坂本真綾|「FGO」から生まれた2つの新たな楽曲、そしてコロナ禍に馳せる「旅」への思い

坂本真綾のニューシングル「独白↔躍動」が12月9日にリリースされた。表題曲である「独白」と「躍動」はどちらも人気作品「Fate/Grand Order」の関連楽曲。「独白」は12月5日公開の映画「劇場版 Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット- 前編 Wandering; Agateram」の主題歌、「躍動」はスマートフォン向けゲーム「Fate/Grand Order」第2部の後期主題歌として書き下ろされた。「独白」は2014年8月発売のシングル「レプリカ」以来となる内澤崇仁(androp)の作編曲。一方の「躍動」では2018年にインディーズデビューした若きロックバンド・ユアネスと初タッグを組んでいる。

坂本は2015年リリースの「色彩」に始まり、「逆光」「空白」「独白」「躍動」と5年間にわたり「FGO」の世界観に寄り添ったテーマソングを歌い続けており、もはや「FGO」と彼女の歌声、本人のペンによる歌詞の世界は切っても切り離せない関係にあると言えるだろう。今回のインタビューではその「FGO」の世界観と音楽の関係、そしてコロナ禍で迎えたデビュー25周年とこれからの人生について馳せる思いを語ってもらった。

またコミックナタリーでは、映画「劇場版 Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット- 前編 Wandering; Agateram」の公開に合わせた特集を展開中。前編の主題歌を担当する坂本と、後編の主題歌を歌う宮野真守による対談を掲載している。

取材・文 / 臼杵成晃

「レプリカ」からつながる
「FGO」との因果から生まれた「独白」

──「独白」は12月公開の「劇場版 Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット- 前編 Wandering; Agateram」の主題歌として書き下ろされた楽曲とのことですが、制作はどのタイミングだったんでしょうか。

映画はもともと今年の夏に公開される予定だったので、実はけっこう前に作っていて。

──作編曲は過去にもタッグを組んだ内澤崇仁(androp)さんですね。

内澤さんは「レプリカ」(テレビアニメ「M3 -ソノ黑キ鋼-」オープニングテーマ)以来で、6年ぶりなんですよ。

──なんとなく意外ですね。インパクトの強い曲だったからか、坂本真綾作品ではすでにおなじみの作家さんという印象がありました。

そうなんですよ。私も「そんなに空いてましたっけ?」という印象で。「レプリカ」は「FGO」とは関係のない曲なんですけど、「FGO」の生みの親である奈須きのこさんがこの曲をいたく気に入って、「レプリカ」からインスピレーションを得て「神聖円卓領域キャメロット」の原作になっているゲームのストーリーを考案したそうなんです。奈須さんがそんな話をブログに書かれたことがあって、それを読んだ「FGO」ファンの方が「レプリカ」を聴いて「まさにぴったりだ!」ということで盛り上がったそうで。

──「FGO」ファンの間でおなじみの曲になってしまったと。

奈須さんは私のライブで「レプリカ」を聴いて突然インスピレーションが湧いたみたいで、ライブが終わってすぐロビーで原稿を書いたって話を聞きました(笑)。

──すごいですね(笑)。

作品として直接関係はなかったけれど、「キャメロット」の主題歌を作るうえで、内澤さんなら奈須さんの世界観を理解してくださるだろうと思ってお願いしたんです。それに今回は末澤慧監督から「こういう曲にしてほしい」という具体的なオーダーがあったので、作家さんの力量が問われる部分もあって……。

──どういうオーダーだったんですか?

「静かに始まって、後半は映画の後編を観たくなるような煽りが欲しい」「絶望的な場面で終わるので、そこに寄り添うような暗さ、でもドーンと落ち込ませるような暗さだけでなく派手さも欲しい」という相反する要素を求めるようなオーダーで。でも内澤さんならきっと理解してくださるんじゃないかと思ったんです。組曲のように、まるで違う要素が組み合わさったような曲にするといいのかなということで、内澤さんにもそのようにお願いしました。難しすぎるかなと思ったんですけど……最初からこの完璧な曲が上がってきて(笑)。「FGO」はたまたまプレイしたことがあったそうで、あまり多くを説明しなくても世界観をわかってくれていて、迷いなく作ってくださいました。

──これまで坂本さんが歌ってきた「FGO」関連楽曲には、それぞれ曲調は違えど、どこか共通した匂いというか、「FGOらしさ」というものができあがっているように感じます。

できちゃいましたね。

──この「FGOらしさ」を坂本さん自身はどう捉えていますか?

なんでしょうね。小難しい?(笑) アップテンポで、派手にストリングスや打ち込みが入ってきたりというサウンド的な“らしさ”もあると思うし……「FGO」の作品全体のトーンでもあるんですけど、いろんな難関をくぐり抜けなきゃいけなくて、今度こそダメかといったような問題にぶち当たりながらも進むしかない、と最終的にはポジティブなエネルギーに満ちている。不穏さ、ネガティブさもあるのに、なぜかサビを聴いていると走り出したくなるような前向きさがあるという、「ネガティブなのにポジティブ」みたいなところが「FGOらしさ」になるのかなあ。

坂本真綾

ミュージカルで経験した“独白”を引き継ぐ手法

──「独白」の冒頭、ボーカルとピアノのみの導入部は閉塞感のあるモノラル音像になっていて、不安を煽るようなシンバルの音がステレオでブワッと広がっていく感じがドラマチックですよね。

映画は主人公の独白、モノローグで終わるんですね。そのモノローグを引き継ぐような、主人公の気持ちを代弁するようなAメロが始まって、だんだんと空間を広げていくという。これはある種、ミュージカルで使う手法にも似ているというか。セリフだったものがポツリポツリと歌になり、やがて大団円を迎えるという魅せ方。私はミュージカルが好きだし、自分でも出演して経験しているので、歌詞を書くうえではその経験が生かされていると思います。

──先ほどおっしゃいましたが、まさに組曲のように展開していく楽曲で、いわゆるポップス的な構造ではないですよね。むしろクラシックに近い発想の楽曲構造かなと思うんですけど。

私もそう思いました。「レプリカ」はandropさんの曲として発表されても違和感のない、彼らのサウンドに近い雰囲気がありましたけど、今回は作家に徹して世界観を作り込んでいるように感じて。すごく器用に多彩な表現ができるんだなと驚きました。

──歌詞は内澤さんから曲が届いたあとで?

はい。かなり複雑な展開なので難しかったですけど、今年5周年を迎えた「FGO」に私もずっと関わってきたので、新しい刺激を求めていた部分もあって。いつもと同じテーマでは書けないような気もしていたので、今回はとにかく映画の世界観に合わせつつ、いつものように「でもがんばろう」という気持ちに持っていかず、絶望的な場面により似合う曲に仕上げて、後編の主題歌ですべて回収してもらおうと考えました。ここではネガティブだけを切り取って、後編に救いを求めるような形にしようと。絶望的でやけになる瞬間、すべてひっくり返したくなるような衝動に駆られるときって誰にでもあると思うんですけど、この曲ではその部分にフォーカスして書きました。

──ミュージックビデオは「FGO」の世界とは切り離されたものだと思いますが、MVもまた楽曲の持つ複雑でドラマチックなムードを見事に映像化していますね。モノクロからズバッとカラーに切り替わったり。

この曲をどうやって映像化したらいいのか、私からはまったくアイデアが出てこなくて。「……無理じゃない?」みたいな(笑)。監督からのアイデアで、壮大さのある曲だけれどあえてシンプルに表現するという形で作っていきました。カット割りを多用せず、私がただ呆然と歌っている横顔をこんなに長く使って大丈夫かな?と不安になりましたけど(笑)、このシンプルさが潔いなって。