いろんな“愛情”に解釈できる「夜明けのブレス」の世界
──一方で、Keishiさんの「夜明けのブレス」のアレンジについてはいかがでしょう?
Keishi 僕はUNCHAINとはまたアプローチの仕方が違っていて、普段できないことをやりたいなとまず考えました。なので、今までコラボしたことない方とご一緒しようと、何人かいる候補の中から高橋良くん(Pistachio Studio)というトラックメイカーに声をかけて。で、アレンジに関してですけど……選曲する際に「レゲエアレンジができそうなチェッカーズの曲」を意識していたので、頭の中にあったリファレンスとともに「『夜明けのブレス』をこういうレゲエアレンジにしたい」と高橋くんに伝えて、一度上がってきたトラックに歌を乗せてみたんです。「あとはミックスすれば完成だね」ってところまでいったんですけど、個人的に「何か足らないな」と感じてしまって。高橋くんとは今回のアレンジが初仕事なのに、そんなことを伝えるのは勇気がいるじゃないですか(笑)。結果、ダンスホールを意識したトラックはどうかという流れになり、そこに合わせて歌も録り直したりして、完成に至りました。
谷川 俺に送ってくれた音源は、録り直したあとのほう?
Keishi そうだね。僕はバンド編成でレコーディングをすることが多いんですけど、最新アルバムの「Like A Diary」はほぼ自分で打ち込みをして作ったアルバムなんですよ。今回のカバーみたいなアプローチとはまた違いますが、こういう打ち込みで音楽を作ることに40を過ぎてやっと興味が出てきて。今の若い人たち……とか言うと、急に自分が歳取ったみたいで嫌ですけど(笑)、彼らが中高生の頃から当たり前にやっているようなことを、僕はちょっと遠ざけていたところがあって。でもコロナ禍の自粛期間の影響もあるんでしょうね、暇な時期に触れてみたら楽しくなってしまったんです。今では思考も柔らかくなって、表現の幅も広がっているんじゃないかな。今回のカバーは打ち込みに振り切っているけど共作みたいな感覚が強いですし、全部が全部Keishi Tanakaのアルバムに入るようなアプローチにするのも面白くないし、そういう意味でもいいところに落ち着いたんじゃないかなと思っております。
──原曲がストレートな王道バラードなだけに、やろうと思えばどんな方向にも舵を切れると思うんです。ただ、僕の中ではレゲエという発想がなかったので、完成したカバーバージョンを聴いて「こんなにも合うんだ!」と新鮮な驚きがありました。
Keishi バラードだとラヴァーズレゲエみたいなほうが合うと思うんですけど、それよりはもうちょっとクラブでもかかるような方向に持っていったらいいんじゃないかなとか、そういうやりとりも楽しかったですよ。
谷川 そういうDJ的思考は、やっぱり面白いですね。僕もこの方向は思いつかないかもなと思いました。僕らの「ありあまる富」とは逆に、重みのある歌い回しのバラードをレゲエによってライトに歌うことで、すごく心地よかったんだよね。「愛だ、恋だ」っていうのが今の時代は重たすぎて響きにくくなっているところ、ライトに歌うことで逆に響きやすくなったんじゃないかなと思いました。
Keishi あと、恋愛だけじゃない解釈にも聞こえたりする。もしかしたら当時からそうだったんじゃないかなと思うぐらい、家族とか子供とか友達とかいろんな人に対しての愛情みたいな捉え方もできるしね。そういう遊び心を出したかったのもありましたし、ちょっとこじつけになるかもしれないけど、この企画に合っているんじゃないかなと。
いつ聴いてもいいなと思ってもらえる音楽を
──UNCHAINもKeishiさんもそれぞれ独自にカラーがしっかり感じられて、アプローチ次第でこんなにも原曲とは違った楽しみ方ができるんだと興味深かったです。
谷川 そうですよね。しかも、こういう楽しみ方を40数通りできるわけですし。せっかくだし、僕ら以外のアーティストの皆さんにもどういう意図でそれぞれのアプローチを取ったのか、聞いてみたいです。
Keishi フィーチャリングボーカルとかでコラボをしている人も多いし、人選の意図についても知りたいよね。
──お二人は同世代としての共通認識もあると思いますが、それぞれカバー曲を選ぶ際に大切にしていることや基準みたいなものはありますか?
Keishi 今回のチェッカーズに関しては今までのカバーとは違う感覚で選びましたけど、僕は基本的には自分が好きな曲……例えば、スティーヴン・ビショップとかジョン・ヴァレンティとか、そういう人の曲を選ぶことが多くて。あと、最近はLOSTAGEとか自分の身近にいるバンドの曲を、ライブを観て「いい曲だな」と思ったら弾き語りでカバーすることもあります。
谷川 やっぱりカバーをするときはそういう理由があったほうがいいよね。それはカバーをたくさんやってきたからこそ、より実感します。
──ちなみに「Newtro」で取り上げられる80~90年代の楽曲について、人によっては“懐メロ”と捉える方もいるのかなと思うのですが、お二人にとっての懐メロはどういったものを指しますか?
谷川 そもそも懐メロって、どういうものを指すんだろう。自分たちが中学とか高校のときに聴いていた音楽なのかな?
Keishi 20年前の曲を懐メロと呼んでいいのかどうかってことですよね。それらが懐メロになっちゃっているのかっていうと……あんまりなっていないよね。
谷川 自分的にはいつまで経っても、中学や高校の頃に聴いていた曲は懐メロにはならないかな。
Keishi そもそも普段から懐メロって言葉はあまり使わないし、「懐かしいメロディ」ってことぐらいの知識しかない。自分が10代20代で聴いていた曲を耳にした瞬間は懐かしいと思うかもしれないけど、懐メロの定義には入らない気がするな。
谷川 ぶっちゃけThe Beatlesが懐メロかと言われると、そうは思えないんですよ。
Keishi そう考えるとムズイよね、懐メロって。BRAHMANの1stアルバム(1998年リリースの「A MAN OF THE WORLD」)を聴いたら懐かしいとは思うんだけど、別に懐メロではないし。ただ「Newtro」でカバーされてるアニメの曲、「ドラゴンボール」とか「幽☆遊☆白書」の曲は懐メロって言われたら「そうかもな」って感じるかもしれない。
──もしかしたら、大多数の間での共通認識として挙がるような流行歌に使う印象が強いのかもしれないですね。
Keishi ああ、そういうことか。
──Keishiさんが挙げたBRAHMANも、確かに青春時代がフラッシュバックして懐かしいと感じるかもしれないけど、懐メロとは言い難い。
Keishi うんうん。あとさ、懐メロって人から言われるとあまりうれしくないんじゃないかな。自分が生まれる前から活動していて、今もバリバリ現役の人もたくさんいるけど、少なからずそういう人たちは懐メロではないし、懐メロとは言われたくないと思う。
──矢沢永吉さんに対しても、懐メロという感覚はないですし。
Keishi 確かに。もしかしたらサザンを懐メロと思う人もいるかもしれないけど、僕の中ではまったく懐メロではないし、山下達郎さんとかユーミンもそういう存在ですよね。
谷川 そう考えると、自分が触れてきた音楽は懐メロではないんだなと感じる。
──懐メロには昔を懐かしむイメージが強い一方で、レトロには古いものに新しさを求めるようなポジティブさも感じられる。似たような表現ですけど、微妙にニュアンスが異なります。
谷川 レトロはただ古臭いだけじゃなくて、そこによさがあるときに使う印象かな。
Keishi 僕らが今生きている2025年に存在しているものが、何十年後かの人たちにどう評価されるかはわからないけど、いつ聴いてもいいなと思ってもらえる音楽をずっと作っていきたいよね。そういうことを自問自答しながら、これからも音楽をやるしかないのかな。だって、これからAIがより発達することによって、どんどん「それっぽい音楽」が生まれていって、それをOKとされる時代が来るかもしれないわけで。そうなったら悲しくない?
谷川 それに人が感動しちゃって、「いいね」って言って。でも、そういう時代は確実に近付いてるよ。
Keishi 間違いなく来ると思う。ただ、そのときになったら「いや、人間が作った音楽のほうが確実にいいよ」と思ってもらいたいし、そのためにも今からコツコツやっていかなきゃいけないこともある。自分たちは世代的にもギターアンプで生音を鳴らして録音するよさもわかっているし、アンプシュミレーターでレコーディングするよさもわかっているわけで。どっちも否定することなく、いいところをどんどん取り入れてやっていきたいですね。そういう意味では、この「Newtro」はいろいろなことを考えさせてくれたいい企画だと思いますし、参加できてよかったです。
「Newtro」YouTube公式チャンネル
プロフィール
UNCHAIN(アンチェイン)
京都府京丹後市出身のロックバンド。現在のメンバーは谷川正憲(Vo, G)、谷浩彰(B, Cho)、吉田昇吾(Dr)の3人。1996年に中学校の同級生同士で結成された。2005年に1stミニアルバム「the space of the sense」を発表し、幅広い音楽性をブレンドしたサウンドで注目される。2007年1月にミニアルバム「departure」でメジャーデビュー。2013年2月に発表した「Love & Groove Delivery」を起点としたカバーアルバムは大きな反響を呼んでシリーズ化され、これまでに4作品がリリースされている。今年11月にはインディーズデビュー20周年を記念したライブ「UNCHAIN You&U'25 -the space of the 20th-」を東京・日本橋三井ホールで開催する。
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Keishi Tanaka(ケイシタナカ)
北海道出身のアーティスト。Riddim Saunterのボーカリストとして活動したのち、2012年にソロ活動をスタートさせる。2013年1月に1stアルバム「Fill」以降、2025年1月に発表した全編自宅スタジオでのレコーディングによるアルバム「Like A Diary」まで6枚のアルバムをリリースしている。アナログレコードや絵本、ソングブックや詩集など自身の世界観を表現する多様な作品も発表。バンド編成による「NEW KICKS」、アコースティック編成の「ROOMS」といった自主企画を不定期で開催し、幅広いアーティストへの楽曲提供でも活躍中。なおRiddim Saunterは11月22日に千葉・幕張メッセ国際展示場で開催されるBRAHMAN主催のフェス「尽未来祭2025」で再結成ライブを行い、その後1年間限定で活動する。
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