTS & MUSIC EXPRESS」

──改名を発表してから約2カ月後にTAILの1stシングル「Fundus」がリリースされました。この曲をTAILとしての最初の楽曲にしたのはどうしてだったんでしょう?

「Fundus」はEPに向けての曲作りの後半にできあがりました。最初1stシングルにしようと思っていた曲が別にあったんですけど、「Fundus」を作って急遽変更したんです。「Fundus」は制作の段階で最初の構想からガラッと変わっていって、そのスピード感と熱量に対して、僕も一緒に作曲とアレンジをやったNOIZEWAVEとLumelも「これだ」というフィット感があったので1stシングルにしました。向井太一名義のときは曲によって「向井太一は実はこういう人間で、こういう悩みがあって……」という内面的な部分がそこまで表に出てなかったと思うんですが、TAILでは感情をストレートに音楽に出そうと思っています。より人間らしく、それでいてこれまでやっていたものの精度を上げていくアーティストになるのかな。僕はメンタルが不安定な人がすごく好きで、アーティストに関しても危うさや変な部分を持ってる人に魅力を感じるんですが、自分もよりそういう生々しいアーティストになりたいと思っています。

「Fundus」ジャケット

「Fundus」ジャケット

──「Fundus」は歌詞がとても抽象的ですが、音像で心象風景を描くようなイメージがありました。

向井太一時代はさっきも言ったように1つひとつ自分で選択して、それに向かって全力でやっていたのに、「結局自分がしっかりコントロールできてたのかな」とか「いいものができたとは思うけど、結局ファンの人たちを引っ張っていけるような音楽を作っているのかな」と悩んでいたんです。でも、「Fundus」はそうやって自分が感じていたことや人間関係について思うことを抽象的に歌っていて、自分の中ではすごくリアルな曲です。TAILの方向性を考えたときに「ARTS & MUSIC EXPRESS」というコピーだけはパッと決まったんですよね。音楽にアートを反映することを強く意識したこともあって、無意識にそういう表現になったんだと思います。

──「Fundus」も収録された初のEP「flex」について、全体のイメージはあったんですか?

名刺代わりになるものにしようと考えてました。TAILはこういう音楽、というイメージを見せつけたくて、「flex」という“自慢する”のスラング的なタイトルにしました。EP全体のコンセプトというよりは、とにかく自分を世に知らせる1枚になればいいなと思ってます。