ストリーミング時代は「便利だけど、夢がない」
──村井さんがアルファを立ち上げてからアメリカに移住するまでの16年間で、「もっと売れる作品にしなければ」「洗練されすぎて大衆に響かないのであれば、もっと寄せなければ」とどこかで変に妥協していたら、もしかしたら現在に至る評価はなかったのかな、と今日のお話を聞いて感じました。
そう。アルファレコードがだめになったのは、僕が辞めたあとにそのバランスを取ろうとして、普通のレコード会社のメンタリティに寄せちゃったから。YENレーベルまでだよね。YMOが終わったあと、細野に「好きなことをやれ」と言って立ち上がったのがYENレーベルだった。
──やっぱり妥協しないことが大事ですか。
妥協できることと妥協できないことがありますね。基本的にやりたいことをやりたいようにやってきました。
──日本でもストリーミングサービスがすっかり浸透し、今ではパッケージ作品を想定しない配信のみの作品も多くなりました。10~20代の人に話を聞くと、そもそもアルバム単位で作品を買ったことがないという人も多いです。村井さんがお住まいのアメリカは日本よりもはるか早くにCD離れが進んでいますよね。このリスニングスタイルの変化について、村井さんはどうお感じでしょうか。
メディアに合わせた音楽の歴史があってね。78回転のSP盤の時代には「3分芸術」と言われる、比較的短めの曲がほとんどで。そもそも3分以上録音したり再生することができなかった。45回転のEPの時代にも「3分芸術」は受け継がれて、短い曲が多かった。ラジオ局も短い曲のほうが好きだったこともあるね。片面で20分、両面で40分再生できるLPの時代になると、アルバム全体でアーティストの、あるいはアーティストと制作チームのメッセージを伝える作り方が生まれた。The Beatlesの「Sgt Pepper's Lonely Hearts Club Band」、キャロル・キングの「Tapestry(つづれおり)」、マーヴィン・ゲイの「What's Going On」などが思い出されますね。アルファの作品だと、荒井由実の「ひこうき雲」、雪村いづみの「スーパー・ジェネレーション」、小坂忠の「ほうろう」からYMOの作品まで、アルバム全体で概念を提示するやり方のものが多い。
──レコード盤からCDというフォーマットへの変化も、アルバムの概念を変える要素になりました。
1980年代に出現したCDはソニーとフィリップスが共同開発したもので、ソニーの大賀典雄さんがベートーヴェンの交響曲第9番を1枚のCDに収録できるようにしたいと希望して、収録時間が74分に決まったと聞いています。それまでLPのA面、B面をひっくり返したり、2枚目にかけ替えたりして大変だったことを考えればずいぶん楽になった。このあたりからポピュラーソングも長い曲がたくさん出てきたよね。
──そういう意味では、短い単曲が好まれるサブスクリプションサービス中心の現在は「3分芸術」の時代に戻ったとも言えますよね。サブスクでは、かつてレコード屋を何件も回ってようやく見つけたような貴重な作品も気軽に聴けるようになりましたが、一方で「やっと見つけた」「偶然出会った」という喜び、興奮の度合いは大きく下がってしまったように思います。「この作品はあるのにこの作品はない」というカタログとしての不完全さも気になるし、どうしても「音楽そのものの価値が下がってしまった」と僕個人は感じてしまいます。
ストリーミングには「いつ録音されたか」とか細かいデータがなくて嫌になるよね。作曲者の名前さえ省かれているYouTubeなんか癪に触るよ。
──サブスクやYouTubeなどの発展はアーティストの再評価につながる作用もある一方、アーティストや作品そのものへの愛情、愛着はどうしたって薄れてしまいますよね。
便利だけど、「なんか夢がないなー」という感じだね。僕はLPの時代のレコードの作り方が好きだから、次の僕のアルバムはぜひLPで出したいと思っている。ジャケットやライナーノーツが付いているLPレコードが一番だね。CDは絵も字も小さくて年寄りには読めないからね(笑)。
村井邦彦が最新アーティストをプロデュースするなら?
──アルファ55周年の動きの中で、名盤の再発に加えて、流線形を新たなアーティストに迎えて新作をリリースするという流れもありました(参照:RYUSENKEIインタビュー|新体制初アルバムで鳴らす“この時代”のシティポップ)。これはすごくいい試みで、なんならもっとどんどん新しいアーティストを発掘すればいいのに、と思いました。村井さんはどう思いますか?
僕に言ってくれたらいくらでもやるけれども(笑)。今は横からゴチャゴチャ言わないほうがいいかなって思ってる。
──いやあ、2020年代の村井邦彦プロデュースによる新人、めちゃくちゃ興味ありますよ!
全然売れないかもしれないよ?(笑)
──現行のアーティストで、村井さんが気になる人、ちょっとプロデュースしてみたいと思う人はいらっしゃいますか?
あまり知らないからなんとも言えないんだけど……YOASOBIをたまたま聴いたら、ボーカルが僕の好みの声質で。山上さんにも聴かせてみたら彼も気に入ったんで、この人と何かやれる可能性がないかなあと思ってる。
──ikura(幾田りら)さん! それはすごく納得です。
もっと若い人の音楽を聴いてみたいんだよね。あとはねえ……山本潤子が復活してくれるならぜひプロデュースしたい。
──おおお。山本さんは現在無期限の休養中なんですよね。
すぐに10曲くらい書いちゃうよ(笑)。インスピレーションがわーっと湧いてくるから。そういう歌手に巡り合えたことが僕にはラッキーだったけど、なかなかいないんですよ。やっぱりバート・バカラックとディオンヌ・ワーウィックのような関係はなかなか、ねえ。
──村井さん自身のリーダー作も非常に楽しみです。今、作曲家としてはどんなモードですか?
手探りだね。こうやったり、ああやったりといつも考えながら、少しずつ進めてる。
──村井さんのキャリアや年齢でも、まだ「手探り」なんですね。
もちろんそうですよ。(過去に関連した複数のレコードを眺めながら)NOVOは素晴らしいよね。「愛を育てる」は今度のアルバムに入れたいなと思っていて、実はメンバーともコンタクトが取れているんだけど、もう70歳くらいだからね。
──うわー、それはぜひ実現してほしいです!
昨日もアルバムを作るならどういう選曲にするかと考えていたんですよ。NOVOの素晴らしいアレンジで、新しい歌手が歌ってもいいかもしれない。こうやったらどうなるだろう?とか、いつもいろいろと考えてますね。
プロフィール
村井邦彦(ムライクニヒコ)
1945年東京生まれ。ロサンゼルス在住の作曲家。現在までに300曲以上の楽曲、30本におよぶ映画音楽を手がけ、世界的に活躍している。慶應大学在学中より本格的に作曲を始め、1967年に作曲家としてデビュー。1969年に音楽出版社アルファミュージックを創業。1972年には録音スタジオ「スタジオA」を建設し、原盤制作会社としてアルファ&アソシエイツを設立。赤い鳥や荒井由実(現・松任谷由実)といったアーティストを世に送り出していく。1977年にレコード会社アルファレコードを設立。1978年には米国A&Mレコードと相互にライセンスを付与する業務提携契約を結び、1979年にはYellow Magic OrchestraをA&Mレコードを通じて全世界発売し世界的なブームを巻き起こした。1985年にアルファを辞任し、1992年に活動の拠点をアメリカに移す。2015年9月には70歳を祝したライブイベント「ALFA MUSIC LIVE」が東京・Bunkamuraオーチャードホールで行われ、荒井由実、加橋かつみ、小坂忠、コシミハル、サーカス、SHEENA & THE ROKKETS、鈴木茂、高橋幸宏、林立夫、ブレッド&バター、細野晴臣、村上"ポンタ"秀一、雪村いづみ、吉田美奈子など18組28名が出演した。現在もアメリカと日本を往復しながら活動を続け、アーティストへの楽曲提供、ステージや映画音楽の作曲を手がけている。代表曲は赤い鳥「翼をください」、札幌オリンピック テーマソング「虹と雪のバラード」、ハイ・ファイ・セット「スカイレストラン」、映画音楽は伊丹十三監督作「タンポポ」、三隅研次監督作「子連れ狼」、勝新太郎監督「顔役」など。著書に「村井邦彦のLA日記」、「モンパルナス1934」、「音楽を信じる We believe in music!」がある。