須田景凪 / バルーンとはいったい何者なのか?|音楽シーンに与えた影響と現在のモードを柴那典のレビューで解説

2013年からボカロP・バルーンとして、2017年からシンガーソングライター・須田景凪としての活動を開始し、2つの名義で並行して楽曲を発表している須田景凪 / バルーン。近年では1月に須田景凪としての新曲「ダーリン」を発表し、2月にはバルーン名義で初音ミク×ソニーストア「360 Reality Audio」イメージソングとして書き下ろした「花に風」をリリースするなど、その両軸の活動をより積極的に展開している。

では須田景凪 / バルーンというクリエイターはいったい何者なのだろう? 音楽ナタリーでは、彼の活動を初期から追ってきた音楽ジャーナリスト・柴那典のレビューでその足跡と現在のモードを掘り下げる。

文 / 柴那典

音楽シーンに与えたインパクト

ネットカルチャーの浸透とともに、今や日本の音楽シーンにおいて大きな位置を占めるようになったVocaloid。特にここ2、3年は、YOASOBIで大ブレイクしたAyaseをはじめ、syudou、くじら、キタニタツヤなど、キャリアをボカロPとしてスタートさせた多くのアーティストがJ-POPのメインストリームにおいても飛躍を果たしている。さらに、コンポーザーとしての活動と本人自ら歌唱するシンガーソングライターとしての活動を並行に行うアーティストも少なくない。

そうした潮流の起点の1つとなったのが、須田景凪 / バルーンの存在だろう。

特に大きなインパクトをシーンに与えた1曲が、2016年10月発表の「シャルル」だった。v flowerを用いたVocaloid版、そして自身の歌唱によるセルフカバー版のミュージックビデオの両方を続けざまに公開すると、そのいずれもがニコニコ動画とYouTubeで大きな反響を巻き起こした。YouTubeでは、現在までに2つのバージョン合わせて約1億3000万回再生されている。

2010年代を象徴する「シャルル」

「シャルル」はさまざまな歌い手によるカバーも多く投稿され、その盛り上がりはカラオケにも波及した。JOYSOUNDの2017年発売曲年間カラオケ総合ランキングは1位、年代別カラオケランキング・10代部門では3年連続1位となっている。

この曲が後続のボカロPたちに与えた影響も大きい。キタニタツヤはインタビューで「『そういうやり方があるんだ』とマネする人が増えて、自分もやってみようと思った」と「シャルル」をきっかけにセルフカバーに取り組み始めたことを語っている(参照:キタニタツヤ「DEMAGOG」インタビュー)。

ボカロPが自ら歌唱しシンガーソングライターやバンドとしての活動に転じる例はそれ以前にもあったが、「シャルル」は、ボカロPたちがVocaloid版と自ら歌ったそのセルフ版の楽曲の両方を発表する風潮が生まれた2010年代後半以降の時代の変化を象徴する1曲になったと言える。

須田景凪(撮影:藤井拓)

須田景凪(撮影:藤井拓)

須田景凪(撮影:藤井拓)

須田景凪(撮影:藤井拓)

須田景凪 / バルーン楽曲に感じる音楽的ルーツ

バルーンの活動は、2013年4月に「造形街」という楽曲を初投稿したことから始まっている。須田景凪自身はボカロPとして活動を始める以前にはドラマーとしての道を目指していた。音楽との出会いは小学生の頃に聴いたポルノグラフィティがきっかけ。中学生の頃からドラムを始め、高校時代には先輩とバンドを結成、思春期にはTHE YELLOW MONKEYやBLANKEY JET CITYなどのコピーもしていたという。ドラム専攻で音楽系の大学にも進学した。

そんなルーツもあり、ドラムやリズムへのこだわりが須田景凪 / バルーンの楽曲のポイントの1つになっている。「シャルル」を筆頭にラテンのテイストを持つ楽曲も少なくない。ドラムのビートだけでなく、歌のメロディ自体がリズミカルに跳ねる響きを持っているのも特徴だろう。

そして2017年10月、「アマドール」という楽曲を発表して須田景凪としての活動を始める。2018年1月には初のアルバム「Quote」をリリース。2019年1月にはワーナーミュージック・ジャパン内のレーベルであるunBORDEよりメジャーデビューを果たし、2021年2月にはメジャー1stフルアルバム「Billow」をリリースした。

この時期はまさに“シンガーソングライター・須田景凪”としてのアーティスト性を確立していく時期だった。アニメ主題歌など多数のタイアップを手がけたことも刺激になったのではないだろうか。中でも盟友とも言えるイラストレーター / 映像作家のアボガド6がアニメーションMVを手がけた「veil」は大きな反響を集め代表曲の1つとなった。

他者との関わりで活発化した両軸の活動

「Vanilla」や「メメント」など自らの内奥に深く潜りこむようなドープな曲調も見せた「Billow」を経て、2021年から2022年にかけての須田景凪は他者と積極的に交わるオープンなクリエイティビティを見せていく。

2021年12月にリリースされたフレデリックとのコラボEP「ANSWER」はそのきっかけとなった。表題曲は須田景凪とフレデリックが作詞作曲やアレンジをともに担当し、フレデリックの代表曲「オドループ」のカバーも収録している。世代や活動するフィールドは違えどリスペクトし合う両者の関係性が垣間見える作品だ。

須田景凪「Billow」ジャケット

須田景凪「Billow」ジャケット

須田景凪×フレデリック「ANSWER」ジャケット

須田景凪×フレデリック「ANSWER」ジャケット

また、この頃からしばらく止まっていたバルーンとしての活動も再び活発化していった。2020年12月にはアルバム「Billow」の収録曲「刹那の渦」のflowerが歌うバージョンのMVをバルーン名義で公開。こちらも盟友アボガド6がMVを手がけている。

2021年10月には「The VOCALOID Collection ~2021 Autumn~」(「ボカコレ2021秋」)のエントリーに合わせて「パメラ」を公開。「ボカコレTOP100ランキング」で1位を獲得した。2022年3月にはスマートフォン向けゲーム「プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク」に登場するユニット「25時、ナイトコードで。」にバルーン名義で書き下ろした「ノマド」を発表。これらの楽曲は須田景凪名義によるセルフカバーもリリースされている。

また、バルーンとしての他者とのコラボも活発化している。2022年4月にはボカロP・ぬゆりとバルーンの共作による「ミザン」を発表。そして須田景凪としては、同じく4月にぬゆりのソロプロジェクト・Lanndoと共作した楽曲「心眼」にゲストボーカリストで参加している。

須田景凪(撮影:藤井拓)

須田景凪(撮影:藤井拓)

須田景凪(撮影:藤井拓)

須田景凪(撮影:藤井拓)

「ダーリン」「花に風」に見る、須田景凪 / バルーンの今

そして2023年、須田景凪は1月18日に新曲「ダーリン」をリリース。さらにバルーン名義で2月10日に初音ミク×ソニーストアのイメージソング「花に風」を発表した。

「ダーリン」は、リリースカットピアノの音色が印象的なイントロで始まり、音数を絞ったAメロからサビでダイナミックに展開する1曲。アボガド6が手がけたMVではアニメーションと実写を融合した試みがなされている。ガラス瓶を転がすような音、扉をバタッと閉める音など、いろんな音が曲中に配置されているのだが、それもMVの映像の展開とあいまって効果的に響く。

須田景凪のボーカルの表現力にも注目だ。特に「ダーリン」と叫ぶように歌うサビには思わず惹き付けられるものがある。歌詞は焦がれるような思いをシンプルな言葉でつづったもの。昨年に発表された「猫被り」など、「Billow」以降の須田景凪の楽曲は心情をまっすぐに伝えるような言葉をつづるナンバーが増えてきているような印象があるのだが、この「ダーリン」もそういうタイプの1曲と言えるだろう。

「花に風」は、ディレイギターのイントロから始まる疾走感あるバンドサウンドの1曲。バルーンとしてはv flowerを用いたVocaloid楽曲が多かったので、初音ミクが歌う楽曲としてはひさしぶりのものになる。印象に残るのは「行かないで!」「知らないで!」「言わないで!」とリフレインされるサビのフレーズ。ハイトーンのメロディをリズミカルに繰り返すバルーンらしい節回しだ。サビの直前で一瞬ブレイクしてブレスの音を聴かせる箇所にもハッとさせられる。

この楽曲は初音ミク×ソニーストアのイメージソングとして制作された。初音ミクのオリジナルデザインが刻印されたソニーストア限定のウォークマンとヘッドホンのキャンペーンソングとして書き下ろされた楽曲なのだが、リリックにはコマーシャルなポップソングという感じはない。むしろざらついた心情をつづったダークな楽曲に仕上がっている。

須田景凪(撮影:藤井拓)

須田景凪(撮影:藤井拓)

これは筆者の推測だが、おそらく、今は須田景凪とバルーンの活動が表裏一体のようになってきているのではないだろうか。

もちろん、本人歌唱の須田景凪とボカロが歌うバルーンで、それぞれに向いた節回しを追求しているようなところはある。例えば、映画「僕が愛したすべての君へ」の主題歌に書き下ろされたミドルバラード「雲を恋う」と四つ打ちのビートに乗せて速いパッセージを畳みかける「パメラ」とを聴き比べると、それが曲調の違いに表れているようなところもある。

ただ、そのことを踏まえても、2つの名義の表現が絡み合ってきているような印象もある。例えば「ダーリン」での、アボガド6が描くイラストの少女と須田景凪本人の姿が重なり合うような映像も、そういうことを示唆しているのではないかと感じてしまう。

5月24日には須田景凪のメジャー2ndフルアルバム「Ghost Pop」がリリースされる。こうした変化を経た新しい側面を見せてくれる1枚になるのではないかと思っている。期待したい。

プロフィール

須田景凪(スダケイナ) / バルーン

2013年より「バルーン」名義でニコニコ動画にてボカロPとしての活動を開始。代表曲「シャルル」はセルフカバーバージョンと合わせ、YouTubeでの再生数が1億回再生を突破。JOYSOUNDの2017年発売曲年間カラオケ総合ランキングで1位、年代別カラオケランキングのうち10代部門で3年連続1位を獲得し、現代の若者にとって時代を象徴するヒットソングとなっている。2017年10月、自身の声で描いた楽曲を歌う「須田景凪」として活動を開始。2019年1月、ワーナーミュージック・ジャパン内のレーベルunBORDEより初の音源集「teeter」をリリースした。2021年2月にメジャー1stアルバム「Billow」を発表。同年11月にはフレデリックとのコラボ曲「ANSWER」をリリースした。2023年1月に須田景凪名後の楽曲「ダーリン」、2月にバルーン名義の楽曲「花に風」を立て続けに発表。そして5月24日には2年3カ月ぶりとなるニューアルバム「Ghost Pop」のリリースを控えている。