渋谷龍太(SUPER BEAVER)が語る「中島みゆき 劇場版 ライヴ・ヒストリー2」|フロントマンだから感じる中島みゆきのすごさ

「中島みゆき 劇場版 ライヴ・ヒストリー2」が12月30日より東京・新宿ピカデリー、丸の内ピカデリーほか全国の映画館で公開される。これは、今年1月に公開された「中島みゆき 劇場版 ライヴ・ヒストリー 2007-2016 歌旅~縁会~一会」に続く、劇場版ライブベスト第2弾。「中島みゆきライヴ!Live at Sony Pictures Studios in L.A.」「歌 旅 中島みゆきコンサートツアー2007」「中島みゆき『縁会』2012~3」「中島みゆき Concert『一会』(いちえ)2015~2016」といったライブ映像作品に収録されている彼女の代表曲のパフォーマンスを、映画館の大スクリーンかつ5.1chサラウンドで臨場感たっぷりに90分聴くことができる。セレクトされたのは「銀の龍の背に乗って」「命の別名」「蕎麦屋」「化粧」「地上の星」といったヒット曲で、新型コロナウイルスの影響により途中で中止を余儀なくされ、“幻のラストツアー”となった「中島みゆき 2020ラスト・ツアー『結果オーライ』」にて披露された「誕生」もピックアップされている。

音楽ナタリーでは、物心つく前から中島みゆきの楽曲を聴き続け、自身の音楽ルーツの1人と公言するSUPER BEAVERの渋谷龍太(Vo)にインタビュー。今作をひと足先に観てもらい、彼女の魅力と今作の見どころを語ってもらった。

取材・文 / 丸澤嘉明撮影 / 山崎玲士

きっかけは父ちゃん

──渋谷さんが中島みゆきさんの曲に出会ったきっかけはなんでしょうか?

きっかけは父ちゃんですね。父ちゃんが中島みゆきさんをめちゃくちゃ好きで、それで物心つく前から家で流れてました。Deep Purple、Led Zeppelin、Black Sabbath、Mountainみたいなハードロックやメタルがよくかかっていたんですけど、その中で中島みゆきさんの曲が流れているのが新鮮でしたね。

──どの曲で特に中島みゆきさんのことを意識するようになったか覚えていますか?

自分でもディグりたいと思ったのは「ヘッドライト・テールライト」だったかな。初めて味わうエネルギーにびっくりしたんですよね。爆音で速い曲調だからエネルギッシュに感じられるというのであれば普通にわかるんですけど、ゆったりとした曲調で声も特別大きく張っているわけでもないのにものすごいエネルギーを感じて、それは初めてだったので衝撃を受けましたね。

渋谷龍太(SUPER BEAVER)

渋谷龍太(SUPER BEAVER)

──確かにハードロックとは対極にあるような曲調ですよね。

ただ誤解を恐れずに言うと、ちょっと怖かったのも覚えているんですよ。未知のエネルギーだったから恐怖感を覚えて、正直それは今でも中島みゆきさんの曲を聴くときに感じます。そういうエネルギーを曲に込められる人と込められない人がいると思うんですけど、ライトには聴けないですね。

──それは子供の頃に大人の世界を覗き見てしまう怖さともちょっと違う?

おそらく音楽以外の実体験として経験したことがある類の怖さだと思います。真剣な人ってちょっと近寄りがたい怖さがありません? それの最たるものだと思うんですよね。一心不乱に何かに取り組んでいる人とか、スポーツに打ち込んでいるアスリートとか。

──ゾーンに入っている的な。

そう。短距離選手がスタートの合図を待っているときと同じような“触れちゃいけない感”を感じます。これは誰にでもできることではないし、ましてやミュージシャンの中でそれを感じさせる人はほぼいないと思っているんですけど、ああいう粘度の高いエネルギーは唯一無二だと思いますね。

これは初めて言うかもしれない。実は……

──「ヘッドライト・テールライト」のほかに、渋谷さんの琴線に触れた曲は?

「歌姫」がめちゃくちゃ好きです。父ちゃんがこの曲を特に好きだったんですけど、俺も歌詞ですごく好きな部分があって。「男はいつも 嘘がうまいね」「昨日よりも 明日よりも 嘘が好きだね」っていうライン。表面上だけ見ると男は嘘がうまいということになってますけど、バレてるからうまくないんですよね。それが絶妙だなと思ってて。

──嘘とわかったうえでそう言ってる。

これを聴いたときに女性の器の大きさやパワーを感じて、圧倒的に勝てないんだなと感じました。歌詞の通り聴いても十分魅力的ですけど、その奥底にあるものがわかるとより引き込まれます。あと「この世に二人だけ」も好きですね。

──ラジオの企画で「夕暮れ胸キュン邦楽プレイリスト」として選曲されてましたね。

この曲は夕暮れ時に聴くとたまらない気持ちになりますね。歌詞はもちろんですけど、イントロの演奏も好きだし、メロもめちゃくちゃいい曲です。

──ほかにも「SUPER BEAVER 渋谷龍太のオールナイトニッポン0(ZERO)」で「タクシードライバー」を流してましたよね。

流したこともあるし、テレビ番組でカバーさせてもらったこともあるんですけど難しかったです。男の人はこの曲の真髄まで理解できないんじゃないかな。女の人でも誰もが歌えるわけではない気がしますね。

「中島みゆきライヴ!Live at Sony Pictures Studios in L.A.」より。

「中島みゆきライヴ!Live at Sony Pictures Studios in L.A.」より。

──泣きながら深夜にタクシーを拾ったら、運転手が何も聞かずにひたすら天気とプロ野球の話ばかり繰り返すという歌ですよね。気持ちの乗せ方が難しい?

うーん、言っている意味がわからないということは一切ないんですけど、曲の真芯を捉えられるかと言うと、少しずれる気がするんですよ。おそらく真芯を捉えられない女の人もたくさんいると思います。あの曲はいろいろなものが絶妙に重なり合わないと響かないことがわかるので、中島みゆきさんのすごさを改めて感じますね。

──カバーで言うと「化粧」も弾き語りで歌ったことがありますよね。

「化粧」は実は中島みゆきさんの原曲よりも小田和正さんのカバーを先に聴いて知りました。「クリスマスの約束」(※2001年よりTBS系列でクリスマス前後に放送されている音楽番組)で小田さんが歌っていて、あれはびっくりしましたね。数ある中島みゆきさんのカバー曲の中で、僕はあれが一番だと思ってます。

──渋谷さんがカバーするときはどういう心持ちで歌っているんですか?

「化粧」も「タクシードライバー」もそうですけど、中島みゆきさんの原曲はエネルギーがこもりすぎていて。どうあがいてもあのエネルギーは出せないから、僕は曲に対して自然に感じたままに歌うだけですね。

──過去のインタビューで渋谷さんは、洋楽と並んで小田さんや山下達郎さんなどの日本の音楽を聴いて育ったと語っていますが、中島みゆきさんも渋谷さんにとってルーツの1人でしょうか?

間違いないです。中島みゆきさんは40年近く前に「予感」というアルバムを出されているんですが、僕らも「予感」というシングルを4年前にリリースしまして。ジャケットのデザインは中島さんの「予感」を意識したんですよね。中島さんの「予感」の淡い黄色っぽいジャケをモチーフにしつつ、それだけだとそのままになってしまうので、THE BACILLUS BRAINS(THE日本脳炎)の「電撃都市通信」というアルバムのジャケと混ぜたようなものを作りたいと思って、デザイナーさんにお願いしました。これは初めて言うかもしれない。「予感」のジャケットは実は中島みゆきさんのオマージュなんですよ。

SUPER BEAVER「予感」ジャケット

SUPER BEAVER「予感」ジャケット

中島みゆき「予感」ジャケット

中島みゆき「予感」ジャケット

演奏が終わってもまだ音が鳴っている

──ではここからは「中島みゆき 劇場版 ライヴ・ヒストリー2」の話を伺いたいと思います。作品をご覧になっての感想を教えていただけますか?

少女みたいな顔をするのに、たまに1000年くらい生きてきたような風格が出る。その振り幅はすごいと思ったし、稚拙な感想ですけど、めっちゃ楽しそうですよね。

──その楽しそうにしている様子が少女のような無垢さを感じさせますよね。

あれが両立しているというのは、めったに見られるものじゃないと思います。もっと低いレベルでの両立は往々にしてあると思うんですよ。人間には多面性があって当然だから。でもあそこまで極端に振り切ったものが共存しているというのがすごすぎて、「なんだこれは!?」と思いました。あとは一挙手一投足がきれいですね。どれだけ歌が上手でも、人前に立ったときに動きがダサいのはNGだと思っていて。僕もステージの真ん中で歌を歌っている人間なので意識して見ちゃうんですけど、中島みゆきさんは指先まで動きがきれいです。多分無意識だと思うので、才能の部分もあるんでしょうね。

──見せようとすると逆に嘘っぽくなってしまうというか。

お芝居としてやることも可能な方だとは思うんですけど、そうではなくて体の芯からにじみ出てくるような嘘のない表現をされますよね。無駄がなくて、とても美しいと思います。

渋谷龍太(SUPER BEAVER)

渋谷龍太(SUPER BEAVER)

──少女のような無垢さと1000年くらい生きていそうな貫禄で言うと、「化粧」は1曲でその両方を味わえますよね。

そうですね。「化粧」でも思ったし、「夜行」でもそう思いました。あと印象的だったのが目線とまばたきの回数。これもお芝居ではなく自然とそうなっているんだと思うんですが、本当に上手ですね。上手という表現が正しいのかわからないですけど。

──へえ、まばたきですか。

曲の重要なフレーズのときはまばたきしないんですよ。曲の中でお客さんがふっと力を抜いていいときだけするんです。これは本当にすごい。視線が一定で一切迷ってないのも印象的でしたね。客席のいろいろなところに目配せするのもライブでは重要なことですけど、何か大事なことを言うときに一点を見据えて歌うからこそ伝わるものがあると思うので。「夜行」や「ホームにて」のパフォーマンスで曲が終ったあとの視線がすごくて、全部の音が止まったのにまだ音が鳴っているような空気を作るんですよ。CDやレコードで聴いていたら音が止まる=曲の終わりですけど、これらの曲では演奏が終わって音が途切れても中島みゆきさんが作り上げてる空間の中で確かに音が鳴っていて。ライブだからこそ味わえる醍醐味だと思いますね。