「中島みゆき 劇場版 ライヴ・ヒストリー 2007-2016歌旅~縁会~一会」特集|おしらが語る中島みゆきの歌詞、中低音、表現力

中島みゆきの劇場ライブ作品「中島みゆき 劇場版 ライヴ・ヒストリー 2007-2016歌旅~縁会~一会」が1月21日に東京・新宿ピカデリー、丸の内ピカデリーほか全国の映画館で公開される。

この劇場版は中島みゆきが2007年から2016年までに行った3つのライブ「歌旅」「縁会」「一会」からセレクトした15曲で構成されており、「ファイト!」「地上の星」「空と君のあいだに」「糸」「宙 船(そらふね)」「時代」「麦の唄」といった彼女の代表作の数々を劇場の大画面や5.1chサラウンドで堪能することができる。音楽ナタリーでは、ボイストレーナーでありYouTubeでも活躍するおしらにひと足先に今作を観てもらいインタビューを実施。人生のどん底にいたときに中島みゆきの歌に救われたというおしらに、中島みゆきの魅力を語ってもらった。

取材・文 / 丸澤嘉明撮影 / 山崎玲士

「化粧」の歌詞に心奪われて

──おしらさんが中島みゆきさんの楽曲と出会ったのはいつ頃ですか?

最初に知ったのは「地上の星」ですね。小学5年生の頃にNHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトX~挑戦者たち~」の主題歌として流行っていて。確かリリースして1年以上経ってからバズったんですよね。友達とカラオケでよく歌っていました。

──小学生で中島みゆきさんを歌っていたんですね。

「地上の星」のブームはすごかったですよ。そこからベタですけど「Dr.コトー診療所」主題歌の「銀の龍の背に乗って」もよく聴いて。タイアップ楽曲をよく聴いていました。今でもカラオケで「銀の龍の背に乗って」や「空と君のあいだに」を歌いますね。

中島みゆき「縁会」より。

中島みゆき「縁会」より。

──歌いたくなるポイントがあるんですか?

音域が私とほとんど一緒なんですよ。私は男性だとわりと高いほうで、みゆきさんは「CONTRALTO」というアルバムを出されていますけど、そのタイトル通り女性の中では低い。だからキーを変えなくてよくて、歌いやすいんですよね。

──いわゆるライトリスナーだったところから、もう一歩踏み込んで聴くようになったきっかけは?

清水翔太さんが「化粧」をカバーしていて「なんだこのいい曲? 誰の曲だ?」と思って調べたらみゆきさんで、「さすがみゆきさん!」となりました。あとボイストレーナーって生徒にそのアーティストのファンがいると、その人の曲を知ることができるんですよ。私の生徒さんにみゆきさんのファンの方がいて、その生徒さんが歌いたい課題曲として持ってきていたのでその度に覚えていきました。「化粧」を歌いたいという人も何人かいましたね。

──「化粧」を聴いたときにおしらさんがグッと心をつかまれたのはどういうポイントだったのでしょう?

歌詞ですね。冒頭の「化粧なんてどうでもいいと思ってきたけれど せめて今夜だけでも きれいになりたい」を聴いただけで「本当にわかるわー」と思って。どうせ相手は自分に興味ないから無駄な抵抗なんですけどね(笑)。無駄な抵抗なんですけど、失恋するたびに「化粧」を聴くという。そこそこ回転早く失恋がくるタイプなのでもはや私のテーマ曲みたいになっています(笑)。

みゆきはただでは転ばない

──おしらさんは人生のどん底にいたときに中島みゆきさんの曲に救われたという記事を拝見したのですが……。

それが「化粧」でございます。泣かせてくれるんですよ。気分が落ちているときはだいたい「化粧」を聴きますね。

──差し支えなければ、そのどん底のエピソードをお伺いしてもよろしいでしょうか?

私、セクシュアリティとしてはゲイで、今となっては「ゲイです!」と言っていますけど、10代の頃は絶対に言えなかったんですよ。当時好きになった人がいて、2人で旅行したことがあって。相手は私のことを同性の友達だと思っているので、旅行にも行けちゃうんですよね。こっちは最大限おしゃれしてデートのつもりなんですけど、向こうは女の子の話とかしてくるんですよ。「彼女ができそう」とか言って。そうするともう終わりにしようって思うわけです。「流れるな涙」って歌詞がありますけど、めちゃくちゃわかりますね。その人の前では決して涙は見せないですけど、この曲が一緒に沈んでくれたというか、本当に救われましたね。この歌のもともとのモデルは男女なのかもしれないですけど。

おしら

おしら

──そうだったんですね。

だから「あたしが出した手紙の束を返してよ 誰かと二人で読むのはやめてよ」のフレーズも刺さるというか。私は手紙は出してないですけど、例えば私が送ったLINEに対して「あいつからこういうメッセージが来たんだけど、たぶん俺のこと好きだぜ」とか言われていたら嫌だなって。実際はわからないですけど、勝手に想像しちゃって。「こんなことなら あいつを捨てなきゃよかったと 最後の最後にあんたに思われたい」とか、そこもすごくわかるし。

──中島みゆきさんは報われない気持ちに寄り添う歌を歌うことが多いですよね。

そうですね。でも報われないけど一矢報いてやろうみたいな。素敵な失恋ソングを歌う方って奥華子さんとかCoccoさんとか鬼束ちひろさんとかたくさんいらっしゃいますけど、そういう人たちって曲と一緒にズンズン落ちていける気がするんですよね。でもみゆきさんは一刺ししてやろうみたいな気概を感じますね。それがさらに痛々しいんですけどね。ははは! そんなの余計に自分を傷付けるだけだからやめておきなよって思うんですけど。

──「時代」という曲も、今はうまくいかなくても生まれ変わったら一緒になれるかもしれないという歌で。失恋したときによくそんな先のことまで考えられるなって。

悲しくて涙も枯れ果ててるのに(笑)。だからただでは転ばないんですよ。ファンなので呼び捨てにしてしまいますけど、みゆきはただでは転ばない女なんですよね。

中島みゆき「歌旅」より。

中島みゆき「歌旅」より。

──ほかに好きな曲はありますか?

「プロジェクトX」のエンディングテーマだった「ヘッドライト・テールライト」も好きで、車で旅行に行った帰りは絶対にこの曲をかけます。箱根だろうと軽井沢だろうと、日が暮れた頃に「ヘッドライト・テールライト」を流して同乗者に布教しています。

──この曲のどういうところが好きですか?

この曲も歌詞がめちゃくちゃ好きなんです。「行く先を照らすのは まだ咲かぬ見果てぬ夢 遥か後ろを照らすのは あどけない夢」ってすごくないですか? それをヘッドライトとテールライトに例えるなんて、どういう生き方をしたらこんな歌詞が出てくるんだろう。ゾワっとする。そもそもヘッドライト、テールライトというテーマで曲を書こうと思った意味がわからないです。車の中で私が「ここがいいんだよ!」って大声でしゃべるからみんな全然曲が頭に入ってこないみたいですけど(笑)。

低音のハリは唯一無二

──ご自身のYouTubeチャンネルで中島みゆきさんの歌声について「低音が魅力」とおっしゃっていましたが、そのあたりを詳しくお聞かせいただければと思います。

(ピアノに指を当てながら)調べてみたんですけど、みゆきさんが歌で使っている低音ってこの3音(ミ、ミ♭、レ)くらいだから、意外とそんなに低くないんですよね。小柳ゆきさんはもっと下を出すし、YOASOBIのikuraちゃんも全然このあたりの音は出すので。ただ声のハリは誰にも負けないというか。普通、出せても柔らかくてスカスカになってくるんですよ。

おしら

おしら

──女性が低音を出そうとすると。

そう。だけどみゆきさんはこの低音を、ひと声歌っただけでみゆきさんとわかる素晴らしい歌声で出しますよね。低音の声質やハリ感は唯一無二だと思います。

──ボイストレーナーの観点からみて、ほかに歌い手としての魅力はどういうところにありますか?

これも低音域や歌声の力強さの話につながってくるんですけど、みゆきさんは(口をすぼめながら)「う」(※英語の[u]の発音イメージ)を言わないんですよね。例えば「地上の星」は(口を横に開きながら)「風の中のす~ば“るぇ~”」(※英語の[e]の発音イメージ。「る」と「れ」の中間音)って歌うんですよ。

中島みゆき「一会」より。

中島みゆき「一会」より。

──言われてみると確かに。

「う」の音ってどうしても柔らかくなっちゃうんです。「す~ば“るぅ~”」で「う」で強く言うのは発声の原理的に不可能なんですね。なので歌声の力強さとかハリ感を作るときは語尾を「う」じゃなくて「え」に近い音で歌っていて。「時代」でも「ま~わ~る~ぇ ま~わ~る~ぇよ」みたいに語尾をちょっと「え」に近付けています。本当に柔らかく歌うときは「う」の場合もありますけど、みゆきさんってだいたい口角を上げて歌いますよね。

──笑顔で歌っていることが多いですね。

これはもちろん曲に合わせているときもあると思いますけど、発声的にこっちのほうが強い声が出やすいので「あ」「え」に近付けていく。ハリ感を作るときは「お」もあまり言わないですね。「お~」よりは「あ~」の発音で歌っていることが多いです。

──「お」も「う」と同様に口をすぼめる形での発声になりますね。

美空ひばりさんの歌い方もそういう感じなんですけど、母音の発音に関して、いわゆるスタンダードな日本語とちょっとズレたところにいるのがみゆきさんの強さでもあるし個性にもなっていると思います。「宙 船(そらふね)」では宮下文一さんとデュエットされていますけど、全然負けてない。宮下さんだって超有名な一流の方なのに、あの人と並んでも女性のみゆきさんが力負けしないっていうのは意味がわからないんですよ。やっぱり声の響き方。みゆきさんの中低音っていうのは本当に唯一無二だと思いますね。