中島みゆきのダイジェストコンサート「夜会工場 VOL.2」劇場版が5月3日より全国の映画館で上映される。
1989年にスタートした「夜会」は中島みゆきが原作、脚本、作詞作曲、演出、主演を務める公演。中島のライフワークとして親しまれており、2019年1、2月には最新作「夜会VOL.20 リトル・トーキョー 」が上演された。「夜会工場 VOL.2」は「夜会」第1弾から「夜会 VOL.19 橋の下のアルカディア」までの19作品の名場面を選り抜いたダイジェストコンサートとして、2017年11月から2018年2月にかけて行われた。
音楽ナタリーでは中島みゆきのファンで「夜会」にも何度も足を運んでいる社会学者の古市憲寿にインタビューを実施。作品の見どころなどを語ってもらった。
取材・文 / 丸澤嘉明 撮影 / 藤木裕之
- 第1幕
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- 二雙の舟(Inst.)
- 泣きたい夜に
- Maybe
- LA-LA-LA
- 熱病
- 最悪
- EAST ASIA
- 船を出すのなら九月
- 南三条
- 子守歌(Inst.)
- 羊の言葉
- 愛から遠く離れて
- Poem1 谷地眼(やちまなこ)
- Poem2 傷
- 朱色の花を抱きしめて
- 陽紡ぎ唄
- 帰れない者たちへ
- フォーチュン・クッキー
- 我が祖国は風の彼方
- 第2幕
-
- 百九番目の除夜の鐘
- 海に絵を描く
- 彼と私と、もう1人
- ばりほれとんぜ
- 1人で生まれて来たのだから
- すあまの約束
- 袋のネズミ
- 毎時200ミリ
- 思い出させてあげる
- 旅人よ我に帰れ(幸せになりなさい)
- あなたの言葉がわからない
- 産声
どんなに作品に寄り添っても中島みゆきの色がある
──古市さんが中島みゆきさんの音楽を意識して聴くようになったのはいつ頃ですか?
「家なき子」(1994年と1995年に放送された安達祐実主演ドラマ)からなので小学校低学年のときですね。主題歌として使われていた「空と君のあいだに」と「旅人のうた」で意識して聴くようになりました。「聖者の行進」(1998年放送のいしだ壱成主演ドラマ)で流れていた「糸」と「命の別名」も印象深かったです。僕にとっての中島楽曲との接点は、1990年代のテレビドラマから始まりました。
──中島さんの歌の世界観って、子供からするとすごく大人の世界に感じませんでしたか?
どこまで深く理解できていたかはわからないですけど、ドラマの世界観に近い曲だったので、そんなに遠い大人の世界という感じはしなかったですね。例えば「空と君のあいだに」の「君が笑ってくれるなら僕は悪にでもなる」というフレーズは、「家なき子」にぴったりの、ドキッとする歌詞ですよね。「命の別名」が入った「わたしの子供になりなさい」(1998年発売のアルバム)からCDも買うようになりました。
──中島さんの歌のどういう部分に惹かれたんでしょうか?
初めは曲のメロディかな。基本的にキャッチーで、とても聴きやすい。それと、ドラマや番組の世界観に寄り添って作るのがすごくうまいアーティストだと思うんですよね。「家なき子」の「空と君のあいだに」はもちろん、「プロジェクトX~挑戦者たち~」の「地上の星」にしろ、「南極大陸」(2011年放送の木村拓哉主演ドラマ)の「荒野より」にしろ、きちんと番組のテーマに対して直球の曲を書かれている気がします。「マッサン」(2014~15年に放送された玉山鉄二主演の連続テレビ小説)の「麦の唄」もそうですよね。並みのアーティストには、「麦の唄」という曲を作る勇気はない気がします。もっとカッコつけちゃうでしょ。
──番組に寄り添いつつも中島さんの世界観がしっかりあって。
どんなに作品に寄り添っても、きちんと“中島みゆきの曲”になっていますよね。だから番組が終わっても、曲は歌い継がれている。
──古市さんが中島さんの曲の中で特に好きな作品は?
聴いた回数で言うと、「夜会」のテーマ曲になっている「二雙の舟」ですね。「私たちは1人ひとりで生きているんだけど、完全に孤独なわけではない。どこかではつながってると信じられる。それだけで十分じゃないか」というテーマの曲だと思うんですが、「夜会」のテーマとも通底していますよね。「二雙の舟」というタイトルですが、一緒に同じ海を進んでいこうみたいな内容じゃないんです。むしろ舟は波に砕けること前提。中島さんは「絶対大丈夫」と正面から励ますわけじゃなくて、自然に隣に立つような励まし方をする曲が多いと思います。その寄り添い方が素敵だなって思いますね。あとはドキッとする歌詞の曲はたくさんありますよね。
──例えば?
正義と正義のぶつかり合いについて歌った「Nobody Is Right」とか。自分が完璧に正しいと思っちゃうと「自分以外は間違い」って過剰に思い込んでしまう。もともとはアメリカの同時多発テロやイラク戦争について書かれた曲だと思うんですが、今の日本にも当てはまることが多いと思います。正義を振りかざしすぎると、絶対に闘いに発展しちゃうんですよね。最近だと「やすらぎの郷」(2017年放送の石坂浩二主演ドラマ)の挿入歌だった「人生の素人(しろうと)」の「輝いた頃の君を探していた 今はもう失ったものを褒めていた」という冒頭の部分が、老いに対する向き合い方を教えてくれると思います。
中島みゆきの時間に関する概念は循環思想に近い
──古市さんが初めて「夜会」をご覧になったのはどの作品ですか?
昔の作品はDVDで観てますけど、初めて生で観たのは「夜会 VOL.15『~夜物語~元祖・今晩屋』」です。それ以降は最新作の「夜会 VOL.20 リトル・トーキョー」まで全部観に行ってますね。
──古市さんが思う「夜会」の魅力はどういうところでしょう?
普通のライブに行って、全部が聴いたことのない新曲だったらポカンとしてしまいますよね。でも「夜会」だと物語があるから、ほとんどが新曲でも自然に受け入れられるんです。その意味で、ライブとミュージカルと舞台、それぞれの魅力を併せ持ったショーだと思います。そして、既存曲であっても文脈を変えれば、意味が変わるのがまた面白いところでもありますよね。初期の「夜会」はほぼ既存曲で構成されていましたが、今年の「リトル・トーキョー」でも、これまでの曲を7曲くらい歌っていて。ストーリーの中で聴くとまた違う発見がありました。
──「夜会 VOL.15『~夜物語~元祖・今晩屋』」以降の全作品を直接鑑賞していて、「夜会」全体を通して感じるテーマはありますか?
「夜会」に限らず中島さんのテーマでもあると思うんですけど、“転生”が根底にあると思います。ただ、生まれ変わったら何もかもうまくいくような意味での生まれ変わりではない。「夜会 VOL.18 橋の下のアルカディア」とかその典型ですけど、何度生まれ変わっても結局、失敗しちゃう。時間というものは、過去、現在、未来が一直線上にあって時は戻らないのと考えるのがキリスト教世界や、ヨーロッパの近代思想。それに対して、季節が巡るように時間も巡るというのが循環思想です。中島さんの時間に関する概念はそのハイブリッドなのかもしれません。時代は巡るし、生まれ変わるんだけど、すべてが元に戻るわけじゃない。だからこそ、その循環から抜け出すことも1つのモチーフなんでしょうね。例えば今年の「リトル・トーキョー」で最後に歌われた「放生」という曲でも、「さあ旅立ちなさい」ってみんなを送り出しているんです。
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中島みゆきは安易な励ましは一切しない
- 「中島みゆき『夜会工場 VOL.2』劇場版」
- 2019年5月3日(金・祝)新宿ピカデリー / 丸の内ピカデリーほか、全国ロードショー
現在演出の都合上東京でのみ開催されている「夜会」の雰囲気を楽しんでもらうため、過去19作品の名場面をダイジェストコンサートにした「夜会工場 VOL.2」。2017年11月から2018年2月にかけて東京、大阪、愛知、福岡の4都市にて計18回開催された「夜会工場 VOL.2」が劇場の大スクリーンに甦る。
©2018 Yamaha Music Entertainment Holdings, Inc.
- 中島みゆき(ナカジマミユキ)
- 1975年にシングル「アザミ嬢のララバイ」で歌手デビュー。続く2ndシングル「時代」で世界歌謡祭グランプリを受賞する。その後も「わかれうた」「悪女」「空と君のあいだに」「地上の星」など数々のヒット曲を産み続け、1980年代から2000年代まで4つの時代でオリコンシングルチャート1位を獲得。さらに提供曲では2010年代も加えて5つの時代で1位獲得の記録を持つ。1989年には原作、脚本、作詞作曲、演出、主演のすべてを中島が務める舞台「夜会」をスタートさせ、2019年1~2月には「夜会VOL.20 リトル・トーキョー」を開催した。5月には、2017年から2018年にかけて上演した「夜会工場 VOL.2」が劇場上映される。
- 古市憲寿(フルイチノリトシ)
- 1985年1月14日生まれの社会学者。「情報プレゼンター とくダネ!」「ワイドナショー」といった番組にコメンテーターとして出演するほか、「絶望の国の幸福な若者たち」「保育園義務教育化」など著書多数。2018年に上梓した最新刊「平成くん、さようなら」は第160回の芥川賞候補に選ばれた。
2019年5月7日更新