MONO NO AWAREがリリースした5thアルバム「ザ・ビュッフェ」。前作「行列のできる方舟」から約3年ぶりのアルバムとなる今作は、“食”を媒介として見える文化や習慣の違い、多様性との向き合い方がテーマだ。タイトル通りバラエティ豊かな楽曲が収められ、サイケデリックやプログレッシブロック、ブラジル音楽の要素など、バンドの多様な音楽性がいかんなく発揮された1枚となった。
音楽ナタリーではMONO NO AWAREに初インタビュー。バンドとゆかりのある6名からアルバムについてのコメントを寄せてもらい、それを交えながら話を聞くことで「ザ・ビュッフェ」の魅力を多角的に掘り下げる。
取材・文 / 黒田隆憲撮影 / 小財美香子
ビュッフェが内包する「気まずさ」と「幸福感」
──新作「ザ・ビュッフェ」は「食」をテーマにしたということですが、その理由はどういうところにあったんですか?
玉置周啓(Vo, G) 「食」というよりは、そもそもテーマにしたかったのは、異なる属性の人々が「集まってしまう」状況で。ここ数年ずっとそのことについて考えていて、それをテーマにしたいとメンバーやスタッフとのミーティングでも話していました。銀杏BOYZがライブタイトルを「世界がひとつになりませんように」にしたこととか、そういうのが個人的に胸に刺さったんです。「ひとつになろう」系のノリに、今はあまりついていけない。けど、生きていくにはそういうのも大切なことだったりするじゃないですか。そういうややこしい問題意識を、がんばってアルバムに落とし込んでいくことにしました。
──例えばリード曲「同釜」では、「たとえ生まれ育った環境や境遇が違っても、同じ釜の飯を食べれば仲間意識が生まれることもある」みたいなことをテーマにしていますよね?
玉置 「同釜」はまさにそうですね。ただ、「ザ・ビュッフェ」というタイトル自体は、ビュッフェが内包する「気まずさ」というか……要するに人が集まり、「食べ放題」と銘打ったものに一定の金額を払うんだけど、実際はそこにあるものしか食べられないのがビュッフェじゃないですか(笑)。しかもビュッフェが行われる場所って大抵広くていろいろ気を遣うんですよね、「音を立てないように食べなきゃ」とか。別に嫌いなわけじゃないけど、その絶妙な気まずさと幸福感の入り混じった雰囲気には「社会性」もあるなと思って。それで「ザ・ビュッフェ」というタイトルにしたんです。
──なるほど。
玉置 タイトルの候補には、ほかにも例えば「ターミナル」なんていうのもありましたね。「ターミナル」(2004年公開)という映画が好きだったし、空港で目的の違う人たちが交差する状況がすごく心地いいなと思ったんですが、それだとちょっとカッコよすぎるかなと。しかも、前作「行列のできる方舟」(2021年発表)のあとに「ターミナル」が来ると、バンドの色というか方向性が決まってしまうと思ったんです。それは避けたくて、もう少し柔らかい音の響きを求めて「ザ・ビュッフェ」に落ち着きました。
「同釜」のベースに宿る“竹田が戻ってきた感”
──曲自体も本当にバラエティ豊かで、これまで以上にさまざまな音楽的要素が入っていると思いました。メンバーそれぞれの演奏的なアプローチについても教えてもらえますか?
柳澤豊(Dr) 「イニョン」や「お察し身」「あたりまえ」といった楽曲は、デモの段階では1つのドラムパターンがずっと繰り返されている上で、ギターやベースが展開していくアレンジになっていて。「これをベースに、(自由にドラムパターンを)考えてよ」みたいな感じで周啓にデモを渡されたんです。ドラムという楽器は、セクションが切り替わるところでちゃんと風景を見せていけるから、そういった意味で今回任せてくれたところが多かったように思います。
玉置 今回のレコーディングは、豊に助けられたところは多かったですね。「野菜もどうぞ」もビートは豊が考えたし、「88」のイントロを808(“やおや”ことRolandのリズムマシン「TR-808」)にしたのも豊のアイデア。デモの段階で「こんなにシンプルなリズムでちゃんと聴けるものに仕上がるんだろうか?」という不安があったんですけど、生のドラムが入って「いけそうだな」と思えることも多かった。
加藤成順(G) これまでと違ったよさを出せたと思ったのは「風の向きが変わって」のレコーディングです。ひさしぶりに一発録りをやったのですが、そのおかげで曲がドライブしていい感じになりましたね。あと、「アングル」はけっこうギターを重ねましたが、ほかの曲ではなるべく重ねないように意識しました。エフェクト処理する場合もギターの芯の部分はちゃんと残したので、少ない本数でも強度の高い楽曲に仕上げることができたと思っています。
竹田綾子(B) ベースも今回、シンプルなパターンが増えて、支える役割がこれまで以上に強くなった気がしていますが、「同釜」はかなりベースが目立っています。私はもともとハードなバンドサウンドが好きで、この曲ではベースを歪ませて曲のメインみたいな感じで弾くことができたので、めちゃくちゃ気持ちよかったですね。
玉置 「同釜」のベースは、竹田が「戻ってきた感」があったかもね。
──竹田さんがバンドに復帰したのは、レコーディングの途中からだったんですよね?(※竹田は2023年5月から2024年3月まで休養していた。参照:MONO NO AWAREのベース竹田綾子が復帰、3年ぶり全国ツアー開催)
竹田 はい。「もうけもん」「忘れる」「アングル」はサポートの清水(直哉)くんが弾いていて、それ以降のレコーディングに参加しています。
──「同釜」が象徴的ですが、これまでの作品と比べてボーカルも楽器の一部に聞こえるような、器楽的なアレンジが施されていると思いました。
玉置 MONO NO AWAREはこれまで「言葉遊びに長けた歌詞」を乗せたポップスをやってきて、必然的にメロディと歌詞が曲のメインであるという思考の流れが自分の中にできていました。でも、それにもう飽きがきてしまって「歌詞がいいバンド」みたいな価値に重きを置けなくなってきたんです。歌詞に重きを置くなら詩集でも出せばいいじゃんと思うし「これ、音楽である意味あるのか」とすら考えた。歌詞のよさをことさら伝える必要もないし、もっとメンバーそれぞれの力が発揮されているほうが、バンドとして魅力的なんじゃないかと。「同釜」はそんなことを考えながら作ったんですよね。なので、今竹田が言ったようにベースも思いっきり歪ませてもらい、メロディを付けてもデカすぎて聞こえないくらい目立たせて(笑)。結果、歌う代わりにラップをしたという。それが心地よかったんです。
頻出ワードは「ノリ」
──サウンドプロダクションも、これまで以上に凝っていると思いました。例えば、ギターオーケストレーションが今まで以上に立体的だったり、「もうけもん」のボーカルにはハーモナイザーがかかっていたり、「88」のハンドクラップがすぐ耳のそばで鳴っているようだったり。
玉置 おそらくエンジニアの奥田(泰次)さんとの信頼関係がより強くなったのも大きいと思います。どんなコミュニケーションでもそうだと思うんですけど、長く一緒にいると、例えばパッと思いついたこととかも恥ずかしがらずに言えるようになるじゃないですか。
加藤 そうそう。今回、「アングル」までは苦戦というか試行錯誤がしばらくあったんだけど、アルバムのコンセプトが決まって以降の後半6曲は、「こういう音像にしたい」というイメージが明確になり、奥田さんも含めてみんなでそれを共有できるようになってからは、特に作業が捗りましたね。
竹田 しかも録り音の段階からめちゃくちゃいい音だったんですよ。「ちょっと今までと違うかも」みたいなことは感じました。
玉置 確かに、違うフェーズに入った感はあったね。あ、思い出した、「ノリ」だ! ミーティングのときからメンバー間で頻出していたワードは「ノリ」。「メッセージより大切なのはノリだよね」という話をよくしていたよね。
──これは以前から気になっていたことなのですが、MONO NO AWAREの音楽はブラジルミュージックの影響がかなり大きくないですか? 例えば「イニョン」のコーラスなどにそれを強く感じます。
玉置 ブラジル音楽は好きですね。そんなに多くは聴いていませんが、ブラジル音楽の持つ雰囲気やメロディ、コード進行とか全部好き。ただ、ルーツにはまったくないと思うんだけど……「ウイイレ」のBGMかな(笑)。
竹田 でも確かにアコギとかさ、ちょっと手癖で弾くときっていつもボサノバっぽいフレーズじゃない?
玉置 「ブラジル音楽でいこう」と考えたことはないんだけどね。
──1つの要素として入り込んでいる感じなんですかね。
玉置 やっぱりバンドのよさってそういうところだと思うんですよ。別にそのジャンルに精通してなくても、「好きだから、それをやるんだ」みたいなノリで取り入れていくことが許される。確かに「イニョン」とか、自分で歌を入れながら「ブラジル音楽っぽいな」と思いましたね。今までの自分だと、それを避けようとしてアイデアを変えたりしてきたんです。でも、そうやってがんばってこねくり回した結果、自分でさえ愛せないようなものを作るんだったら意味ないなと。だったら趣味全開でデモを作り、メンバー全員で細かい吟味を重ねて「世に出しても恥ずかしくないレベル」に仕上げていくほうが、やってて楽しいと思ったんですよね。