キタニタツヤ|異色のシンガーソングライター、7つのキーワードでその思考を暴く

4シンガーソングライター

──2018年頃からソロアーティストとして本格的に活動されていますが、自分で歌おうと思ったきっかけはあったんですか?

キタニタツヤ

ボカロPとして活動していた頃に、ボカロPの間でセルフカバーする文化が生まれたんです。一番大きかったのは、バルーンさんが須田景凪として歌ったことですね。本名でどんどん動画をアップし始めて、「そういうやり方があるんだ」とマネする人が増えて、自分もやってみようと思ったんです。ボカロPとして投稿した「芥の部屋は錆色に沈む」という曲が10万再生を超えたときに「記念にカバーしてみました」とアコースティックアレンジでセルフカバーを発表したら、すごく反応がよかったんです。それで、じゃあ自分で歌ってみようかなと。自分で歌うのはめんどくさい気持ちもあったんですけどね(笑)。

──(笑)。歌っているうちに好きになったんですか?

続けていると少しずつうまくなりますからね。歌うこともそうだし、レコーディング作業のこともわかってきて。マイクの後ろに洋服を置いたり、本棚に向かって歌ってみたり、きれいに歌を録るための音響技術も自分なりに工夫しました。

──かなりDIYですね!

それもボカロ界隈の話になっちゃうんですけど、録音まで1人でやっている人ばかりだから、レコーディングに関する情報を交換できるんですよ。先輩のボカロPとごはんを食べに行って、「歌、どうやって録ってる?」と聞いてアドバイスもらったり。音響エンジニア的に正しいのかはわからないですけど(笑)。

──自分で歌うことで、曲の書き方に影響はありました?

すごくありました。Vocaloidで作るときのメロディはなんでもいいというか、鍵盤で弾いて、いいなと思えばそのまま採用していたんです。でも、それを自分で歌おうとすると息継ぎのタイミングや間がなくて、歌心が感じられなくなってしまう。ブレスの場所、フレーズの区切り方を意識することで、歌いやすい、いいメロディになるんだなって。そのことに気付いたのは、自分で歌い始めてからですね。

──なるほど。ちなみにどのようなタイプのシンガーが好きなんでしょうか?

歌のうまさよりも、容姿や立ち居振る舞いに憧れますね。今大好きなのは、The 1975のマシュー・ヒーリー。去年の「SUMMER SONIC」で初めてライブを観たんですけど、フロントマンとしてすごくカッコいいなと。マイケル・ジャクソン、プリンス、デヴィッド・ボウイのような存在感があるシンガーに惹かれるんですよね。日本だと桑田佳祐さんが好きです。若いときの映像もずっと観てるんですけど、おどけたMCをしてもさまになるし、すごく男前で。めちゃくちゃ魅力を感じます。

──それはキタニさんにとっての理想のシンガー像にも通じている?

はい。フロントマンとしてカッコいいと言われる男になりたいし、いい曲を作って、プロデューサーとしての能力も示したくて。音楽がいいのはもちろんですけど、いろんな表現の手札を持って、エンタテインメントとしても見せられたら最高ですよね。

キタニタツヤ

5物語性

──キタニタツヤ名義の作品は、物語性のある楽曲が多い印象がありますが、そこは意識していますか?

どうでしょうね……。前提として、僕は徒然なるままに曲を書くことはできないんですよ。曲を作るときは、まず企画書のようなものを作るんです。曲全体のコンセプトだったり、歌詞の内容やフレーズの候補だったりをあらかじめ決めて。アレンジに関しても「リズム隊はこういう雰囲気で」「ギターはこのバンドのイメージ」ということをまとめておくんですよ。それがないと曲作りが進まないんです。

──まずは楽曲の全体像を決めてから制作に入ると。

キタニタツヤ

それしかできないんです。頭でっかちというか、そういうタイプの人間なんでしょうね。

──曲のもとになるアイデアはどういうところから得るんですか?

日常生活の中で思い付くことが多いですね。例えばTwitter上で何かミスをして叩かれてる人がいて、これはよくないなと思ったことが曲のアイデアにつながったり。僕はあまりテレビを観なくて、SNSを通して社会の状況を知っているので、TwitterやInstagramの影響はかなりあると思います。若い人も年上の人もそうですけど、自分とは違う世代の人たちが考えていることがダイレクトに見えるし、そこで何かを考えたり、感じることも多いので。

──特にコロナ禍以降、SNSの役割はよくも悪くも強まっていますからね。キタニさんは社会的な状況をそのまま描くのではなく、異なる世界観の中で表現している印象があります。

言いたいことをそのまま歌詞にすることは少ないです。それだとつまらないと思うんですよ。なので自然と間接的な表現が増えるし、いろいろな比喩表現も交えるようになって。それが楽曲のストーリー性につながっているのかもしれないですね。ダイレクトな表現ではなく、意味を少しぼやかすことで、受け取り手の解釈が広がるのもいいなと思っていて。1つの表現が3にも5にもなるというのかな。その分作品の楽しみ方が増えるし、コンテンツとしてもお得というか。よくアーティストの方が「好きなように受け取ってほしい」と言うのは、そういうことでしょうね。