「中島みゆき 劇場版 ライヴ・ヒストリー 2007-2016歌旅~縁会~一会」特集|おしらが語る中島みゆきの歌詞、中低音、表現力 (2/2)

ビブラートにも2種類ある

──中島みゆきさんと言えばビブラートのイメージを持っている方も多いと思うんですが、劇場版をご覧になって感じたことはありますか?

ビブラートももちろん力強くて印象的だと思うんですけど、意外とかけてないところもあって。変なところではかかってないんですよね。

──変なところと言うと?

例えば「糸」だったら「た~ての糸は あなた~~」じゃなくて「たーての糸は あなた~~」みたいな。「縦の」の歌詞がちゃんと聞こえるように「たーて」の部分にはかかってなかったりするんですよ。計算されていらっしゃるのか、自然とそうなっているのかはわからないですけど、結果的に整合性があるなと感じます。

おしら

おしら

──CD音源とライブでの表現はまた違うのかもしれないですね。

そうなんです。ビブラートもみゆきさんは“泣き声としてのビブラート”と“音を広げるためのビブラート”の2種類があって。ちょっとどの曲のどのフレーズかまでは思い出せないんですが、例えば「な~ぜ~めぐり逢うのかを~」っていうのは音楽的なビブラートなんですけど、「なぁ~~ぜぇ~~」って歌ったら泣き声のビブラートになるんですよ。

──揺れ方がより細かくて震えに近い感じですね。泣きのビブラートは歌詞とリンクした場面で使われている?

そうだと思います。けっこう短い音符でもかかっていましたね。音楽的なビブラートはわりと語尾でかかっていることが多かったかな。そういう2つのビブラートがあるので、その違いを意識して聴いてみるのも面白いと思います。

さまざまな表情の声を使い分けている

──中島みゆきさんの高音に関してはいかがでしょう。

「命の別名」の高音は本当にすごいと思いました。高音にも“張り上げる高音”と“柔らかい高音”があって、みゆきさんはどっちも使うんですよね。「みゆきさんと言えば張り上げる高音」というイメージを持っている人も多いと思うんですけど、いわゆるミックスボイスと言って高音になっても音量が上がらなくて柔らかい声のときもあって。それにプラスして裏声のファルセットもあるので、持っている声の質が何種類もあるんですよね。あと低音も何種類かあって。「地上の星」で「風の中のすばる」と歌うときのガナリ系の歌声があり、あとは低音にも潰れてる低音と深い低音があるんですよね。

中島みゆき「一会」より。

中島みゆき「一会」より。

──潰れてる低音と深い低音ですか?

今回の劇場版には入ってないですけど、例えば「ぎぃ~んの~龍の~」(「銀の龍の背に乗って」)と歌うときは口を横に開いた感じの“つぶれた中低音”で、一方「宙 船(そらふね)」で男性のオペラ歌手のように歌っているのが縦系の“深い低音”。みゆきさんの音域は広いわけではないですけど、それぞれの音域ごとに3種類くらいずつ異なる声質があるのですごく広そうに聞こえるんだと思います。以前Adoさんの「うっせぇわ」についての動画を公開させていただきましたけど(参照:【Ado - うっせぇわ】圧倒的中毒性。17歳現役女子高生の歌声が天才的!【リアクション動画】)、Adoさんもさまざまな声質を持っているので、みゆきさんに通ずる部分があるなと改めて思いました。

──さまざまな表情の声を1つの歌の中にちりばめてアクセントを付けているんですね。

そう。だから変化が激しいんですよね。「糸」ってけっこうみんなカラオケで歌いますけど、聴いてるとだいたい眠くなっちゃうのは抑揚がないからなんです。でもみゆきさんはワンフレーズ、一音で抑揚を付ける。歌がシンプルだからこそ、声の変化でバランスを取っています。自然とそうしているだけで、そんなに考えてないかもしれないですけどね。

1曲でお腹いっぱいになる「ファイト!」

──今回の劇場作品でいうと「ファイト!」は大きな見どころだと思います。

これは本当にすごいですね。最初のほうはサビの音程をわざと曖昧にしているんですよ。「ファイト! 闘う~君の唄を」って音程がずれているというかしゃべり言葉っぽくて、途中からだんだん歌になってくる。ミュージカルを観ているみたいでしたね。「ファイト!」の言い方もどんどん変わっていって、最初の「ファイト!」なんて、「そんな声出すんだ!?」みたいな。

──最初のサビの「ファイト!」は幼児のような無垢さがあり、徐々に少女になり女性になっていくような印象を受けました。

そうですね。音楽的に見てもそういう意味で展開がついているし、本当にこの曲はすごい。押し付けがましくないというか、おそらく「ファイト!」って自分に言い聞かせているんですよね。だからこそああいう独り言みたいな表現になっているのかなって。最後は壮大に終わるし、1曲でお腹いっぱいになる曲だと思いますね。かなり印象に残りました。

中島みゆき「縁会」より。

中島みゆき「縁会」より。

──ほかに印象に残った曲はありますか?

お恥ずかしながら「ジョークにしないか」を聴いたことがなかったんですけど、すごいテーマだなと思いました。時代が変わっても伝わる普遍的なメッセージが込められていると言いますか。「ヘッドライト・テールライト」や「時代」もそうですけど、いつ聴いても共感できますよね。いい曲いっぱいある。

──今回の劇場版は中島みゆきさんの楽曲の中でもとりわけ有名な曲がそろっていますが、もし知らない曲があったとしても劇場で聴いて楽しめそうですね。

おっしゃる通りです。みゆきさんの歌は歌詞が聴き取りやすいので、初めて聴いても楽しめると思います。

美しいみゆきさんを劇場で

──劇場版ということで、大画面で観られるのもいいですよね。

みゆきさんのように美しい方はシンプルに大きい画面で観たほうがいいですよね。体のラインがボンキュッボンとかそういうことじゃなくて、歌うために必要な佇まいというのがあって、みゆきさんは強靭かつしなやかなバランスの取れた体をしているので。

──歌うときの姿勢が凛としていてきれいですよね。

みゆきさんって、(手で首回りの前の空間を指しながら)ここが広いんですよね。顎を引き気味にして猫背にすると狭くなるのがわかります? 逆に胸を張ってちょっと遠くを見るような感じで視線を上げると広くなります。こういう姿勢を取ることで声を張り上げやすくなるんです。なぜかと言うと、喉仏って関節がなくて筋肉でつり下がっていて、下の筋肉は胸骨の下に潜り込んでいるんですけど、ぶらぶらなんですよ。喉仏に指を当てた状態で唾を飲み込むと上下しますよね? なので喉仏を上からも下からも引っ張る力がちゃんと働いていると、弦が張っている状態と同じで声を張り上げやすくなります。すごくザックリ言うと、力強い中低音を出しやすい姿勢で歌っているということですね。

──歌ううえで理に適った立ち振る舞いだったんですね。劇場版で聴ける5.1chサラウンドについてはいかがでしょう?

中低音が魅力という話を先ほどからしていますけど、スマートフォンのスピーカーやイヤフォンで聴くとどうしてもそこが薄くなるんですよ。みゆきさんの曲をスマホのスピーカーで聴くのはすごくもったいない。中低音がドーンと鳴る環境で聴く中島みゆきは格別だと思うので、ぜひ劇場で聴いてほしいですね。そもそもみゆきさんってサブスク解禁をしてないから、曲を聴きたいと思ってもパっと聴けないんですよね。「ファイト!」を聴きたいと思ってストリーミングサービスやYouTubeで検索しても出てこない。なのでまずは今回劇場に足を運んで、全身でみゆきを体感すべきだと思います。

中島みゆき「歌旅」より。

中島みゆき「歌旅」より。

プロフィール

中島みゆき(ナカジマミユキ)

1975年にシングル「アザミ嬢のララバイ」で歌手デビュー。続く2ndシングル「時代」で「世界歌謡祭グランプリ」を受賞する。その後も「わかれうた」「悪女」「空と君のあいだに」「地上の星」など数々のヒット曲を産み続け、1980年代から2000年代まで4つの時代でオリコンシングルチャート1位を獲得。さらに提供曲では2010年代も加えて5つの時代で1位獲得の記録を持つ。1989年には原作、脚本、作詞作曲、演出、主演のすべてを中島が務める舞台「夜会」をスタートさせ、2019年1~2月には「夜会VOL.20 リトル・トーキョー」を開催した。2022年1月21日に、2007年から2016年までに行った3つのコンサートからセレクトした楽曲を上映する「中島みゆき 劇場版 ライヴ・ヒストリー 2007-2016歌旅~縁会~一会」が公開される。また2月2日にはライブアルバム「中島みゆき 2020ラスト・ツアー『結果オーライ』」がリリースされる。

おしら

ボイストレーナー。YouTubeチャンネル「しらスタ【歌唱力向上委員会】」を運営しており、チャンネル登録者数は155万人を誇る。