折坂悠太インタビュー|“今の自分自身”へ宛てた「呪文」という名の手紙 (3/3)

「大したことじゃない」と言うことの大事さ

──「凪」では直接的に“夢”には触れていませんが、やはり日常の中で何かを見定めるときの価値観というか、日常と価値の対比について描いているのかな?と感じました。

確かに「人人」とちょっとリンクしているかもしれない。大したことじゃないからこそ生きていけるという「大したことのなさ」ですね。また話がコロナ禍に戻っちゃうけど、あの頃「コロナなんて大したことじゃない」と言う人に対してすごく腹が立ったし「そんなわけないだろう」と思っていたんです。でも、タームが変わったときに冷静に振り返ると「大したことじゃない」と言うことの大事さもあるんだなと思ったというか。あえてそう言うことで健やかでいられるという機能もあるなら、それはそれでちゃんと歌にしようと思ったのかもしれない。だから「手紙は手紙」だし「火星は火星」だと一度自分を落ち着かせて、そこからちゃんと何かを考えないと健やかさを保てないなと。「涙は涙 量を測るでもなく」は言わばオチ。たまに友達と冗談で「泣いたわ」「何cc泣いた?」と聞き合う“涙警察”というギャグをやっていたんですけど、「涙は涙であって何の意味もない」というのと「涙はその人の感情の大事な部分なんだから量なんて量るなよお前は」というツッコミのダブルミーニングですね(笑)。

折坂悠太

──この曲では、よく折坂さんの写真を撮られている写真家の塩田正幸さんがPhonographというパートでクレジットされていますが。

これはフィールドレコーディングです。途中に海の音が入っているんですが、塩田さんが実際に海で録ってくれたものなんですよ。確か私がリクエストしたんだと思います。

──「信濃路」はインストゥルメンタルです。「たむけ」(2016年発売の1stアルバム)には折坂さんにとっての原風景とも言える北軽井沢の景色から生まれた「あさま」という曲が入っていましたね。

これ、実は本物の信濃路ではなく、鶯谷にある「信濃路」という居酒屋がきっかけで……。

──そっちなんですね(笑)。確かチェーン店でしたっけ。

チェーン以外にも同じ名前の居酒屋がけっこうあるんですけど、友達と「行きたいね」と言ったまま結局まだ行ってないんですよ。この曲にはパーカッションで宮坂遼太郎が入っているんですが、彼が長野出身で。「実家に帰るときの車中を思い出す」と言うので、レコーディング当日も信濃街道のライブ中継みたいな映像を観ながらプレイしていました。タイトルに大した意味はなかったけど、そんなタイトルに呼応して「わかる、その感覚」とプレイしてくれるのは面白いなって。

──実は自分も浅間サンラインを車で走りながらこの曲を聴く時間があったのですが、周囲の田園風景と非常にマッチしました。折坂さんにとってインストゥルメンタルとは?

自分が音楽を意識的に聴くときって、歌があるものとないものが半々くらいなんですよ。歌のない音楽への憧れみたいなものもあるし、楽器も歌だと思っているので。歌詞とは違う形で思い入れを注げる器のようなものでしょうか。

折坂悠太

“もやもや”や毒を飲み込むことで生まれるグルーヴ

──「努努」にはサンタナに代表されるラテンロックっぽいグルーヴがありますね。

儀式みたいな感じを出したかったんです。以前、カエルを口に含んで火の周りをハイになって踊るというアフリカの部族のお祭りについて聞いたことがあって。毒が人間の体にいいとか悪いとかいう次元を超越したところから出てくるグルーヴにフォーカスしてみました。「言わなかった出来事を 努努忘れなかれ」というのは「凪」で言っていることと真逆かもしれないけど、それによって生きられる自分もいるというか。“もやもや”や毒を飲み込むことで生まれるグルーヴを入れてみたかったんです。

──7曲目は冒頭でも少し触れた「正気」です。

この曲については歌詞のままです。「こういう含みがある」という話もなんらできないのがこの曲のいいところというか。「スペル」と「ハチス」という大きな曲ができたから入れようと思えた曲かもしれませんね。

──「無言」の歌い出しには、「いつか言ったことは嘘だ 君は何処へだって行ける」とありますが、この前提にはかつて「お前は何処へも行けないんだ」という、ある種の呪いのような言葉を言われた場面があったということですよね。

これ、実は昔、そんなような言葉を私が友達に言ってしまったことがあるんですよ。今いる場所でうまくいかないから海外に行こうと思って、みたいな話をしている友達に向かって、「今うまくいかなかったらどこへ行っても同じじゃない?」みたいなことを言ってしまって。それをいまだに後悔しているんです。

──「好きな 名も知らない絵の 名を調べた時に それが『悲しみ』だと知って 君に手紙を書いている」「それが『悲しみ』だと知って 何処へだって行ける 誰もいない通り 息をしていた」というくだりも印象的です。

ウクライナのニュースを観ていたら誰もいない通りが映ったんですけど、それがコロナ禍初期の頃に見た有楽町の閑散とした街の記憶とダブって、この歌詞を書きました。

折坂悠太

周りの人や社会に責任を持って何かを渡すには……

──最後の曲「ハチス」はやはり冒頭で触れた「全ての 全ての子供を守ること」というフレーズが強く響きます。

修行期間中のノートに出てきた言葉だったと思います。それを書いたときに自分でも泣けてきて。戦争について報じるニュースで、自分の子よりもっと幼いような子供が傷付いたり死んだりしている様子を見て、「なんとかならないものなのだろうか」という気持ちから散文を書き始めたんです。そのときは、歌詞の途中にある「遠くで雷が光る」から書き始めました。

──「きみのいる世界を『好き』って ぼくは思っているよ」という肯定の言葉をかける“きみ”はその子供たちですか?

私が想定していたのはそうだったと思いますが、どう捉えてもらってもいいです。ガザで戦っている大人たちの後ろで、子供は何を受け取りながら育つのか。その子供たちが大人になって選べる道って、すごく限られるような気がしてしまって。それに対して日本語でこんなことを歌ってみても意味がないかもしれないけど、それは戦争の話だけじゃなくて、そういう気持ちから始まる悲劇はいっぱいあると思うので。片付けられない風景の中で、それを受け入れつつ歌として掲げておいて、いつでもそこに戻ってこられるように、思い出すことができるようにしておきたかったという気持ちですね。

──お話を聞いていて、「呪文」は折坂さんが時事に向けて書いた手紙であり、日々の生活を営む折坂さん自身に宛てて書いた手紙でもあるように思えました。

いつも「手紙を出そう」という思いで音楽を作ってきたような気がするんですけど、そこで自家中毒になっていた自分もいて。ここで一旦、自分と向き合い、自分を立て直して、現状の自分を受け止めるプロセスを経ないと、周りの人や社会に責任を持って何も渡せないなと気付き始めたんでしょうね。「ハチス」の最後は、ある意味、改めて種を蒔くような気持ちで歌っています。

──そういえばスタッフの方から、折坂さんが「宇多田ヒカルさんに『呪文』を聴いてほしい」と話していたと耳にしました。宇多田さんは以前、折坂さんの「あさま」をフェイバリットに挙げていらっしゃいました。

言わずもがなの大先輩である宇多田さんは、私に大衆音楽を作ることの意味合いを教えてくださる存在として、かねてから尊敬しています。もしかしたら宇多田さんなら「呪文」を聴いて、「ああ、その話をしてるんだ?」と言ってくれるんじゃないかなって。勝手な妄想なんですが、届いてくれたらうれしいですね。

折坂悠太

公演情報

折坂悠太「呪文ツアー」

  • 2024年9月18日(水)宮城県 日立システムズホール仙台 シアターホール
  • 2024年9月20日(金)北海道 共済ホール
  • 2024年9月22日(日)大阪府 サンケイホールブリーゼ
  • 2024年9月23日(月・振休)岡山県 おかやま未来ホール
  • 2024年10月6日(日)福岡県 電気ビルみらいホール
  • 2024年10月7日(月)愛知県 名古屋市青少年文化センター アートピアホール
  • 2024年10月9日(水)京都府 ロームシアター京都 サウスホール
  • 2024年10月17日(木)東京都 LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
  • 2024年10月18日(金)東京都 LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)

プロフィール

折坂悠太(オリサカユウタ)

平成元年、鳥取県生まれのシンガーソングライター。幼少期をロシアやイランで過ごし、帰国後は千葉県に移る。2013年にギターの弾き語りでライブ活動を開始。2014年に自主制作のミニアルバム「あけぼの」を発表する。2015年に「のろしレコード」の立ち上げに参加。2016年には1stアルバム「たむけ」をリリースする。2018年10月に2ndアルバム「平成」を発表。2019年8月にフジテレビ系ドラマ「監察医 朝顔」の主題歌に書き下ろした楽曲「朝顔」を配信リリース。2021年3月に「朝顔」を表題曲としたミニアルバムを発売した。同年10月に3rdアルバム「心理」をリリース。2023年10月、自らの歌詞をまとめた書籍「折坂悠太 (歌)詞集『あなたは私と話した事があるだろうか』」を上梓した。同年12月に、BS-TBSのドラマ「天狗の台所」に主題歌として提供した楽曲「人人」を配信リリース。2024年6月に4thアルバム「呪文」を発表し、同作品を携えたツアー「呪文ツアー」を9月から行う。