坂本真綾「抱きしめて」インタビュー|大江千里と作り上げた王道バラード、世代を超えるポップスの魔法

坂本真綾の新曲「抱きしめて」が1月15日に配信リリースされた。この楽曲はWOWOWオリジナルアニメ「火狩りの王」第2シーズンのエンディングテーマ。坂本は第1シーズンにもエンディングテーマ「まだ遠くにいる」を書き下ろしているが、アニメが持つシリアスなムードを表現した「まだ遠くにいる」から一転、「抱きしめて」は温かくて包容感のあるバラードソングだ。作詞作曲は、1980年代より数々の名曲を世に送りだしてきたポップシンガーでありながら現在はニューヨークでジャズピアニストとして活動している大江千里。坂本と大江による初のタッグによって、普遍的で強度の高いポップスが完成した。

この楽曲について坂本へのインタビューを行うにあたり、事前にニューヨークの大江にもメールインタビューを依頼。その回答を交えながら、坂本に楽曲誕生の裏側と制作中に感じた思いを語ってもらった。

取材・文・撮影 / 臼杵成晃

延期になった「記憶の図書館」ツアー、岸田繁との「音博」共演

──前回のインタビューでアルバム「記憶の図書館」について詳しく伺って(参照:坂本真綾「記憶の図書館」インタビュー)、さあこれがライブでどう表現されるのか……と思ったら、ツアーは大阪2日目の公演以降延期となってしまいました。

大阪で2日間予定していたライブの1日目に、声が途中で枯れてきてしまって……お客さんには、観ているうちにみるみる声が枯れていくという姿を見せることになって本当に申し訳なかったです(参照:坂本真綾が本日のツアー大阪公演を延期、喉の不調を感じて)。

──喉の不調でライブが中止になるのは初めてですよね?

はい。レコーディングを延期してもらったりとか、声優のお仕事で収録日を変えてもらったりということは、まあ声を使うお仕事をするうえではよくあることなんですけど、ライブを飛ばしてしまったのは初めてですね。

坂本真綾

──少し間が空いてしまいましたが、10月には大阪2日目の振替公演が無事行われました。東京公演は年明けの開催になりますが(※取材は2023年12月中旬に実施)、ライブで「記憶の図書館」の楽曲を披露した感触はいかがですか?

アルバムはアルバムで完結したものですけど、ライブで歌うことでより理解を深めていって、ツアーも含めてアルバムが完結する……という気持ちでいたので、そもそも名古屋、大阪、東京とコンパクトに終わるはずのツアーを、まさか年明けまで引っ張ることになるとは(笑)。でもよかったと思える部分もあって。できたてホヤホヤで回るよりは聴き込む時間が長くなったことで、お客さんにとっては自分の体により楽曲が染み込んだ状態だったでしょうし、私自身も歌がより自分にフィットしていて。お待たせしたのは申し訳ありませんでしたけど、ブランクによるマイナスはそれほど感じなかったです。

──去年のライブで言うと、「京都音楽博覧会2023 in 梅小路公園」への出演というトピックもありました。ここではアルバムにも収録されている楽曲「菫」を提供した岸田繁(くるり)さんとのライブでの共演が実現しています。

ありがたいことに「菫」の演奏で岸田さんにもステージに上がっていただいて……すごくジーンときましたね。ギターを弾く岸田さんの横に立って歌っていることが、ステージの上でしみじみ不思議だなと感じて。イベントに呼んでもらえただけでもありがたかったですし、お客さんの雰囲気もすごく温かかった。ツアー再開の直前で、ファンの方にはご心配をかけたあとのひさしぶりのステージというタイミングでしたが、すごくいい空気の中で戻ってこられたなという感じでした。

坂本真綾

シリアスなムードを優しく包み込む普遍的な王道ポップス

──坂本さんの2024年の第一歩となる新曲「抱きしめて」が1月15日に配信リリースされます。WOWOWオリジナルアニメ「火狩りの王」の第2シーズンのエンディングテーマとして書き下ろされた楽曲ですが、第1シーズンのエンディングテーマ「まだ遠くにいる」とはずいぶん趣が違いますね(参照:坂本真綾「まだ遠くにいる / un_mute」インタビュー)。

作品の方向としては、クライマックスに差しかかる第2シーズンで殺伐としたシーンも増えてくるのに対して、監督が描いていたエンディングのイメージは「ホッとする」「優しい」「かわいい」といった感じで、私としては意外だったんですね。私も声優として作品に出ているのでシリアスなムードになることはわかっているんです。だから監督が言うほっこり優しいイメージに音楽としてどうつなげられるだろう?とすごく悩みました。いわゆる王道の普遍的なポップス……色あせない、どんな世代にも長く聴いてもらえるような音楽が求められているんだろうなと解釈して。第1シーズンの「まだ遠くにいる」とはある意味真逆の、王道のポップスで、バラードで、生の音を中心に、などとイメージを固めていきました。

──放送前に楽曲を聴かせていただいた印象はまさに優しくて柔らかくて温かい、王道のバラードでした。が、同時にこれ「火狩りの王」のエンディングなんですよね……?という。

そうですよね(笑)。監督の意向を私なりに解釈して腑に落ちたのは、自分が作品に出ていて印象的だった第1シーズンのあるシーンを思い出したとき。本当に大変な思いをして命からがら旅をしている子供たちや若者たちが、やっと安心できる場所に時折たどり着いて、ものすごいイビキをかきながらぐっすり眠るんです。あと、やっと出会えた食べ物を、見た瞬間に頬張っているところも印象的でした。生きることに対する能動的な姿が、この作品ではすごく意味を持って描かれているんだなと感じて。頭で考えるのではなく、命そのものが求めるものを貪っている、ある種お行儀がいいとは言えない食べ方眠り方なんだけど(笑)、すごく愛おしく、活力あふれて見えるんですね。この曲の持つ役割として、物語はだんだん大変な方向に進むんだけど、エンディングはちょっとサンクチュアリ的に安心できる場所として確保してあげなければいけない。私はそういうふうに解釈しました。

坂本真綾

──そんな大事な役割を持つ王道のポップスを作るべく楽曲制作を依頼したのが、大江千里さんと。大江さんによる楽曲提供というのも本作の大きなトピックです。

以前、ディレクターが別のアーティストさんで大江さんに楽曲提供してもらったつながりがあって。その頃「大江さんにお仕事を依頼した」という話を聞いて「いいなあー」と言っていたんです(笑)。大江さんのお名前は「火狩りの王」のスタッフさんから「第2シーズンはこういう楽曲にしたい」という思いを聞く中で挙がってきた中の1人だったのですが、考えれば考えるほど大江さんの音楽がぴったりなんじゃないかなということで。ぜひお願いしたいと思ったものの、今は海外にお住まいですし、お受けいただけるかわからないので、まずはお話ししてみて、もしやっていただけそうならぜひと。

楽曲提供者、大江千里からの回答

──今回インタビューを行うにあたり、なんと大江さんから事前に楽曲についてのいくつかの質問に対するコメントをいただいております。ここからは大江さんの回答を軸にお話を伺います。

大江千里メールインタビュー

Q. 坂本真綾さんとは一度リモート会議で詞曲についてお打ち合わせされたということですが、そのときに受けた印象や事前に抱いていたイメージなどがあれば教えてください。

意見をストレートに的確に伝える方でキャッチボールが明快でした。その素直な想いをそのまま注ぎ込もうと思いました。リモート会議をすることでどこをゴールにするかがかなり明確になったと思います。表現したいことに対して曖昧じゃない、はっきりとしたビジョンのあるアーティストでした。

外国にお住まいということで、直接お会いできない中でもリモート会議という形で直接お話しできたのはよかったです。コロナ禍でリモート会議ってすごく増えましたけど……難しくないですか?(笑)

──難しいですね(笑)。

特に初めての方がお相手だと、変に遠慮してしまっては話が進まないし、微妙なタイムラグがある中で会話をする難しさもあるし。伝えるべきことをどうお話しするか、自分の中で事前にシミュレーションして準備万端だったから、明快に的確に伝えられたんだと思います(笑)。

──「抱きしめて」は作曲のみならず作詞も大江さんですよね。

本当は自分で歌詞を書きたかったんですよ。というのも、第1シーズンの「まだ遠くにいる」も自分で歌詞を書いているし、小説を全部読んでいて物語の内容もよくわかっているつもりだったし、「こういう歌詞にしたい」というイメージがハッキリあったから。でも、実は「記憶の図書館」とまったく同時進行でこの曲の話を進めていたので、アルバムのほうで手一杯で。書きたい気持ちはあったけど、大江さんになら詞曲でお任せしてみたいなと思ったんです。とはいえ何せ私からお願いするのは初めてなので、リモート会議では主に歌詞のイメージをじっくりお話しさせていただきました。

坂本真綾
坂本真綾

──では、逆に坂本さんが抱いていた大江さんへの印象はいかがでしょう。リスナーとしての印象もあるでしょうし、実際にお話しされてみてその印象に違いはありましたか?

大江さんの楽曲は短冊のシングルを買って家族で聴いていましたし、大江さんがよく楽曲提供されていた渡辺美里さんのことも大好きで。すごく慣れ親しんできた音楽や声なんです。ジャズピアニストになられてからの作品も聴いていて、ビジュアルも含めてずっと見てきたので……初めて会った気がしない、というのが私の印象です(笑)。でも、思った以上にゆっくりと穏やかにお話しされる姿が印象的で。言葉少なく「伝わりました」「きっとできると思います」とおっしゃってくださいました。デモが上がってくるまで、そんなに時間がかからなかったですね。