須田景凪が「ノマド」「猫被り」「無垢」の新曲3作を連続リリースした。
「ノマド」は須田がボカロP・バルーン名義で、スマートフォン向けゲーム「プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク」に登場するユニット「25時、ナイトコードで。」に書き下ろした楽曲。また最新作「無垢」は、Huluオリジナルドラマ「神様のえこひいき」の主題歌として使用されている。
これらのリリースを記念して、音楽ナタリーでは須田へのインタビューを2週にわたって公開。前半では、昨年2月にリリースされたアルバム「Billow」以降の音楽的なモードや、新曲の制作プロセスなどを語ってもらった。また後半では、彼のサウンドメイクにフォーカスし、作詞作曲からミックスまでを自身で手がける独創的な制作スタイルを詳らかにしていく。
取材・文 / 森朋之
【前編】原点回帰を意識した新曲3作を語る
改めて立ち返る自分の原点
──まずは昨年以降の活動について聞かせてもらえますか?
「Billow」というアルバムのツアー(「須田景凪HALL TOUR 2021 "Billow"」)が終わってから一旦区切りが付いて、そのあとはひたすら制作してましたね。これまでもツアーのあとは制作期間に充てていたんですが、去年は今までの人生で一番曲を作ったかも。あとはいろんな音楽を聴いてました。
──インプットも積極的にしていたと。どんな音楽を聴いていたんですか?
自分の音楽のルーツに立ち返ることを意識して、ポルノグラフィティさんや平井堅さん、CHEMISTRYさん、スガシカオさん、堂本剛さんなど、小中学生の頃に夢中になっていた曲を聴き直していました。コード進行やメロディ、リズムのアレンジなどを分析して、当時どこに惹かれていたのかを考えたり。僕が好きなアーティストの方には、独特の個性があるんですよね。メロウで哀愁があったり、ノスタルジーな雰囲気の中に毒があったり。改めて「こういう音楽に影響を受けてきたんだな」と実感したし、それを踏まえて、さらに自分の楽曲にも反映させたいなと。
──なるほど。新しい音楽も聴いていましたか?
BillboardやLINE MUSICなどのトレンドは基本的に追っていますね。あと、最近はTikTokからヒット曲がたくさん出ているのでけっこう見ていて、気になる曲があったら調べたりしています。コロナ禍になって、インターネットミュージックへ急速に焦点が当たるようになった印象があって、そのうちの1つとしてTikTok発のバズがあると思うんですけど、そこで流行ってるものって、ギターと歌だけの曲とか、必要最小限の言葉やメロディで構成されていることが多いんですよね。シンプルイズベストというか。僕自身も言葉の強さや人間味がある曲に興味があるし、美しいなと思っていて。それは自分がやってこなかったことでもあるのかなと。
──音を削ぎ落して、歌にフォーカスした曲ということですか?
そうですね。僕はもともと歌う人ではなかったので、それを埋めるために、無意識のうちに音数が増えがちだったのかなと。ここ数年は自分の歌声に慣れてきて、「今だったら最小限の音数で、シンプルに突き刺すような音楽を作れるかもしれない」と思って。
自然と出てくる自分の感覚
──ルーツになっている音楽を再認識して、現在のトレンドからも刺激を受けて。それが創作意欲につながった?
タイアップなどのお話をいただいて、引き受けさせてもらう場合もあるし、それとは別に作りたいものを作ることもあって。ほとんど休みなく制作をしてましたね。自分の作品を振り返ってみると、「Quote」(2018年1月発表の1stアルバム)のあとに出した「teeter」(2019年1月リリース)の頃から「音楽的な引き出しを増やさないと、このままずっと音楽をやっていくのはつまらないだろうな」と思っていたんです。
──ジャンルの幅を拡げる、ということですか?
主にサウンド面なんですけどね。もともとボカロPとして活動していて、一番知られている「シャルル」もそうなんですけど、“バンドサウンド+シンセ”が自分の武器だと思っていて。ただ、それしかできないと、この先自分で自分に飽きてしまう気がしていたんです。実際にやるかどうかは別にして、いろんなことをやれるようになっておきたかった。「porte」(2019年8月リリース)でもかなりトライしたし、「Billow」では自分に合いそうな引き出しをすべて開けてみて。1回出し切ったとまでは言わないですけど、あの時点でやれることはすべてやった感覚があったというか、ちょっとスッキリしたんです。そのあとは、無理に考えすぎないで、これまで得たものを踏襲しつつ、自分の中から自然に出てきたものを形にしたいなと思うようになりました。
──意図的に音楽性を拡げるのではなく、いいと思う曲を素直に表現しようと思うようになったと。
はい。頭を使って書くのも大事だと思うんですけど、今自分がすべきことはそうではないのかなって。感覚的に作るタイプとロジカルに作るタイプがいるとしたら、自分は前者なんです。どういうジャンルに手を出しても、自然と自分の感覚が出てくるし、その芯の部分は変わらないのかなと。実際「Billow」の楽曲も、かなり意図的にいろんなサウンドを作ったんですけど、結果として自分の色は変わらなくて。もちろん変化している部分もあるんだけど、ずっと変わらない部分もあるんだなと再認識できましたね。
ボーカロイド文化は“実家”
──昨年12月には、フレデリック×須田景凪名義で「ANSWER」をリリースされました。こちらは須田さんにとって初のコラボレーション作品ですね。
編曲家の方に入ってもらって、アドバイスをいただいたり、手伝ってもらったりすることはあるんですけど、最初から誰かと一緒に作ったのは人生で初めてでしたね。フレデリックの曲を作ってる三原康司(B)さんと密にデータのやり取りをしたり、僕のスタジオに来ていただいて、一緒に歌詞を考えたり。EPは5曲入りなんですが「曲間は何秒にしよう」というところも含めて、細かい部分をしっかり詰めました。インタビューやラジオなどをフレデリックのメンバーと一緒にやらせてもらったのも新鮮でしたね。
──これまでは楽曲制作もプロモーションも、基本的に1人で完結していましたもんね。
そうなんですよ。人と何かを作ることって、いい面もあるけど、リスキーなところもあって。例えばこちらが提示したものに対してまったく違うものが戻ってきたとしても、全否定するわけにもいかないし。フレデリックとのコラボは、最初から「的外れなものは来ないだろうな」と確信していたんですけど、思った以上にノンストレスだったんです。「すごく面白いな」というアイデアを送り合えたし、僕とフレデリックじゃないと決して生まれない作品ができあがって。いい経験になりましたね。自分はボカロPを始める前、バンドをやっていた時期があって。バンドでの活動が苦しくなって1人で活動を始めたんですが、フレデリックを見て「こういう雰囲気だったら、バンドを続けてたかもしれないな」と思ったり。ちょっとうらやましかったです(笑)。
──そして昨年10月にはバルーン名義のボカロ楽曲「パメラ」をリリースされました。
これは映像作家のアボガド6さんと食事をしているときに、「『ボカコレランキング』(『The VOCALOID Collection』の人気企画)っていうのがあるらしいよ」という話になって、アルバムの制作も落ち着いたし、ひさしぶりにボーカロイドのために音楽を作ってみようかと。MVもアボガド6さんに作ってもらったんですけど、思った以上にたくさんの人に聴いてもらえて、うれしかったですね。
──“須田景凪”と“バルーン”のバランスは、時期によって変化しているんですか?
どうだろう......。ボーカロイド文化は“実家”という感覚なんですよね。年によって何度も帰ることもあれば、「今年は1度も帰らなかったなあ」ということもある。いつでもそこにあって、好きなときに自由に帰れる場所というか。あと、最近は須田景凪の曲のデモボーカルをあえてボカロに歌ってもらったりもしていて。自分で歌ってデモを作ると、「ここはファルセットで」「ここは地声で張ったほうがいい」とか、歌い方で工夫できないかと考えてしまうこともあるんですけど、ボーカロイドに歌ってもらうと、メロディ自体の強度を客観的にチェックできるんです。
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沸々とした気持ちを歌った「ノマド」