椎名林檎「三毒史」 PR

椎名林檎「三毒史」インタビュー|デビューから20年経て向き合った、人類共通の“三毒”

宮本浩次のラテンフィール

──宮本さんとの「獣ゆく細道」は、どのような経緯で一緒にやることになったんでしょう?

前々から書かせていただきたくて、虎視眈々と狙っていました。松本さんと春夏のナンバーに取り組む中で、秋冬のナンバーは必ず宮本さんにお願いしたいと思っていました。ちょうど紅白へお邪魔した際、袖で松本さんが宮本さんと話していらしたので、私もひさしぶりにご挨拶申し上げて、翌年のお時間を漠然と予約させていただきました。晴れて翌年の紅白へ「獣ゆく細道」でお邪魔した折には、宮本さん、すっかりそのやり取りをお忘れでしたけれど。

──宮本さんとはどのような音楽をやろうと思っていましたか?

「(生)林檎博'18 -不惑の余裕-」より。

「唄ひ手冥利」というカバー集(2002年5月発売)を作るとき、もし宮本さんとご一緒できるなら(レナード・)バーンスタインのミュージカルナンバーをお願いしたいなどと勝手に話していました。宮本さんの声は、アカデミックな和声と旋律の中で非常に鮮やかに発色される気がします。「Tonight」なんか今でもお聴きしてみたいなあと思います。当時英語で歌うことを提案したくなかったのと、宮本さんとご一緒するなら自分で曲を書きたいという気持ちがあったのと、そもそも自分が古典的なアプローチをしても驚かれないくらい、たくさんの作品を発表して、お客さんに慣れ親しんでいただいてからでなければならないと思っていたのがあって……当時はオルタナティブやグランジのようなものを日本語でやっている変な若者という認識をしていただいていただけだと思いますし。

──“変な”とは思っていないです(笑)。

あははは(笑)、いいんです。そう認識していただくことを、こちらもどこか望んでいたわけですし。私なりに順序立てて制作してきたのが功を奏したかどうかはわかりませんが、とにかく今は「news zero」へも、根拠を示しながら思い切った提案をしてしまえるような場面もあるというわけです。と申しますのも、番組からは「バラードよりのものを」とのオーダーをいただいていまして……。

──バラードというよりは、ホーンがいななくビックバンドジャズになっていますよね。途中からサルサのようなリズムになりますし、どちらかというとダンスミュージックです。

はい。先方がおっしゃっているバラードの定義はおそらく“静かな”という意味合いを孕んだものだと思います。それを知りながら、さらにもう一段高い目標を掲げて取り組んだ結果があの曲でした。ちなみにヒカルちゃんはプレゼンにもスキルが要ることを教えてくれます。話し方次第だ、と(笑)。この時点ではまだ彼女からその技術を授かっていませんでしたし、作品の力に頼るのみでしたが。

──悪知恵を付けられてますね(笑)。宮本さんと一緒にやってみてどうでしたか? エレカシともまったく違うアプローチですよね。トータス松本さんはソウルの土壌があるのでわかるんですけど。

そうですよね。ただ、宮本さんにはラテンフィールがありますよね。もともとあのフォルティッシモの破裂的な声にモントゥーノがよく合います。しかもまずはカラッとしたものではなく、ジメッとしたコード感の中でストレスフルな響きに長めの音符が来るように書きたかった。サッカーのW杯を拝見しているとき、宮本さんの声でそういう曲が聴きたくなって……ていうか乾貴士選手に聴いていただきたくて。

──そこからどのように発想がラテンのほうにいったんですか?

エレカシの曲の中でも「かけだす男」のような、モントゥーノしたくなるナンバーがありますよね。まあもし私がサポートメンバーだったらうっかり弾いてしまうでしょう。宮本さんご本人が、無自覚でいらしたとしても、ああした音列を書いておられる以上、フィーリングはお持ちだと思います。で、モントゥーノはドリブルですよね。

──(笑)。

あのベルギー戦の名場面をスローモーションでご覧になる機会があったら、ぜひ「獣ゆく細道」を併せて聴いてみていただきたいです。私は泣きます。実際「news zero」で川口能活選手引退にまつわる映像に乗せて、これをエンディングテーマとしてかけてくださったとき、「これや!!」と涙ぐみましたもんね。感激のあまり局へ手紙を書きました。

──宮本さんはパフォーマンス中、いつも暴れていらっしゃいますよね。椎名さんは凛と立っているので、いつも猛獣使いと猛獣に見えてしまいます。

ああ、私が動かないから。でも、一緒に暴れていたらそれもすごくないですか?

──サンバカーニバル感が出ちゃいますよね。

そうなんですよ。宮本さんは毎度、間奏あたりでお召し物をはだけていらっしゃるでしょう? 一緒になって脱いでしまうのはちょっと……。ネクタイや羽織りものなど、彼の落とし物を拾うミッションも私にはあるんですよ。アフロビート系のああしたサウンドの場合だけ、お互いの役割がおのずと定まるんだと思います。だって、ライブのときだったか、彼が「やっていると、なぜか気持ちよくなってきてしまう」というようなことをおっしゃっていましたもん。ああしたサウンドがお似合いになることはもうご本人もご存じだと思います。もっと拝聴してみたいですよね、いろんな編成の中に響く宮本さん。

櫻井さんが口にされてお似合いになる言葉を

──BUCK-TICKの櫻井さんとの共演は、世間の皆さんも驚いたと思います。発表された瞬間、反応がすごかったですよね。

本当ですか?

──Twitterで世界のトレンド1位になっていましたよ。

そうだったんですね。発表されたときの悪魔的な写真のせいでしょうか。櫻井さんのマネジメントの方が、私のアー写をご覧になったうえで、「こっちもちょうどいいのがある!」と、競うようにわざわざトリミングして送ってくださったのがあのお写真なんです(参照:椎名林檎ニューアルバムでBUCK-TICK櫻井敦司、ヒイズミマサユ機とコラボ)。

椎名林檎と櫻井敦司。

──今作のコンセプトに合わせて、別々に撮ったものかと思ってました。

違います。別な目的で撮られた写真のようです。櫻井さんサイドも「偶然にもほどがある!」とおっしゃっていました。

──櫻井さんをお誘いしたのはどういった理由で?

まず第一に、ラウドな中で歌うときのピッチの取り方、高めからのビブラートなど櫻井さんと自分との間に、共通する発声の特徴があるように思っていました。とは言え櫻井さんをちゃんと認識したのは、恥ずかしながら事変活動中でも後期です。事変の伊澤(一葉)さんのボーカルに、なんというか群馬っぽいフィーリングを感じていて「そのルーツはなんだろうか」という話の中で、BUCK-TICKを教わったように記憶しています。でもご存じの通り、素敵な方々ですからすぐに好きになり、ファンクラブやプレリザーブでチケットを買い、高崎でのギグへももちろん赴き、着信メロディ(かけてきた相手に聴こえるもの)は「独壇場Beauty」でした。

──そんなにハマったんですね!

それと、お誘いいただきながら、物理的な都合で参加できなかった録音というのもあって。本当は今井(寿)さんの作家性やギターのアプローチが好きですし、間近で彼のセッティングを拝見してみたかったり、音楽的イメージは尽きません。今回はアルバム全体のストーリーの中、あまりドラマ性のない場面で、櫻井さんの声素材をいただくに留めましたけれど。

──これまでに櫻井さんと交流はあったんですか?

ライブのバックステージでお会いしたことがあるくらいです。いつもご参加いただけることが確実になってから曲を書き始めるんですけど、櫻井さんは去年末にご病気をされて、「やっぱりご無理いただきたくない」とお伝えし直したんです。でも櫻井さんは「大丈夫。やります」とおっしゃっているということだったので、「だったら……」とおそるおそる書き始めたものの……結果的に全然遠慮のないものができてしまい、そのうえ、圧倒的なパフォーマンスで応えてくださり、恐縮しきりでした。とにかく楽器として一番特徴的なところを記録しようという視点で書いたんですよね。

──「駆け落ち者」の歌詞はどのようなイメージで書かれましたか?

櫻井さんが口にされてお似合いになる言葉を思いつく限り発していただこうというくらいでしょうか。とはいえ、アルバムのどこに位置するかは決まってしまっていましたし、とにかく袋小路へ入り込んでいる人々の行き詰まり感が危なっかしく伝わるようにサウンドとリリックを編んでいきました。

──私の愛する人が自分の鏡のようになっていく「マ・シェリ」と、タイトル通りに落ちていく「どん底まで」の間に位置しています。

そうですね。もはや自分のことも相手のことも見えておらず、さんざん煮詰まっているのにお互いあえて直視しないような、先の見えない飽和状態を描いてみたくて。どん底へ落ちる寸前、行き止まりへぶつかるシーンです。