Mrs. GREEN APPLEはなぜ愛情と希望を歌い続けるのか?「ラーゲリより愛を込めて」主題歌「Soranji」に見える、バンドの真髄に迫る (3/3)

実験的な、ぶっつけ本番のレコーディング

──3曲目の「フロリジナル」はフィッツコーポレーションによる香りと音のプロジェクト「PARFA TUNE(パルファチューン)」とのコラボ曲です。19世紀にイギリスで発明された“香階”という手法を使い、楽曲で使われている音階に香りを掛け合わせて香水を生み出す……なんだかすごいプロジェクトですよね。

大森 最初に聞いたときは「いったいどういうこと?」が尽きなかったんですけど(笑)、香階ではドレミファソラシドそれぞれに香りが紐付いているとのことで。きれいな和音だったら調合すれば整った香りになるんですけど、ぶつかってる音同士で調合しちゃうと濁った香りになるという、本当によくできているものですね。去年の夏くらいにお話をいただいたので、これもけっこう長いプロジェクトでした。まず、香水を作るのに1年かかるということで。香水を作るところから始めて、楽曲自体は今年の8月くらいに作りました。

──香りを先に決めてから楽曲を作るということは、作曲の際に使える音階が決まってくるということですか?

大森 そうなりますね。初めに「青と夏」を実際に香りで作るとこういう香りになりますという資料をいただいて。でも、せっかくやるんだったら香りから決めて音楽を作ったほうが面白いんじゃないかなと。「どの香りが好き?」って考えていくと、「この音階しか使えません」ということになるので、選択肢が限られている中で曲を作っていきました。

──音階的な制限がある中で楽曲を作るというのは普段あんまりないことだと思うのですが、いかがでしたか?

大森 確かにそもそものメインリフの音階から制限されることはないので、今回が初めてだったと思います。でも、思っていたほど、そんなに難しくはなかったですね。書きたいものが明確にあったので、それをサウンド面でどうやって実験していこうかなという考え方でした。

藤澤 デモを渡されて、元貴から「今の段階ではこの形だけど、実際にレコーディングのときにりょうちゃんがピアノをどう弾いてどこを採用するかわからないから」みたいなことを言われ、「えっ、どういうこと?」って(笑)。ミセスは今まで楽曲をレコーディングするにあたって、みんなで何度もリハを重ねてちゃんと熱量を合わせて、フレーズをこうしようと決め込んできたので。

大森 いつも右脳と左脳がちゃんと追いつくまでやるね。

藤澤 でも、この曲に関しては1回もリハに入らず。「レコーディング当日も実験的にやっていくよ」という話があって。

大森 リハどころじゃないよね。曲について何も話さず。

若井 ぶっつけ本番(笑)。

──でも先ほどおっしゃっていたように、藤澤さんはレコーディングまでにしっかり詰めていきたいタイプですよね。

藤澤 そうなんですよ。今までにないぐちゃぐちゃな気持ちでした(笑)。デモを送ってもらったのも確かレコーディングの2日前くらいで、何もかも初めて尽くしで。

大森 「本当に今日レコーディングあんのかな?」みたいな気持ちだったよね(笑)。行ってみて、ここはこういうふうに弾いて、逆にここはもう弾かなくていいよみたいな、そういう会話をして。

藤澤 パズルみたいな感じだった。

大森 この楽曲は違和感のオンパレードなので。ストリングスもサンプリングした音を虫食いみたいにつないでいて。キーボードも急に抜けたり、ベースが途中で急に1拍ずれたり。

若井 僕は実はレコーディングスタジオに行ってなくて、自宅でギターを録ってるんですよ。元貴から「実験的で数学的な曲だから」ということを聞いていたので、ギターフレーズに何か人間的なものだったり、「せーの!」で合わせて熱量を込めたりするというよりは、ひたすらクリックと向き合って1つのパズルのピースのように録りたいなと思ったので。

大森 仮で若井の分のギターフレーズをデモに入れてたんですけど、どのタイミングから若井の本チャンに差し変わったのか気付かなかった(笑)。

若井 はははは。

藤澤 録ってたんだ、みたいな(笑)。

大森 そのくらいいい意味で行き当たりばったりで。

──レコーディングの手法を変えたのはどういう思惑が?

大森 せっかくこれだけプロジェクトが実験的なものなので、レコーディングを今までと同じ感じでやっても面白くないなと思っただけなんですよね。流れをきれいに整えるということではなくて、「なんかこれ面白くね?」という断片的なものでいいなって。ちょっと思わぬところに行き着いたとか、こういう化学反応があったみたいな、そこを自分たちも楽しみたかったんです。

──歌っている内容も「PARFA TUNE」として販売される香りをもとに考えたんでしょうか。

大森 香水はけっこうさわやかで、最後のほうにちょっと甘みが出てくるような香りなんですけど、歌詞に関しては香りがどうこうというよりかは、人の情緒というか、人の気持ちの満ち欠けみたいなものを表現したいなと思って。サウンドが無機質だからこそ、すごく情緒をはらんだ歌詞とボーカリングにしたいなというイメージはありましたね。今までミセスでこんなにわかりやすいちゃんとした恋愛ソングってあんまりなくて。いつも人類愛に派生していったり、大きいところにいく楽曲が多いんですが、この曲はずっと1対1の楽曲になっていて、作詞家としても新鮮な曲でしたね。

同じ不安感と傷を共有して、同じ目線でちゃんとバンドをできている

──11月9日から初のZeppツアー「Mrs. GREEN APPLE ゼンジン未到とリライアンス~復誦編~」が始まります。バンドの見せ方というか策略的に、ミセスは一生Zeppツアーをやらないつもりなのかなとも思っていたんですが、今までそういうこだわりは特になく?

大森 なかったですよ(笑)。言い方が難しいですけど、気付いたらありがたいことにホール公演ができる規模感になっていて。焦燥感に駆られた感覚でずっと突き進んでいたので、地に足がついたツアーになるといいなと思っています。

──このタイミングで「ゼンジン未到」というタイトルを掲げてZeppツアーをやろうと思ったのは?(※「ゼンジン未到」はミセスがインディーズ時代よりも前の2014年から行っている自主企画)

大森 バランスですね。7月にやった「Utopia」は外側から見るとポップなライブだと思うので、もうちょっと間口が狭く、奥深いライブをしたいと思ったんです。

──そのバランス感覚は、ミセスが重要視しているところですよね?

大森 重要視していますね。ずっとそうだよね?

若井 そうだね。

大森 かつて「ENSEMBLE TOUR」をやったあとに「ゼンジン未到」に行き着いたように、今回も「Utopia」があって「ゼンジン未到」になるというのはすごくこう……なんかルールがあるよね、きっとね。

──「Unity」(2022年7月発売のミニアルバム)のドキュメンタリー映像に大森さんが曲作りに葛藤しているシーンがあって、「ポンポン曲ができているわけじゃない」というようなこともおっしゃっていましたけど、大森さんは今まであまりそういう面を見せてこなかったんじゃないかなと思って。「Utopia」のMCで本音が見える場面もあったり、外から見ているとそういう部分がミセスの中でちょっと変わってきてるのかなと感じたのですが、当の3人からすると精神的な変化はありますか?

大森 めちゃくちゃ変わってると思いますよ。フェーズ1ではあえてそういうところを見せないようにしていたところもあって。ドキュメンタリー映像でも深く追われたりするのがあんまり得意じゃなかった。あと、がんばってる感じを出したら負けだと当時は思っていたので。作品で勝負するときに、どれだけ丹精込めたのかを知ると、作品の価値というよりはその人に対する情が評価対象になる気がして、「それって正しいのかな?」とちょっと虚勢を張っていたというか。そこで評価されたくないみたいなプライドがあったんですけど、最近はもういいやみたいな(笑)。

若井藤澤 はははは。

大森 もういいやっていうのはちょっと語弊があるけど(笑)、やっぱりこの3人だからちゃんと今フェーズ2を走ることができていて、それもどれも全部奇跡だなと思うので、そこって別にカッコつけて隠すことじゃないなという。

──そこに行き着いたのはなんでだったんでしょうか。けっこう大きな変化だと思ったのですが。

大森 大きいですよね。うーん……圧倒的に余裕ができたからだと思うんですけど、なんで余裕ができたんですかね?

──休んだことによって?

大森 なのかなあ……自分たちが同じ不安感と傷を共有して、同じ目線でちゃんとバンドをできているという感覚が強いからかもしれない。ドキュメンタリーにするとエンタメっぽくなっちゃうのが好きじゃなかったけど、別にエンタメって思われようがなんだろうが別にいいやというところまでいった感覚というか。僕もがんばってるし、りょうちゃんも若井もがんばってるのは事実なので、それを「いやいや俺らは余裕だぜ」って平然と歩いているふうにするのは必ずしももうカッコよくないなという感じですかね。それに「Utopia」の話でも言った通り、不安感があったのは事実なので。2年間待たせてしまったファンの方々がいるのもそう。その不安感、同じものを抱えていたんだよというところは正しく伝わるといいなと思って。だから「みんなが抱えていたのもちゃんとわかってるよ」ということですかね、ファンの方々に対して。

──フェーズ2を掲げて出てきたミセスが、そういうところに行き着いているとは思っていなかったです。

大森 ここまで振り切ってビジュアルに対して力を入れたり、音源だけじゃないところで総合芸術をしようとするとエンタメに昇華されやすくなると思うんですけど、同時にそれってドキュメンタリー性がちゃんと反比例して深くなってないとできない行為だと思っているので。そこに対して僕らはすごく自負があるし、自分らのドキュメントに対してちゃんと愛情深くあれる自信があったので、むしろビジュアルも含めてここまで振り切れたんだと思います。

Mrs. GREEN APPLE

Mrs. GREEN APPLE

プロフィール

Mrs. GREEN APPLE(ミセスグリーンアップル)

2013年結成。2015年EMI Recordsからミニアルバム「Variety」でメジャーデビュー。以来、毎年1枚のオリジナルアルバムリリースと着実なライブ活動を重ね、2019年12月から行われた初の全国アリーナツアー「エデンの園」では8万人動員の東名阪公演が即日ソールドアウト。メジャーデビュー5周年となる2020年7月8日に初のベストアルバム「5」をリリースした。同時に「フェーズ1完結」を宣言し、突如活動休止を発表。活動休止中にもかかわらず、2021年2月には、世界最大の音楽企業ユニバーサルミュージックグループとタッグを組み、Mrs. GREEN APPLEの活動を拡張するためのプロジェクト「Project-MGA」を立ち上げる。また、主要ストリーミングサービスにおいて「青と夏」「インフェルノ」「点描の唄 feat.井上苑子」「僕のこと」「ロマンチシズム」「WanteD! WanteD!」の6曲が総再生数1億回を突破。リリースした楽曲の総再生数は2022年8月末時点で35億回を超えている。約1年8カ月の活動休止期間を経て現在のメンバー編成となり、2022年3月に「フェーズ2開幕」として活動を再開。同年7月8日にミニアルバム「Unity」をリリースするとともに、一夜限りの復活ライブ「Utopia」を開催した。その収録曲「ダンスホール」は、自身最速でストリーミング累計1億回再生を突破。映画「ONE PIECE FILM RED」に提供した劇中歌「私は最強」も同じく1億回を突破している。11月9日には映画「ラーゲリより愛を込めて」の主題歌「Soranji」を10作目のシングルとしてリリースした。