沸々とした気持ちを歌った「ノマド」
──ここからは3月末から4月にかけてリリースされる新曲についてお聞きします。バルーン名義の「ノマド」は、「プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク」への提供楽曲です。
これは、ちょうど「パメラ」をリリースした時期にお話をいただいて。“プロセカ”は音ゲーなんですが、その中に出てくる「25時、ナイトコードで。」というグループのメンバー・東雲絵名をイメージして作った曲ですね。絵名ちゃんは絵が好きなんですけど、父親は有名な画家で、絵を描くことを反対されていたんです。でも、グループのメンバーに声をかけられて、動画用のイラストを描き始めて。自身の作品に納得がいかず、必死にもがくというストーリーなんですが、それが自分の経験と重なるところが多くあったんです。僕自身、音楽で生活していくことを父親から反対されていたんですよ。音楽もイラストも、モノを作る人は必ず大きな壁にぶつかるので、そのときの感情にも共感できて。もがきながらも、決してネガティブにならず、しっかり前に進んでいく、表には出てこない沸々とした気持ちを意識して書いた曲です。こういうタイアップは、自分とリンクする部分を探しながら作ることが多いです。そうすればどちらのリスナーの方にも楽しんでもらえるだろうし、バランスもいいと思うので。
──当初はお父さんから音楽活動を反対されていたということですが、須田さんご自身が創作にのめりこんだきっかけは何だったんですか?
大学2年のときに、曲を作ることにハマったんですよね、単純に。最初から「これで食っていこう」と思っていたわけではなくて、続けているうちに「これで生活できるようになったらいいなあ」と思い始めた感じで。ただ、しばらく活動を続けていたら「どうしたらもっといろんな人に聴いてもらえるだろうか」と考え始めるようになって。好きなものよりも売れるものを意識して作ってしまう感覚が気持ち悪くて、一旦それをすべて取っ払って、「等身大で、自分がやりたいことをやってみよう」と思って作ったのが「シャルル」だったんですよ。そんな曲をすごくたくさんの人に聴いていただけたことで、「これでいいんだな」と思えたというか。この数年も、ちょっと行き詰まったり混乱したら、その意識を思い出すようにしています。
──戻れる場所があるというのは強みですよね。
そうかもしれないですね。ただ、「シャルル」と同じことをやっても意味がないと思っていて。等身大の自分で曲を作るときも、「シャルル」のフィルターを外すのがちょっと面倒なんですよ(笑)。
誰にでもわかる言葉で
──「猫被り」はどこか叙情的な雰囲気の楽曲です。
「猫被り」はまさに“作りたくて作った曲”ですね。ノンタイアップですし、いい意味で何も考えずに書けた曲なのかなと。作り方もすごく自然で、感じていたことをアウトプットした結果こうなったという感じです。唯一意識していたのは、誰にでもわかる言葉だけで作るということ。最近はストレートな言葉を使うのがマイブームなんです。明るいけれど、ノスタルジーが滲む曲調にしたいという気持ちもありました。
──「この弱さが私なんだから黙って受け止めて」というフレーズもそうですが、言いたくも言えない、見せたくても見せられない感情が表現されていますよね。
「猫被り」という言葉が、メモの中に残っていたんです。たぶん歌詞で使おうとしていたんだと思うけど、ふと「この3文字をタイトルにしたらどうかな?」と。聴いてくれた方に素直に受け止めてもらえるような言葉ばかりだし、自分にとっても今までにない雰囲気の曲になって。リアクションが楽しみですね。ジャケットのアートワークは、sakiyamaさんにお願いしました。
──ずっと真夜中でいいのに。、Sou、筋肉少女帯などのMVや、アパレルブランドとのコラボレーションでも知られる注目のイラストレーターですね。
以前から彼女の作品が好きだったので、「猫被り」ができたときにアートワークをお願いしたいと思って。電話で「どうやって猫を被せましょうか」と話したり(笑)、イメージをやり取りさせてもらったんですけど、シュールでかわいいジャケットになりました。MVでもsakiyamaさんのイラストを使わせていただいたので、ぜひ観てほしいですね。
愛は寛容、恋は野蛮
──そして「無垢」は、Huluオリジナルドラマ「神様のえこひいき」の主題歌です。サウンド、歌詞、ボーカルを含めて、濃密なエモーションを感じられるロックチューンという印象を抱きました。
ありがとうございます。このドラマでは一番表現したいテーマとして、“純粋で無垢な思いと愛”というのがあって。ただ、独りよがりな気持ちをぶつけ合うところからストーリーが始まるんですよ。これは自分のイメージなんですけど、愛というより、恋愛の青臭い部分が強く出ているというか。浅はかで自分勝手な思いを愛だと思い込んでいる状態じゃないかなと。
──そのドラマの設定は、須田さん自身も共感できました?
はい。それこそ思春期の恋愛って、自分勝手と自分勝手がぶつかり合うじゃないですか(笑)。そういう経験を思い出しながら書いたところもありますね。これは自分の解釈なんですけど、愛は“何があっても受け入れる”という寛容性が大事だと思っていて。恋はそうじゃなくて、もっと独りよがりで野蛮。そういう未熟さを歌っているんですよね、「無垢」は。未熟だからこその美しさがあると思うし、そういう感覚って、大人になると少しずつ角が取れていくじゃないですか。そういう感情を書ける機会をもらえたのはよかったです。
──そのテーマ性は、アレンジや構成にも反映されている?
そうですね。サビをCメロと呼ぶのであれば、「無垢」にはEメロまであるんですよ。そのメロディがフラストレーションの爆発だったり、ある種の野蛮さ、未熟さを表現しているつもりです。あと、ドラマの中に神社が出てきて、それが大事な役割を担っているんですけど、この曲のアレンジでは和の雰囲気を意図的に取り入れています。
結果的にアルバムにつながればそれでいい
──現在も制作は続いているとのことでしたが、次のアルバムに向けて、ということなんですか?
そういうわけでもないんですよね。ボカロPとして個人で活動していた頃は、曲を作って、MVができて、納得すれば投稿していたんですけど、メジャーになってからは、アルバムやEPなどの形を先に用意して、そこに向けて曲を作ることが増えたんです。ただ今年はそうじゃなくて、シンプルにいい音楽、いいMVを世に出していきたいと思っていて。結果的にアルバムにつながればいいですけど、それを見越して作っているわけではないんです。
──自発的に曲を作って、いいと思ったものを出す。めちゃくちゃシンプルですね。
アルバム「Billow」のあとは“原点回帰”という気持ちが強まっている気がします。その延長線上で気に入った曲がそろったときに、初めてアルバムかEPを意識すればいいのかなと。
──5月には大阪、東京でワンマンライブ「須田景凪 LIVE 2022“昼想夜夢”」が開催されます。これは須田さんにとってどういう位置付けのライブなんですか?
これまでは作品のリリースライブがほとんどだったんですが、今回はリリースに関係なく、ただライブをやろうと。去年のツアーは「Billow」の曲が中心だったけど、もっと視野を広く持って、いろんな時期の曲をやろうと思っています。そういうやり方だからこそ、表現できるものもあるだろうなと。フレデリックとの対バンライブの影響もありますね。フレデリックのライブがとにかく最高で、めちゃくちゃ刺激を受けたんですよ。以前はライブがそんなに好きじゃなかったんですけど……。
──そうなんですか?
もともと、ライブはDVDなどで観れば満足できると思い込んでいたので(笑)。でも、生のライブに行くと、音源とは違う聞こえ方になったり、さらに好きになることもあるので、自分のライブでもそういうことができたらいいなと思っています。
──“昼想夜夢”というタイトルはどういうコンセプトなんですか?
そのままではありますが......「昼に想ったことを、夜に夢見る」ということですね。コロナ禍になって、ライブが思うようにできなくなって。僕自身もライブに前向きになっていた時期だったから、いろいろ思うところがあったんです。5月のライブでも会場にいらした方々は声が出せないかもしれないけれど、来てくれた人たちとしっかり対話をして、少しでもいい形にしたい。コロナ禍でも全力で楽しめるものにしたい。そんなことを考えている中で、この言葉にたどり着きました。
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【後編】独創的な制作スタイルを徹底解析