バルーン(須田景凪)×なとり「メーベル」インタビュー|ネットミュージックシーンで紡いだ共通の美学

なとりがカバー曲「メーベル」を配信リリースした。「メーベル」はボカロP・バルーン(須田景凪)の楽曲。両者は昨年12月に行われた須田景凪主催の自主企画ライブ「須田景凪 presents "MINGLE"」で共演を果たしている(参照:須田景凪×なとりが対バン、互いの楽曲をカバーし「雨とペトラ」でコラボも)。そのときのMCでも明かしていたが、なとりにとっての音楽的なルーツの1つがバルーン / 須田景凪の楽曲なのだという。

なとりによる「メーベル」のアレンジカバーは、今春リリースを予定しているバルーンの企画アルバム「Fall Apart」に収録される。配信リリースを記念して、音楽ナタリーでは須田となとりの両者にインタビュー。出会いや互いに共通する美学などについて語り合ってもらった。

取材・文 / 柴那典

同じような美学のもとに育ってきた人なんだ

──なとりさんは思春期にバルーンの楽曲をたくさん聴いていたそうですね。

なとり はい。「シャルル」から聴き始めて、そこからファンとして活動を追いかけてきて。須田景凪名義での活動が始まってからもずっと聴いていて、それが今に至るまで続いている感じです。

須田景凪 うれしい。

なとり 高校時代は毎日「teeter」を聴いていました。その頃はスマホを持っていなかったんですが、ウォークマンだけは使っていて。お金もなかったから「この1枚のアルバムに俺の時間をすべて懸ける」みたいな気持ちでCDを買ったんですよ。自分が貯めたお金で買った「teeter」の6曲をウォークマンに入れて延々リピートしながら聴いていた。それが高校時代の思い出の1つとして残ってます。

左から須田景凪、なとり。(撮影:藤井拓)

左から須田景凪、なとり。(撮影:藤井拓)

──これは須田さんとしては、作り手冥利に尽きる話ですね。

須田 本当にそうですね。「MINGLE」の前に1回プライベートでごはんに行ったとき、この話をしてくれたんです。いろんな人に「聴いていたよ」と言ってもらっているけど、その中でも特に具体的で生々しいエピソードだから、すごくうれしくて。しかも「MINGLE」への出演やアルバムの話をお願いしたあとに聞いたので「呼ばせていただいて本当によかったな」と改めて思いました。こちらとしても光栄でした。

──須田さんがなとりさんを知ったのは、どういうきっかけでしたか?

須田 「Overdose」でした。2021年のコロナ禍で、インターネットミュージックの波が加速したというか、新しい方々がTikTokなどを通じて一斉に出てきたタイミングで。でも今振り返ると、そこから全員がずっと活動を続けているわけではなくて、ボカロカルチャーと一緒で、よくも悪くも途中でいなくなってしまう方もいる。そういう中でずっと曲を出し続けている、その姿勢がすごく好きで。当時から曲も声もカッコいいなと思っていたんですけどそれだけじゃなく、楽曲に不思議な親近感や懐かしさをずっと感じていました。で、共通の友達を介してごはんに行く機会があって、そのときに昔から聴いてくれていたことを知ったんです。バルーン以外にも、ネットカルチャーやボカロカルチャーの中で活動している自分の友達や先輩の楽曲を聴いていたという話を具体的なエピソードとともにいっぱいしてくれた。それが彼の音楽に反映されているんだな、俺が感じていた謎の親近感は正解だったんだな、と思いました。同じような美学のもとに育ってきた人なんだと思って、オファーさせてもらいました。

自分しか好きじゃないかもしれないものを世に出すのはすごいこと

──なとりさんはバルーン、須田景凪の音楽のどういうところに魅力を感じていたんですか?

なとり とにかくメロの強さと印象的なリフが、当時の自分の心をめちゃくちゃ動かしてくれました。今でもずっとその気持ちで、そこを魅力として聴いている感覚がありますね。あと、須田さんは歌詞に美学が表れていると思っていて。言葉の埋め方、言葉選びもすごく丁寧で、直に温度が伝わる感じがある。曲を作っている身として影響を受けているところの1つだと思います。高校生のときとか、よくノートに歌詞の断片のような言葉を書いてたんですが、須田さんの言葉の紡ぎ方みたいなものに影響を受けていました。当時の感覚は今でもちゃんとありますね。

──須田さんは先ほど「不思議な親近感を感じた」とおっしゃってましたが、どういうところに感じたんでしょうか?

須田 それは今日、インタビューとしてしゃべるからちゃんと言語化したいなと思ってめっちゃ考えてきたんですけど……正直、あんまり1つの言葉にはできなくて。曲の雰囲気とかメロディの作り方とか、そういうことじゃないんですよね。これは会う前からも実際に会ってからも感じていることですけど、なとりくんはちゃんと命を削って自分の音楽を作って、いかに美しくリスナーの方に届けるかというところまで意識して、視覚化してパッケージして世に出している。音楽だけじゃなく総合芸術としての見せ方みたいなところまでこだわり抜いている。そういうところにも親近感を感じます。あと、これはなとりくんが自分で編曲しているものを聴いての感想なんですけど、僕らが本当に美しいと思うものって、ロジカル的にプロっぽいものみたいなことじゃなくて。

須田景凪(撮影:藤井拓)

須田景凪(撮影:藤井拓)

なとり そうなんですよ。本当にそう。

須田 たとえ理論が間違っていても、聴いてみてそれが気持ちよかったらいい。その正体を言語化するのは難しいんですけど、今この瞬間に感じている美しさをストレートに世に出すということに命を懸けているというか。曲を聴いていてそういう美学をずっと感じていたので、そこに一番親近感を覚えてます。

なとり それはすごく思います。完璧に美しいものには興味がないというか。

須田 もちろんその美しさもあるけどね。

なとり あるけど、僕や須田さんは完璧なものに憧れるタイプの人間ではないと思っていて。それはボカロカルチャーから生まれてきた感覚だと思うんです。チープでもちゃんと自分で作ってるというクリエイティブ感がいいというのもあるし、理論を詰めてないからこそ今まで聴いてこなかったような音楽があふれているというのもある。そういうものに憧れを持って今も曲を作っているので、さっきの須田さんの話は共感できたし、言語化できないというのもすごくわかります。

須田 ボカロカルチャーにはプロのミュージシャンもいる一方で、「つい先週作曲を始めました」みたいな人もいて、どちらの曲もフェアに世に出る。でも必ずしもプロのほうがたくさん聴かれるわけじゃないんですよね。それってロジカルな話じゃなくて、そこにどれだけ愛がこもっているかという話でもあります。

なとり 僕は須田さんをはじめとしたボカロカルチャーを作ってきた先人たちをすごく尊敬してて。本当に勇気がいることじゃないですか。自分しか好きじゃないかもしれないものを世に出して、ちゃんと大衆の評価を受ける。それはすごいことだなと思うし、最初にやった人はとても勇気があると思います。

「理想通りの人」と「めっちゃ仲よくなれるほうの人」の初対面

──少し話がさかのぼりますが、お互いの初対面の印象はどうでした?

なとり 共通の友人が、須田さんを含めた6人くらいの食事会を開いてくれたんです。ライブのサポートの方が一緒だったり、いろんな共通項があるので。あのときは1対1では真面目にお話ができなかったんですけど、僕にとってはある意味、理想通りの人でした。インタビューとか須田さんが出ているメディアをずっと見ていたので、「その通りの人が来た」っていう感じでしたね。本当に飾らない方という印象でした。

なとり(撮影:タマイシンゴ)

なとり(撮影:タマイシンゴ)

須田 僕は逆に、共通の友達はいるけれども人柄は知らなかったし、正体不明感というか「どういう人なんだろう?」みたいなところがあって。ひょっとしたら悪い意味で尖ってる人が来るかも、と思ってたんです。誰しもいい意味でギラギラしてる部分はあると思いますけど、めっちゃ仲よくなれる人か、めっちゃ仲よくなれない人かの両極端のどっちかだろうなと。で、いざ会ってみたら「これはめっちゃ仲よくなれるほうの人だな」と思いました(笑)。周りの人間のことを大事にしている人だな、愛を持って生きている人だな、というのが最初の印象でしたね。

──ボカロとかネットカルチャーって、基本的には1人で完結する世界であるがゆえに、人懐っこさや仲間を作る能力は必ずしも必須のスキルではないですよね。でも須田さんはなとりさんに対して、そういうものを持っている人だと感じたという。

須田 そうですね。僕はもともと人と関わるのも好きじゃなかったんですよ。少しずつ友達が増えてきて、ようやく人とフラットにしゃべれるようになりました。でもなとりくんは1人で活動を始めてまだたった3年なのに、音楽も人間としてもこんなにちゃんとしてるやつなんだと思って。尊敬というか、すごいなとシンプルに感じます。

なとり 人間としてちゃんとしてますかね?(笑)

須田 大丈夫。僕なんて始めて3年くらいの頃は飲み会になんて行きたくなかったし、行ったとしてもずっと下向いちゃってたから(笑)。そういうところはすごいなと思いました。