坂本真綾がアーティストデビュー25周年を飾るコンセプトアルバム「Duets」を完成させた。その名の通り、デュエット曲ばかりを集めた7曲入りの作品で、和田弘樹、堂島孝平、土岐麻子、原昌和(the band apart)、内村友美(la la larks)、井上芳雄、小泉今日子というバラエティに富んだボーカリストがそのデュエットのお相手に選ばれた。
音楽ナタリーではこの参加メンバーから、3月20、21日に神奈川・横浜アリーナで開催されるアニバーサリーライブ「坂本真綾 25周年記念LIVE『約束はいらない』」へのゲスト出演も決定している堂島と土岐をゲストに迎えた鼎談をセッティング。ライブでの共演を経て親交を深めた3人によるクロストークで、坂本のアニバーサリー作品「Duets」の魅力に迫る。また特集の後半には坂本への単独インタビューも掲載。アルバムの全貌とその制作過程を詳しく語ってもらった。
取材・文 / 臼杵成晃 撮影 / 曽我美芽
周年とキャリア
土岐麻子 (ジャケットを見ながら)これは色水ですか?
坂本真綾 色水です(笑)。ゲストの方それぞれにイメージで色分けされていて。デザイナーさんからのアイデアだったんですけど、美術さんが作ってくれた色に「これは誰の色かな? これは土岐さんかな」と決めていきました。
堂島孝平 土岐ちゃんはこれ(ピンク)だっけ?
坂本 そうですね。
土岐 堂島くんは何色?
堂島 これ(黄色を指して)でしょ。
土岐 黄色感(笑)。
──お三方の共通点と言えば「矢野フェス」(音楽プロデューサー・矢野博康の監修による音楽イベント「YANO MUSIC FESTIVAL」。堂島と土岐は毎回参加しており、坂本は2014年、2018年に出演した)があります。皆さんが活動を始めた1990年代当時はもっとジャンルごとの隔たりが大きくて、こういう顔合わせもそうそうなかったですよね。
堂島 当時は、そこの壁はむちゃくちゃあったと思います。
土岐 真綾さんは声優スタートなんですか?
坂本 私はもともと子役で、8歳のときからちょこちょこ仕事してたんです。
堂島 キャリアで言えば大先輩ですよね。
坂本 CMソングを歌ったりして。「ポークリッチ、ポークリッチ」とか。
土岐 知ってる! ポークリッチの人なんですか!?
坂本 そうなんです(笑)。あとは初代の「おっ買いものっ」とか。そのへんと並行して、外国映画の子役吹き替えをやってたんですよ。それで高校生のときに初めてアニメの仕事をして、そこからデビューにつながって。
堂島 真綾さんの舞台も観ているし、声優・俳優として活躍されているのはもちろん知ってるんですけど、「マイ・ガール」(1991年公開)というマコーレー・カルキンが出ている映画でもアンナ・クラムスキーの吹き替えをされていて。あの映画が大好きだったんで、ホントありがとうございますという感じで……。僕と土岐ちゃんは同い年だけど、そのとき中1とか中2くらいでしょ?
土岐 大先輩だ……。
──今回のアルバムが坂本さんのアーティスト活動25周年ということで、それぞれのキャリアの重ね方、活動を重ねてきたからこそ見えてきたものや感じられることを聞かせていただきたいです。周年のタイミングはやはり活動を振り返る機会も多いのでしょうか。
土岐 私はけっこう周年をスルーして生きてきましたね。誰も言ってくれなくて、気付いたら過ぎてる(笑)。
坂本 周年企画、やり始めちゃうとやめられなくなるんですよね。20周年企画をやったら、25周年もやらなくちゃ……みたいな。
堂島 それはありますよね。あのときはやったのに……って。
坂本 5周年で刻んじゃうと休む暇もなく。5年って意外とあっという間なんですよ。5年刻みでやるもんじゃないと思います(笑)。
土岐 せめて10年刻み(笑)。
堂島 僕、20周年のときは5時間半くらいライブをやったんです(笑)。土岐ちゃんには影アナで協力してもらって、さらにそのあとのツアーにも参加してもらったり。20周年でそれだけやったからもういいんじゃないの?とも思ったけど、果たして30周年のときに自分が同じように大がかりなライブをやりたいと思えるかどうかという問題もあって。いつまでもこの環境があるとも思えないところもあるから、だったら25周年もやっとくか!という。
坂本 ああ、それは確かに思うようになりました。昔はすべてが延長線上にあると思っていたけど、30周年が普通に迎えられるとは限らないですもんね。今回のアルバムは、とにかく好きな人に囲まれて作りたいという気持ちがあって。臆せず好きな人に声をかけようと。2年くらい制作に余裕を持って進めていたので、2年あればスケジュールを理由に断られることはないんじゃないかなって(笑)。
堂島 その考え方にキャリアを感じますね。
坂本 本当に受けていただけてよかったです(笑)。
こういう人になりたかった
──とにかく好きな人を呼んだとのことですが、坂本さんがお二人のことを好きな理由を、ご本人を前にお聞かせいただけますか?
坂本 恥ずかしいですね(笑)。もともと堂島さんが書く歌詞が好きで、歌詞に注目して聴いていたんですけど、堂島さんのことをよりいっそう好きになったのは、やっぱり「矢野フェス」でご一緒したことが大きかったです(参照:初参加Negicco真綾も奮闘、矢野フェス2日目)。そこで歌っている姿を間近で見ながら、なんというか……うらやましいなと思ったんです。「こういう人になりたかった」って。そのあと曲を書いてもらったこともうれしかったですけど(参照:坂本真綾「CCさくら」OP曲をシングル化、c/wに堂島孝平提供ナンバー)、もともと歌詞が好きだった堂島さんに作詞の依頼をいただいたときは(堂島がプロデュースを手がけたKinKi Kidsのアルバム「O album」で収録曲「光の気配」の作詞を担当)本当に光栄でした。デュエットアルバムの構想が生まれる前から、次にアルバムを出すときは作詞をお願いしたいと思っていたんですけど、デュエットアルバムだったらぜひ一緒に曲を作って、できればそれを人前で歌いたいという思いがあって。ライブも含めてオファーしました。
──「こういう人になりたかった」とはどういう部分が?
坂本 すべてが自然で自由な感じがあって。すごく客観的に見ている自分と、すごく主観的に楽しんでいる自分が同時にいるような感じがするんですよ。客観と主観のバランスがこんなにいいって素敵なことだよなあって。
──確かに、自分で自分を演じているような部分と、素で突っ走っている部分の境目が見えないですよね。コントロールをしているようで、あえてしないようにも見えるというか。
堂島 めちゃくちゃ意外でした。「矢野フェス」で初めて共演したとき、僕が「き、ぜ、つ、し、ちゃ、う」を歌っていたら、真綾さんが後ろで楽しそうに踊っていたんですよね。そのあと何かのイベントで「き、ぜ、つ、し、ちゃ、う」がすごくインパクトがあったとお話されていたと聞いて。
坂本 「き、ぜ、つ、し、ちゃ、う」100万回くらい聴いてますよ(笑)。
堂島 それまで真綾さんのアーティストイメージって、ピンと張りつめた糸の上を歩いているような感じだったんです。僕なんてずっとふざけてるだけじゃないですか(笑)。ライブの途中で「自分のことはどうでもいい」と思っちゃうタイプで。自分を使って楽しくなれるんだったらどうでもいい、という気持ちになっちゃう。
坂本 それって最初からそうなんですか? 途中から?
堂島 最初はMCだけエンタメできればいいやと思っていたんですけど、ポップスというくくりの中でライブをやっていると、ロックに比べて熱量がないように見られているなと感じることもあって。その一因は自分にもあると思ったので、だんだんと、ポップスなんだけどいろんな破け目があるようなライブを意識するようになりました。でも、この間の「矢野フェス」(参照:鈴木茂、BEYOOOOONDS、土岐麻子、堂島孝平ら豪華競演で名シーン満載「矢野フェス」)は、ちょっとやりすぎちゃって……(笑)。土岐ちゃんが「最高だったよ!」とLINEで連絡をくれて、救われました。
土岐 いやいや、最高のライブでしたよ(笑)。本当に。
堂島 でも、真綾さんにそう思っていただけるのはうれしいです。作り手として、作詞家としての真綾さんにもシビれるなあと思っていたから、作家として一緒に仕事ができることが光栄だし、25周年の企画にまで呼んでもらえるなんて。
憧れの“都会の女性”
──では土岐さんはいかがですか?
坂本 土岐さんのことは前から大好きだったんです。お姉さん的な印象で、都会的で……私は板橋出身なことをコンプレックスに思っていて(笑)。
堂島 僕はけっこういろんな人に「坂本真綾って板橋出身なんだぜ? カッコいいだろ?」って自慢のように言ってますけど(笑)。
坂本 端々に板橋っぽさが出ていないか気にしているような人間で(笑)。そんな私が思う「これが都会の女の人」という憧れの女性が土岐さんなんですよ。もちろん、誰が聴いても土岐さんだとわかる歌声も魅力的ですけど、こう、「東京出身です」と言っていい人のオーラがうらやましくて。聴くだけでいい女になったような気にさせてくれる音楽というか。女としてアゲたいときに聴く音楽。しかも、映画を何度も観ていて感情移入する役が変わっていくみたいに、聴くたびに印象が変わるというか、「10年前に聴いてたときはわからなかったけど、今の自分に置き換えられるな」とどんどん変わっていく登場人物像が好きで、何回も聴いてしまうんです。
土岐 うわあ、うれしいです。
坂本 ……恥ずかしいんですよ。一緒にいるだけでコンプレックスが刺激されるというか(笑)。
土岐 いやいや(笑)。私、自分の作品を出したときは定期的にエゴサーチをするんですけど……。
坂本 意外!
土岐 見ていたらときどき、真綾さんが私の曲のことをラジオとかイベントで話されていたというのを見かけるんです。それがうれしくて勝手にときめいてたんですよ(笑)。でも、真綾さんが褒めてくださっていたのが「SU SA MIN」(2015年7月発売のアルバム「Bittersweet」収録曲)だったりして「よりによってこの曲!?」って。
坂本 (笑)。
土岐 私自身は気に入っている曲ですけど、心の中の“すさみ”を擬人化した変な歌なんですよ。真綾さんの作品は私も昔から聴いていて、歌詞を読み込んでいたんです。わかりやすいし、美しいし……私の歌詞はわかりにくいから、すごく憧れを抱いていて。そういう方が「SU SA MIN」のような変な曲を褒めてくださっていたので(笑)、いつかお互いの歌詞の話などをしてみたいと思っていたんですよ。矢野フェスで初めてお会いしたときは、あまり話ができなくて。
坂本 いや、それは私が緊張していたんですよ。
堂島 すごく覚えてます。打ち上げで。あまりそういう場には参加しない方だと聞いてたのに「どうしましょう、行っていいですかね」とそわそわしていて。
坂本 打ち上げ、土岐さんが来ると聞いたから行ったんですよ!
堂島 1回お家に帰ってたんですよね。帰ったのに、それから来られて。
坂本 「矢野フェス」は初めての方もたくさんいるし、人見知りだから無理かもと思ってたんですけど……土岐さんが来るっていうから。でも土岐さん、すぐに帰られたんですよね(笑)。
土岐 入れ違いみたいな感じでしたよね。
坂本 土岐さんが帰るときに「じゃあ私も」と言って来たばかりなのに出るのもおかしいなと思って、結局一番気分よく最後までいました(笑)。だから1回目のときは土岐さんに「好きです」と言えずじまいで。2回目のとき(参照:土曜日の夜は大にぎわい、ポップの祭典「矢野フェス」で豪華共演続々)は楽屋も同じだったから、一緒に写真も撮ってもらって(笑)。帰りにLINEを交換しました。
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意味が逆転する「あなたじゃなければ」