須田景凪「Ghost Pop」特集|須田景凪にとってのポップスとは? 人生観がにじむニューアルバム

須田景凪が5月24日に約2年ぶりとなるオリジナルアルバム「Ghost Pop」をリリースする。音楽ナタリーでは待望のニューアルバムのリリースに向けて、今年2月から須田の特集記事を展開している。第1弾では須田景凪 / バルーンというクリエイターの足跡と現在のモードを掘り下げるレビュー(参照:須田景凪 / バルーンとはいったい何者なのか?)、第2弾ではフレデリック・三原健司とエンジニア・岡村弦による「いびつな心 feat. むト」「メロウ」の分析、「スキップとローファー」の原作者である高松美咲のコメント(参照:須田景凪 特集|フレデリック三原健司&エンジニア岡村弦によるプレイリスト、高松美咲のコメント掲載)を掲載した。

最終回となる第3弾は、須田自身がアルバム「Ghost Pop」について語るインタビュー記事。思わず惹き込まれるキャッチーな魅力を持った楽曲が並ぶ本作はどのように作られたのか? 昨年からの活動や交流の広がりを振り返りつつ、楽曲制作の背景、須田が思う現代のポップス感について語ってもらった。

取材・文 / 柴那典撮影 / 草場雄介

フェスへの出演や他者との交流で受け取った刺激

──まずは去年から今年にかけての活動について聞かせてください。アルバムの制作をするにあたり、印象的だった出来事やターニングポイントになったことはありましたか?

去年は自分のことを知らない人、はじめましての人の前に出る機会が多かったんです。特にフェスがそうで。改めて「はじめましての人に音楽を届けるにはどうしたらいいのか? 聴いてもらうにはどうしたらいいのか?」ということを考えるきっかけにもなりました。

──昨年5月には「METROCK」、8月には「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」に初出演しました。野外フェスのステージに立つ経験はどういうものでしたか?

どちらも感慨深いものだったんですけれど、自分が初めて行ったフェスが「JAPAM JAM」だったので、そのステージに立てたのはうれしかったですね。「シャルル」という曲をやったら、お客さんが振り向いて一緒に歌ってくれたりもして。1曲1曲の説得力の強さというか、そういうものの大事さを改めて認識しました。

──メジャー1stアルバム「Billow」以降には、フレデリックとのコラボEP「ANSWER」の制作や対バンライブもありました。このコラボは須田さんにとってはどういう経験になりました?

ライブにしても、共作にしても、いわゆる編曲家さんとタッグを組むのではなく、友達の延長というか、すごく仲がいい先輩との取り組みという感じで。パーソナルな関係だからこそのやりとりもあったし、それが音楽として、ちゃんと世に出せたと思います。それまでずっと1人でやっていたので、その経験は自分の中ですごく大きかったです。

須田景凪

──なるほど。

その経験を経たことによって、今回のアルバムで「メロウ」や「美談」のように編曲家の方と一緒に作った曲に関しても、お互いが一歩引いた感じではなく、いかに信頼し合いながら一緒に物を作るかという感覚をつかむ大きなきっかけになった気がします。

──下の世代のボカロPやクリエイターとの交流も増えてきていると思うのですが、そういうところからの刺激はありますか?

Ayaseやsyudou、ツミキ、すりぃとか、そのあたりとは交流がありますね。自分がボーカロイドをメインに活動していた頃と、彼らの世代では空気感が全然違っていて。当時の自分や同じ世代の人たちは友達を作りたがらないというか、みんな個の意識がすごく強かったんです。でも、Ayaseとかは横のつながりをすごく大事にしている。昔と比べると広がりがある感じになっている印象があります。それに、みんな明確な目標を持っている。その姿を見ていると、負けてられないなと刺激をもらえますね。

この時代に発表するアルバムだからこそ

──「Ghost Pop」のコンセプトやテーマは、いつ頃からあったんですか?

フェスに出る少し前から、ある程度のイメージはぼんやりとありました。そこからフェスに出させてもらう中で、自分の中のテーマがより明確になった。一貫としたテーマが決まってからは、まっすぐ制作していったような感じです。

──それはどういうテーマだったんでしょうか?

ひと言で言うのは難しいんですけど、「Billow」を出した頃は音楽的な実験をしていた時期だったので、一聴すると大人っぽいアルバムだったと思うんです。さっきのフェスの話に通じるんですけど、今回は既存のリスナーにいいと思ってもらうのはもちろん、初めての人にも、届きやすいような音楽にしたいと考えていました。いわゆるキャッチーさを目指してここ数年ビルドアップしてきた部分を、より多く詰め込みたいなと。なので「よりキャッチーなものを」という明確なテーマを設定して。それと、今って音楽のトレンドのスピード感というか、移り変わる速さがとんでもないじゃないですか。もちろん消耗してしまう部分はあると思うんですけど、それ以上に、いわゆる価値観として“2023年5月のこの瞬間だからこそ世に出すこと”に意味があるものというか。この時代にパッケージするからこそ、意味があるものを残したかったんです。

須田景凪

──リスナーの耳をつかむ強さを意識したということでしょうか?

だいぶ意識しましたね。今まで感覚的にやっていたものを意図的に取り入れた曲もあります。前回のアルバムと比べても、ギミック的なところはだいぶ増えたんじゃないかなと。

「Ghost Pop」に込めた思い

──1曲目の「ラブシック」を筆頭に「ダーリン」「バグアウト」など、アルバムの前半には耳を惹きつける仕掛けを持った曲が並んでいます。意図や狙いがあったのでしょうか?

単純にキャッチーな歌詞とメロディを書くこと以外にも、例えば「ラブシック」だったら一瞬ポエトリーを挟むことでハッとする場所を作ったり、「ダーリン」だったら淡々としているところからエモーショナルな歌唱にすることによって感情の起伏を表したり、「バグアウト」だったら人間が不機嫌になったときについつい早口になってしまうようなところを意図的に入れたりしていて。歌詞とメロディに感情がちゃんとつながるようなギミックを意識的に取り入れました。

──なるほど。「Ghost Pop」というタイトルが決まったのはどれくらいのタイミングでした?

それも実は去年のフェスに出る前にあって。曲がそろう前からタイトルだけは決まっていました。

──「Ghost Pop」という相反するような言葉のイメージから曲やアルバムの内容が導かれたようなところもありましたか?

最初は「Ghost Pop」というタイトルにしたいという漠然とした気持ちだけがあって。言葉の意味は深く考えてはいなかったけど、その必然性みたいなものはずっと前から感じてました。そこからどんなものを作ろうか、何を入れようかと考えていって。音楽を作る以前から振り返っても、自分は小さなことや大きなことも含めて、いろんなことを成し遂げてきたと自負していて。それこそ「シャルル」が何年連続でカラオケランキング1位とか、表彰をいただくようなありがたいお話も何回かあったんですけど、正直、それで満たされる感覚が全然なかった。たぶん、僕はどこまでいっても「満たされた」と感じることはないと思うんです。その一方で「いろんな人に認められたい。より大衆的なものを作りたい。よりポピュラーなところに進んでいきたい」という思いもずっとある。その矛盾している感覚が自分を形成しているという意識が昔からあったんです。今回はその思いを作品としてパッケージしたかった。

須田景凪

──「Ghost Pop」という言葉が「自分はもともとこういう人間で、こういうところに進んでいるんだ」と、アイデンティティの解像度を高く認識するきっかけになったと。

そうですね。なのでフェスやライブの経験は大きかったかもしれない。目の前に聴いてくれる方がいて、その瞬間はもちろん楽しいし、うれしいんですけれど、それが自分の一部になって満たされていく感覚は全然ない。去年はそのことがより一層浮き彫りになった1年だったと思います。きっと自分はその満たされない感覚を埋めるために生きていくんだろうと実感しました。その気持ちを軸にどういう曲を入れていこうかと考えて作ったアルバムですね。

須田景凪らしさを取っ払った「メロウ」

──アルバムの中で、その「Ghost Pop」という言葉が象徴する矛盾や二面性が象徴的に表れている曲や歌詞の言葉を挙げるとするならば、どの曲でしょうか?

「ラブシック」という曲が一番「Ghost Pop」という作品を体現していると思います。この曲はまったく同じ譜割りで、同じ韻で「心に穴が開いている」「心に花が咲いている」という真逆なことを言っているんですけど、そういう矛盾を抱えている部分が、一番きれいにまとまっているかなと。

──「メロウ」はアニメ「スキップとローファー」のオープニングテーマですが、この作品に曲を書くということで、自分の中のどんな扉が開いた感じがありましたか。

自分はもともと原作を読んでいたんですけれども、そもそもお話をいただいたときに、今までの自分と結び付かないというか、「なんでお話をいただけたんだろう?」という疑問から始まったんです。「スキップとローファー」のアニメサイドがどういう楽曲を求めているのか、自分が返すアンサーとして何が一番この作品に寄り添う形になるかをすごく考えました。メロディにしても歌詞にしてもサウンドにしても、少しでもひねくれたらこの作品から乖離してしまう。それまでに培った音楽的な学びや経験値みたいなものを1回すべて引っ剥がす必要があると思って。新しい扉を開けるために、以前から聴いていたJazzin'parkの久保田真悟さんを編曲にお迎えして、ともに構築していきました。

須田景凪

──「メロウ」はアルバムの中で、どんな役割や位置付けの曲になったと思いますか?

いわゆる一番ポップな曲ではあるんじゃないですかね。今までの須田景凪らしさみたいなものを1回取っ払うつもりで作ったし、すごく新しいキラキラした曲だと思うんです。明らかに自分の血が流れているサウンドとメロディで、「自分がポップスに振り切るとこういう曲ができるんだ」という客観的な感想もあった。ポジティブな意味で新しい出会いだったと思うし、ポップスの可能性みたいなものを強く感じました。

次のページ »
満たされない感覚