個人的な思いから生まれたアルバム
──アーティストデビュー25周年を飾る作品として、デュエットアルバムを制作するに至った経緯を教えてください。
25周年だからデュエットアルバムを作りましょうという成り立ちではなくて……2年くらい前、フライングドッグの社長の佐々木(史朗)さんとの雑談の中で出てきた話なんです。佐々木さんは私がデビューしたときのディレクターで。佐々木さんが還暦を迎えられた頃、「ディレクターとして何かやり残したことはありますか?」と何気なく話したときに「実は坂本真綾でデュエットアルバムというのを考えてたんだ」と話されたんです。スタッフも全員初耳で。私からは出てこないアイデアだし、そんな考えがあったんだと驚きましたけど、そんなにはピンと来なかったんですね。だけど、だんだん……「やるなら誰と歌いたいかなあ」とか「どんな曲なら面白いかなあ」と考えるようになって。佐々木さんへの還暦祝いなのか、25周年の感謝の印なのか、すごく個人的な思いから生まれたアルバムなんです。きっと調整には時間がかかるだろうけど、25周年のタイミングで目指せば2年くらいの準備期間があるし、ちょうどいい機会かもしれないなって。
──佐々木さん、すごく柔和な方ですよね。10代の頃、初めて会ったときの印象は覚えてます?
私はその前から児童劇団に所属して仕事をしていたけれど、子役としての単発のお仕事で接する人たちとは違って、音楽の担当ディレクターとなると長期的なお付き合いになるし、密な間柄になっていくんです。レコーディングで山中湖スタジオに合宿に行くときも、付いて来られる保護者がいなくて、佐々木さんが自分の車で連れていってくれたり(笑)、お父さんみたいな感じでした。初めて会ったときはおじさんというよりお兄さんみたいな感じでしたけど。優しい人で、「もっとこうしてみたら」という歌のリクエストに答えていく作業も楽しかったですね。
──厳しいところ、叱られるようなことはなかった?
もちろん仕事なので根本的には厳しいですけど、とにかく楽しそうに仕事をする方なんですよ。本当に音楽を作るのが好きで、それが伝わってくるんです。菅野よう子(坂本の初期作品のプロデューサー)さん然り、楽しく仕事をしている大人の人からいい影響をもらったと思います。働くのは楽しいことだ、と仕事にいいイメージが持てる恵まれた環境でしたね。
──25年も続いているとレーベル移籍などもよくありますけど、ずっと同じ場所で歴史を重ねていて、お兄さん的な存在だった人が還暦を迎えて社長になっているというのも、なんだかいいですね。
そうですね。だからこそ、できるうちは役に立ちたいと思うし、いまだに「いいものを作って褒められたい」という気持ちがありますね。
憧れの小泉今日子と作ったハッピーなエンディングテーマ
──ではその佐々木社長から挙がった「デュエットアルバム」というアイデアを、どのように具体的に固めていったのでしょうか。
まずは「誰と」ですけど、ほとんど私からのリクエストで。これまで出してきたコンセプトアルバムはすべて「私が好きなことをとことんやる」という共通項があったので、ディレクターからもいくつか面白いアイデアは挙がったんですけど、話題性よりも「この人と歌いたい」という、好きな人とのデュエットだけを集めていきたいという基準で考えていきました。
──アルバムの世界観を作ってキャスティングするというよりは、キャストありきで当て書きをするような。
そうですね。基本的にはよく知っている人ばかりで、小泉今日子さんだけ違う成り立ちですけど……先にその話をしちゃうと、小泉さんは私が個人的に非常に好きな女優さんであり、歌手であり、一番好きなところはエッセイストとしての部分で。小泉さんの書かれる文章が本当に大好きなんです。私の今の担当ディレクターである福田(正夫)さんが過去に小泉さんのディレクターをしていたことがあって、一度スタジオで小泉さんと偶然一緒になったとき、福田さん経由で紹介してもらったんです。そのときはもう一生会えないと思っていたので「はじめまして」の次には「大好きです」と伝えて去るという(笑)。そんな出来事があったんですけど、そのくらい憧れの女性なんですね。今回、福田さんから「この人はどう?」「あの人は?」とアイデアが出てきた中で、「小泉今日子さんとか挙げないの?」と言われて。そんなことする勇気はないと思ったんですけど……実は福田さんもディレクター人生25周年なんですよね。同じく節目を迎えていた福田さんにとっても、小泉さんはすごく思い入れの深いアーティストで、ここで今担当しているアーティストとコラボできるのは感慨深いという思いがあったんでしょうけど、「とにかく声をかけてみて、ダメならあきらめればいいだけだから」と背中を押してくれたんです。
──そしてOKの返事が来たと。その2人の曲を鈴木祥子さんにお願いしたのは?
祥子さんは小泉さんのツアーでコーラスを担当されたこともあるらしく、若い頃からのお付き合いなんです。2人のことをよく知っている共通の存在なのでお願いしてみたんですけど、祥子さんもすごく喜んでくれて。私と小泉さん、2人の声が聞こえてきそうなデモを上げてきてくださって、イメージぴったりでした。
──今回のアルバムは「誰と歌うか」に加えて「誰が曲を書いているのか」という組み合わせも楽しみの1つですよね。小泉さんとのデュエット「ひとつ屋根の下」の作詞については、坂本さんご自身で書くという手段を選んだと。
まあ……悩みましたけど。今回のアルバムで面白かったのが、デュエットには2人の登場人物がいて、ダブル主演みたいな感じなんですよね。7曲あれば7つのストーリーがあるんだけど、登場人物は14人いて、その2人の関係性を描いていくのが、短編映画のオムニバスを作るような感覚で。小泉さんとの曲は制作の後半に作っていたこともあって、先にいろんな主演2人の物語ができていく中で、新しい切り口はないかなあと考えていて。人間と一緒に暮らしている動物がいいかなと思い付いて、人間とペットのお話にしました。私は犬を飼っていて、言葉を交わすことはないけど、人生の中で密接につながれる存在だから、そういうデュエットがあってもいいんじゃないかなって。小泉さんのエッセイにたびたび登場する動物のエピソードも好きだったので、共感して歌ってもらえるかなというのもあって書きました。
──小泉さんとのやりとりはいかがでしたか?
事前に打ち合わせをする機会があって、お話をするのは初めてご挨拶をしたとき以来でしたが、とにかく気さくで……私が緊張しているのをわかって和ませてくださったんだと思いますけど。「歌詞もかわいいですね」とおっしゃってくださって、お互いの今飼っているペットとの出会いのエピソードをお話ししたりして。そういう時間を持てたことで、いきなり歌入れをするよりもリラックスできたと思うし、福田さんをはじめ懐かしいスタッフとのお話も弾んでいて、楽しそうにしてくださっていたのが私もうれしかったです。やるからには深く関わっていいものを作りたいという思いが伝わってきました。アルバムの最後にしっくりくる、ハッピーなエンディングテーマになって。小泉さんの変わらずキュートな感じが……この曲でいうと動物役ですけど(笑)、包容力も感じて、すごくアルバム全体が締まったような気がします。
シンガー和田弘樹22年ぶりの復活劇
──話は前後しますが、一方でオープニングは坂本さんの作品にh-wonder名義で楽曲を提供していた和田弘樹さんが、なんと22年ぶりにシンガーとして参加するという大きなトピックがあります。h-wonderさんは、坂本さんが菅野さんのプロデュースを離れて新たな一歩を踏み出したシングル「ループ」(2005年5月発売)の作曲を手がけた重要人物ですね。
はい。22年ぶりに歌うということで、かなり勇気の要ることだったと思うんですけど。
──よく引っ張り出してきましたね。しかも「本当にどうかしてる 人前で歌うなんて」と引っ張り出されたことを歌うような歌詞で始まるという(笑)。
ドキュメントですね(笑)。デュエットアルバムの構想が浮かんだとき、真っ先に浮かんだのが和田さんだったんです。その時点ですぐにお声がけしたので、2年かけて口説き落としたというか(笑)。最初は本気にしてもらえなかったです。だけど相当しつこくお願いして、「ちゃんとお聴かせできる歌が歌えるまで心の準備が欲しい」「待ちます待ちます。2年あるんで」って(笑)。結果的にはちゃんと和田弘樹さんとして……私が最初に出会ったシンガーソングライターが和田さんで、当時いただいたアルバムを何度も繰り返し聴きながら高校生活を送っていた私としては非常に意味深い、25周年の記念になるいいお相手だったなと思います。
──アルバム情報としても第1弾として発表されましたし(参照:坂本真綾の新作は“デュエット”がコンセプト、第1弾ゲストは22年ぶりシンガー復帰の和田弘樹)、長年の坂本真綾ファンは驚いたでしょうね。和田さんファンにとってもいいお知らせでしたし。
そうですね。でも和田さん、ずっと及び腰なお返事をするので、すごくストレスになるお願いだったら申し訳ないなあと心配してたんですけど、せっかくの話だから楽しもうという思いも伝わってきた中で、和田さんにあっけらかんとした明るい歌を歌ってもらうのは違和感があると思ったんです。せっかく22年ぶりに歌うことを決意してくれた和田さんが、本当に共感しながら歌える歌詞でないとハマらない気がして、こういう歌詞にしてみました。
──楽曲として非常にオープニングにふさわしい華やかな仕上がりですけど、これは幕開けを担う1曲として和田さんにお願いしたんですか?
いえ、和田さんは3曲くらいデモを上げてくれて。中でもこの曲を聴いたときに「ああ、幕が上がる」という印象があって、そのときに「アルバムの1曲目はこれがいい」と思ったんですね。サウンドはデモの段階ですでに華やかな感じだったので、その印象を受けて和田さんのことを考えながら歌詞を書いたら、図らずもこのデュエットアルバムのオープニングテーマと言える楽曲になりました。1人でいるよりも新しい発見があるかもしれないし、大胆になれるかもしれないというワクワクした好奇心がこのアルバムのテーマだったし、「やってみないとわからない」ということが和田さんと2人で歌えたので、すごく感慨深いです。