須田景凪特集|原点回帰を意識した連続リリース3作と曲作りの裏側を徹底解析 (3/4)

【後編】独創的な制作スタイルを徹底解析

ボーカロイドというカルチャーの独自性

──ここからは須田さんの楽曲制作やサウンドメイクについてじっくり話を聞ければと思います。まず、ソングライティングはどこからスタートすることが多いんですか?

最初はギターかピアノの弾き語りでサビを作ることが多いですね。その後、Aメロ、Bメロを形にして、それをDAWで起こして、肉付けして。たまにトラックから作ることもありますけど、基本的にはメロディと歌詞が先行です。自分はいわゆる歌モノやJ-POPを作っているので。

──作詞・作曲・編曲はもちろん、トラックメイクやミックスまでご自身で手がけていますが、すべて独学ですか?

はい。須田景凪名義の最近の楽曲は、自分で作ったパラデータをエンジニアの方にお渡ししてミックスしてもらってるんですが、バルーン名義の楽曲は自分でやってるし、すべて独学です。曲を作り始めた当初はまったく知識がなかったので、「ミックスがうまくなる」みたいな本を買って、それを鵜呑みにしてやってました。今考えると、全然わかってなかったですね(笑)。例えば「シャルル」は、ロー(低音)が全然出てないんですよ。ハイ(高音)が目立ちすぎているし、一般的に“いい音像”とされるサウンドとはまったく違うんです。「雨とペトラ」もそう。特にシンバルなどが顕著なんですけど、プロのエンジニアさんだったらご法度だっていうくらい歪んでいて。でも当時はそういう音が好きだったんですよね。

──須田さん自身が好きなサウンドを追求していたと。

そうですね。自分もちょっと麻痺していたというか(笑)、とにかく派手なほうがいいという思考だったんですよ。“音圧戦争”という言葉が流行っていたじゃないですか。いかにRMS値(音圧を測る値)を上げて、0に近付けるかっていう。一般的には-12から-9の間くらいだと思うんですけど、「雨とペトラ」は-5.5くらいなんですよ。破綻寸前のバランスだし、今だったらああいうミックスにはしてないです。

──なるほど。「シャルル」と「雨とペトラ」のミックスが一般的なバランスから逸脱していることには、当時から気付いていたんですか?

いえ、まったく気付いてなかったです(笑)。「レディーレ」(2017年6月発表)までは1から100まで1人でやっていたし、自分で聴いて「OKだな」と思えば発表していたんですよ。ボーカロイドを中心としたシーンの場合、「ミックスがチープだからこそいい」と言われることも多くて。僕自身もそこに救われていたところがありますね。「シャルル」や「雨とペトラ」もそうですが、自分のこだわりだけで作った楽曲をアウトプットして、それをたくさんの人が聴いてくれた。ボーカロイドというカルチャーは、そうやって独自の文化になっていったんだと思います。今のJ-POPのヒットチャートを見ると、ボカロPや歌い手の方が関わっている曲がいっぱい入ってるじゃないですか。それは僕自身もうれしいし、すごいことだなと思います。

編曲家との制作で受けた刺激

──須田景凪としての活動が始まってからは、外部のアレンジャーやエンジニアとの制作が増えていますね。

それが自分にとってはすごく大きくて。プロのエンジニアの方にミックスしていただくと、自分が打ち込んだ音が、また違う聞こえ方になることがあって、それによって曲の強度が増したり、シャープになったりするんですよね。そこからですね、音像に対する興味が出てきたのは。特にアルバム「Billow」は徹底的に音にこだわりました。「Vanilla」「風の姿」という曲が特にそうなんですけど、ロー感を出すのがそのときの自分のブームだったんです。エンジニアの岡村弦さんにも「ビリー・アイリッシュよりもローを出したい」と話して(笑)、「これ以上やると音が割れる」というギリギリのところまでやりました。一般的に正しいとされる音像やバランスよりも、自分のこだわりや表現を大事にしていたんですが、岡村さんもそれを理解してくれて。「普通、この音では仕上げないよね」ということにも、親身になって相談に乗ってくれたし、結果的に自分にしか作れない音になったのかなと。

──今の話、すごく大事なテーマを含んでいると思います。特にストリーミングサービスが浸透してから、聴いた瞬間のインパクトが重要になっていて。最初に耳に飛び込んできた音像によって曲の良し悪しを判断されることもあるので、アーティスト自身が音にこだわりを持つことは必須なのかなと。

そうだと思います。自分も最初の15秒くらいで飛ばしちゃったりするし(笑)、音像やフレーズを含めて、最初のつかみが大事なんじゃないかな。ストリーミングは使用するプラットフォームによって音質が微妙に違うし……。まあ、そのバランスまで考え始めるとキリがないですけどね。

──そのあたりの話は機材の進化とも関わってきますよね。須田さんは、DTMソフトは何を使っているんですか?

基本的にずっとCubaseですね。プラグインもけっこう買ってます。機材のことで言うと、最近ギターに対する興味が高まってるんですよ。もともと作曲を始めたときに弾き始めたので、自分にとってギターは曲を作るためのツールだったんです。でも、2022年の初めに突然ギターブームが訪れて(笑)。今までほとんど興味がなかったエフェクターをディグったり、かなりこだわるようになりました。

──こだわっているのは音色ですか?

そうですね。去年は原点回帰というか、以前よく聴いていたギターロックを聴き直して、どこに惹かれたのか自分なりに分析したんです。そのときに「やっぱりギターの音作りは無視できないな」と実感したのも大きいと思います。ギターの種類によって音が違うのは当たり前ですけど、今まではそれさえ気にしていなかったので(笑)。曲によって違いますけど、テレキャスとジャズマスターが好きですね。

──ジャキジャキした音が好きなのかもしれないですね。

そうなのかな(笑)。ただ、自分はドラマー出身なので、いまだに楽器の中で一番プライオリティが高いのはドラムなんです。ここ1年で作った楽曲は、すべて自分でドラムを打ち込んでるんですけど、「この小節のゴーストノートをちょっとだけ後ろにずらす」みたいなことをずっとやってるんですよ。感覚論の部分もあるし、そんな細かいこと、ほかの人にお願いできないじゃないですか(笑)。

──確かに(笑)。楽曲のアレンジに関してはどうですか?

「porte」の制作で初めて編曲家の方に入っていただいたんですが、そこでいろんな刺激を受けたのが大きかったですね。1時間くらい一緒に曲をいじっただけで、半端ない量の情報を得られるんですよ。曲の作り方もアレンジもそうなんですけど、ずっと我流でやってきたから「プロの方はこうやってるのか」とめちゃくちゃ勉強になって。例えばシンバルのピッチを上げてハイハットの代わりにしたり、「なるほど!」と思うことがたくさんある。でもそれを自分の制作に落とし込む作業も必要だし……。

──やることは無限にありますね(笑)。

そうなんです(笑)。「Billow」でもアレンジャーの方やプレイヤーの皆さんの力をお借りして、その分いろんなエッセンスが入って。あのアルバムを作り上げたことで、そういう作り方には一旦満足したんですよね。なので、ここ1年はひたすら自己完結しているというか、自分1人でどこまで作れるか?という原点に戻っています。ゲームもそうなんですけど、コツコツ積み上げていく作業が好きなんですよ。結果、ずっとパソコンの前にいます(笑)。

2022年4月15日更新