向井太一改めTAIL、名義変更の理由と1st EP「flex」に懸ける思いを告白 (2/2)

怖さを感じながらも抗えない欲望を描きたかった

──韓国のプロデューサーNOIZEWAVEとLumelが5曲中4曲に作曲とアレンジで関わっていますが、NOIZEWAVEは向井太一時代から一緒に制作してきました。TAILを始動させるにあたって、がっつり組む構想はあったんでしょうか?

ありました。NOIZEWAVEとは「ANTIDOTE」(2022年5月発売の5thアルバム)以降、ずっと一緒に制作をしていますが、新しい音楽を吸収するスピードがすごく早くて、アイデアをたくさん出してくれるんです。向井太一名義ではフットワーク軽くいろんなクリエイターと組むことが多かったですが、今回はケンモチヒデフミさんとの「Toxic」以外はNOIZEWAVEとLumelと一緒に作っています。彼らとは「向井太一だったらありだけど、TAILだと違うかもね」という意見を交わしながら、一緒にTAIL像を意識しつつ曲を作っていった感覚があります。

──「Toxic」でケンモチさんと組んだのはどうしてだったんですか?

“少し不安定な怪しさがあるんだけど、その恐怖に抗えない好奇心”を曲にしたかったんです。特に思春期に感じる“怖さを感じながらも惹かれてしまうような人間の根本的な欲望”を描きたかった。それをチームで話し合っているときに、「ケンモチさんの音楽って、水曜日のカンパネラの曲みたいにぶっ飛んだリリックでも、ビートのローの鳴りとかに“本物”を感じるよね」という話になって。僕として「Toxic」はツイストして音楽を表現するような、音楽的に遊んでるんだけど本物を知ってる人と作れたらと思っていたので、ケンモチさんにお声がけさせていただきました。ケンモチさんには「クラブビートだけどちょっと土着性のある音色が入っていて、でも上ものは全然アッパーじゃなくて」とイメージを伝えて。途中からトップライナーとしてMONJOEくんとLOARくんに入ってもらって、リリックはKenzo Martiniという日系フィリピンのシンガーに頼んで共作しました。Kenzo Martiniとはお茶をしながら「バッドなバイブスを出したいよね」みたいな話をして歌詞を書いていきました。向井太一名義だったらもうちょっと日本語が多くて、恋愛の歌詞になっていたんじゃないかと思います。

──1曲目の「Gone」にはWez Atlasがフィーチャーされています。

「Gone」は向井太一としてのラストライブのあとにYouTubeに公開したティザーのトラックを元にしているんですが、制作中に「ラッパーに入ってほしい」と思って。だったら軽めのラップではなく、タイトなラップがいいなと考えたんです。Wezくんの曲は以前パーソナリティをしていたラジオで流したこともあってずっと聴いていたので、「Wezくんがいいんじゃないか」という話になりました。

「ちゃんと届いてないんじゃないか」作り手としての苦悩

──ラストの「Cure」には詩人の黒川隆介さんが参加されてますが、これはどういう経緯があったんでしょう?

「Cure」を書いているときにラッパーをフィーチャーする話が出たんですが、「この曲はラッパーじゃない気がする。もっと違うアプローチでやりたい」と言ったら、ディレクターの千葉琢也さんが「最近知り合った詩人ですごく面白い人がいるんだけど、詩をフィーチャーするのはどう?」って黒川さんを提案してくれたんです。そこから黒川さんの詩をたくさん読みました。言葉と読み手の距離が近くて直接的なのに、想像できる映像がすごく面白かった。それに、自分の歌詞とも共通するところがあると感じたんです。その後黒川さんに会って、ワインを飲みながら、向井太一としての活動やこれから表現したいこと、自分の生活について話して「Cure」の土台ができた。今の時代にここまで尺が長くて、しかも詩の朗読が入っている曲はなかなかないと思いますが、変わったことをやろうというより「聴いてくれる皆さんに一番響くものってなんだろう」と考えてこの曲を作りましたね。

──EPのエンディングにふさわしい曲だと思いますが、最後に置くことを想定して作ったんでしょうか?

はい。曲順はわりと最初から決まっていましたね。「Cure」はEPの中でもボーナストラックのような位置付けで、ほかの楽曲とは少し脳を切り離して聴けるようなものにしたいと思ったんです。

──歌い出しの「風も吹かない 僕の歌がどこにも 届かない そんな晴れの日」という歌詞から、さっき話していただいた向井太一名義からTAIL名義に変わった物語を感じさせる曲だと感じました。

ただ「大丈夫だよ」と言って、聴いている人を癒すような曲にはしたくなかったんですね。自分たちが何に苦しみ悩んでいるかということを表現したくて、その中に救いを見出せるような曲にしたかった。最初の一節は向井太一名義のときに感じていた“すごく明るくてパッと開けているように見えるかもしれないけど、自分の音楽がどこまで届いているか見えなくなった感覚”を書きました。

──加えて、「Last Song」にも通じる、向井さんの音楽表現に対する思いがそのまま描かれている曲でもあると思いました。

そうですね。昔みたいに「どうしていいかわからない」というよりは、TAILという名前にしてまたイチから音楽ができて、曲を作ることがすごく楽しくてうれしくて……それが救いになっていることを表現したくて。黒川さんとお話ししながら自分たちの人生を紐解いていって、お互いに感じていたことを言葉にしました。その中で、黒川さんと「人との距離感って難しいよね」という話になったんです。大人になるとずっと一緒にいる友達でも会わない時期が増えていったり、一番距離が近いはずの家族にもなかなか会いに行けなかったり、会いに行けたとしても実家の空気が変わっていたり、自分が今戦ってる環境とは全然違う場所になっていて、東京のほうが落ち着けるようになっていたり。でも家族のことは愛していて、一緒にいるときにうれしさは感じるわけで。黒川さんが書いてくれた「近くにいるより 遠くにいることが優しい 近くより 遠くで抱きしめられたら」という歌詞は、そういった家族に対する不思議な距離感を表現してくれていると思います。矛盾しているように感じるんだけど、すごく人間らしい。苦しさの中から光に向かって進むことができているような救いのある曲です。

──黒川さんの朗読部分で「宛先のない手紙をずっと書いていたことを 自分だけが知らなかった」という歌詞がありますが、これも先ほど向井さんがおっしゃっていた「自分の曲がちゃんと届いてないんじゃないか」という不安と重なりました。

詩人の世界がどういうものなのか全然知らなかったんですが、黒川さんのように賞を獲っているような方でもそういうことを感じているところに自分も共感しました。お互いの「こういう曲にしたい」というイメージを共有したあと、別々に歌詞を書いて組み合わせたんですが、不思議とちゃんとつながりましたね。

TAIL

TAIL

日本語ベースなのは変わらない

──4曲目の「Another 13」は唯一全編日本語でバラード調の楽曲ですが、向井さんにとってどういう位置付けの曲なんですか?

これはシンプルにラブソングですね。匂いと記憶の結び付きをテーマに書いたんですが、昔、LE LABOの「ANOTHER 13」という香水を使っていた人が好きだったんです。「もう全然平気だな」と立ち直っていたある日、街中で「ANOTHER 13」がぶわっと匂ってきたことがあって、すぐに歌詞にしました。匂いを鮮明に思い出すことってわりと難しいことなのに、そこから紐解かれるその人の表情や思い出の記憶はすごくクリアなのが不思議だなと思っていて。記憶をよみがえらせるスイッチ自体はどういう形でどういう感覚なのか覚えてないんだけど、それに触れるとそこにまつわる記憶は思い出せる。

──全体を通して生々しい感情のイメージが浮かぶとともに、音像がすごく緻密な印象を受けました。

そこは本当に今まで以上にこだわりました。音色のセレクトとかミックス、マスタリングにもかなり時間かけましたね。

──このEPを作ったことでTAILとしてのビジョンがより明確になったところはあるのでしょうか?

そうですね。自分が何か表現したい“引っかかり”があったら、それを1個1個キャッチして、そこにフォーカスすることを大事にしたいと思うようになりました。それと、今TAILの曲がどこの国で多く聴かれているのかというデータをよく見ています。TAILになったときにファンの人たちから「海外向けになるんじゃないか」という声が多く上がっていましたが、日本語ベースなのは変わらないです。でも海外でたくさん聴かれるような動きがあったら、そこにフォーカスしてみようかなという気持ちもあります。TAILの音楽を聴いたときに、コアの部分をキャッチしてもらえるような芯を食ったものができたらいいなと思っています。音楽的にもっと濃くしていってむき出しのものを表現したいですね。

──7月6日にはTAILの初ライブが行われる場として、OtomodatchiやオープニングDJとしてDaBookが出演するキュレーションイベントが東京・WALL&WALLで開催されます。

キュレーションイベントはデビューしたての頃はよく開催していましたが、ワンマンができるようになってからはやってなかったんですよね。TAILはまだワンマンができるほどの曲数がないですし、また自分が好きなアーティストを集めて遊べる場所を作りたいなと。世の中にいいアーティストはたくさんいますし、今回出てくれるOtomodatchiは海外から来てくれます。

──このイベントのために来日するんですか?

そうなんです。Otomodatchiの2人はCIRRRCLEというヒップホップユニットをやっていたときにも僕が主催したイベントに出てくれていて。ボーカルのAmiちゃん(Amiide)と話したら「あのときCIRRRCLEをピックアップしてくれたから、今回も出たい」と言ってくれた。そういうつながりは、自分がキャリアを重ねていく中ですごく大切にしていてよかったなと思うところですね。

──次のリリースについては、今どんなことを考えていますか?

向井太一名義のときはリリース日が決まっていて、そこに向けて曲を作ることが多かったんですが、今はこれぞっていう作品ができてからリリース時期を考えていきたいと思っています。そして、アートワークなども含めて、線になるような流れを作っていきたいですね。

TAIL

TAIL

ライブ情報

[ flex ] curated by TAIL

2024年7月6日(土)東京都 WALL&WALL
<出演者>
TAIL / Wez Atlas / Otomodatchi / DaBook(Opening DJ)

プロフィール

TAIL(テイル)

1992年3月生まれ、福岡県出身のシンガー。幼少期よりブラックミュージックを聴きながら育ち、向井太一名義で2016年3月に初の音源となるミニアルバム「POOL」をリリースした。その後TOY'S FACTORYと契約して「リセット」「道」「僕のままで」など多彩な楽曲を発表し、2023年10月から11月にかけて行った全国ツアー「THE LAST TOUR」をもって向井太一名義での活動を終了。TAILに改名し、2024年1月にシングル「Fundus」、6月にEP「flex」を配信リリースした。同年7月には東京・WALL&WALLで改名後初のライブイベント「[ flex ] curated by TAIL」を行う。