ナタリー PowerPush - 坂本真綾

「シングルコレクション+ミツバチ」インタビュー&ツアー直前座談会

「猫背」はアルバムに入れることを目的に作った曲ではなかった

──そして今年唯一のシングルとなった「モアザンワーズ」と、録り下ろしの新曲「猫背」では、デビューの頃から一緒に作品を作り上げてきた岩里祐穂さん(作詞)、菅野よう子さん(作・編曲)が参加されています。

実は「猫背」はこのアルバムに入れることを目的に作った曲ではなかったんですよ。「モアザンワーズ」で久しぶりに岩里さん、菅野さんと3人で曲を作っているとき、岩里さんが私のひとり旅のエッセイ(2011年2月刊行「from everywhere.」)を読み終わったあとに、詞が書けてしまったそうなんですよ。「見て見てー」なんて持ってきてくれて。すごくかわいい歌詞だったので「いつか作品にできたらいいなあ」って言ってたら、そこにたまたま居合わせたのが菅野さんで(笑)。すぐその場でメロディを付けてくれて、曲ができあがってしまったんです。

──おお。

岩里さんにプレゼントしたいというプライベートな理由で、菅野さんとピアノだけでレコーディングしてお渡ししたんです。でもせっかくいい曲ができあがったのに、このまま皆さんにお聴かせできないままなのはもったいないなと思って。ちょうど「ミツバチ」には新曲も入れたいと思っていたし、このアルバムに入るのは意味深いことだなって。

──そうですね。長い冒険を続けた記録の中に、2人との曲が入っているというのは。おなじみの3人だけど、当時とは大きく違うものを感じるんですね。でもそれは、岩里さんがあのエッセイを読んでから生まれたものだと考えると腑に落ちます。すごくいい時間の流れを感じるというか。

そうですね。子供と言ってもいい年齢の頃から見守ってきてくださった方だからこそ、自然に生まれた言葉というのもあったでしょうし、またそれを深く理解して音楽にしてくれる菅野さんが曲にしてくれて。そういう時間の流れがなかったら、この曲は生まれなかったでしょうね。

視覚を伴う音楽の楽しみ方に気付かされた

──今作は初回限定盤に「さいごの果実」(2007年11月発売の14thシングル)からのビデオクリップ作品とショートムービー「Driving in the silence」を計12本収めたBlu-rayが付属します。このうち実に8本もの作品でディレクションを務めている江原慎太郎監督についてお訊きしたいのですが。

江原さんは「さいごの果実」で知り合った監督さんで、その後はPVだけじゃなくライブ映像やリハーサルなどのメイキング映像も撮ってくださっています。私はずっと映像を撮られるのが苦手で、あまり乗り気になれずにいたんですよ。「さいごの果実」のときは久しぶりにPVを撮ることになって。この曲ができたときは、冒険を繰り返していた時期の中で「なんか私、わかってきた!」と思えた瞬間だったんです。そうやって自分でも自信を持っている曲でしたし、珍しくPVを撮ってみようかなって気持ちになったんですよね。映像自体も満足のいく出来で、また現場の雰囲気もすごく良かったんです。

──江原監督が取り巻く空気に後押しされたような。

はい。それまでの自分にはなかった「割り切ってカッコつけてみよう」みたいな気持ちが湧いてきて(笑)。江原監督は歌詞の世界観をよく汲んでくれる方なので、私が強く伝えたいと思っていたところに、印象的なカットが入っていたりするんです。視覚を伴う音楽の聴き方、楽しみ方というのもあるんだなって気付かされたというか。それで「次もぜひ」ってお願いしているうちに、どんどん増えてきてしまったという。

──自分の曲を表現するものとしてそこまで重要視していなかった「映像」というものの有効な方法、楽しみ方を気付かせてくれたみたいな感じなんでしょうか。

そうですね。あとはもう人柄だと思うんですけど、私はカメラを構えられること自体がホントに苦手なんですけど、全然嫌じゃないんですよね、江原さんだと。近くでカメラを構えられてもあまり威圧感を感じないというか、自然でいられるので。ドキュメンタリービデオなんて、真剣に仕事に没頭してるときにカメラを回されるなんて絶対イヤ!と思ってたんですけど、江原さんなら全然気にならなくて、自分も素のままでいられるんですよね。

──確かにその関係性は、メイキング映像での異常なリラックス感を観れば一目瞭然で(笑)。

あははは(笑)。江原さん自身音楽が大好きな人なので、ライブ映像の編集をお任せしても、私が音楽的にここを聴かせたいという場所にちゃんとカメラが向いてるんです。特に説明しなくても。よっぽど深く理解してくれてないと、こういう編集はできないはずなんですよ。大事なところは絶対抑えてくれるっていう信頼感があるんですよね。

来年もまた大きな挑戦の年になりそう

──こうやってお話を伺うと、「ミツバチ」は本当にさまざまな面で変化した時代を記録した作品になっているように感じます。

ある意味やっと本当に自分の足で歩き始めて、それまでは考えなくてよかったことにたくさん気付かされたってことなんでしょうね。それまでももちろん一生懸命やってきたつもりでしたけど、一つひとつ自分の手で触れて確かめていく中で、必要に迫られながらあえて難しいほうを選択してきたのがこの時期なんですよね。結果、思ったよりも怖いことじゃなかったな、と思えたことはたくさんありました。

──結果的にどんどん良い方向、風通しの良い道を進んでいるように感じますね。

きっと年齢的なものもあると思いますよ。若いときのほうが自由に見えて逆にがんじがらめで。経験が増えれば図太くもなるし(笑)、怖さよりも新しいところに飛び込んでいく楽しさのほうが勝っちゃうんでしょうね。

──こうして作品をまとめていく作業の中で出会う少し前の自分に、照れたり恥ずかしくなったりすることはありませんか?

「ミツバチ」に収められているものはどれも無我夢中でやっていたものばかりで、そんなに昔のことのようには感じないんですよね。もっと若い頃から振り返った「everywhere」に比べれば(笑)。女性に限ったことかわからないけど、多分女の人って20歳で成人になって社会人になって……という切り替わりの時期よりも、20代中盤から後半にかけてのほうが、もっといろんなことが起こるんじゃないかと思うんですよ。きっとどんな世界で生きていても、年齢を重ねていき、後輩はどんどん増えてくるけど、思い描いていた自分には全然なれていないみたいなジレンマを抱える時期なんじゃないかなって。私も葛藤はいっぱいあったけど、それを経て今はまた少し世界が拓けてきたなーみたいな。誰にとっても濃い時期が、ひとつの作品になったのかなって思いますね。

──ちなみに、先程「もう来年のことも同時進行で動いている」とおっしゃってましたけど、気の早い話、2013年はどんな1年になりそうですか?

詳しいことはまだお話できませんが、私にとってはまた大きな挑戦の年になりそうですね。もういいよ挑戦はって言われそうですけどね(笑)。

ニューアルバム「シングルコレクション+ミツバチ」/ 2012年11月14日発売 / FlyingDog

SHM-CD収録曲
  1. ループ [作詞:h's / 作・編曲:h-wonder]
  2. マジックナンバー [作詞:坂本真綾 / 作・編曲:北川勝利 / ストリングス編曲:河野伸]
  3. DOWN TOWN [作詞:伊藤銀次 / 作曲:山下達郎 / 編曲:服部隆之]
  4. トライアングラー [作詞:Gabriela Robin / 作曲・編曲:菅野よう子]
  5. さいごの果実 [作詞:坂本真綾 / 作曲:鈴木祥子 / 編曲:斎藤ネコ]
  6. スピカ [作詞:坂本真綾 / 作・編曲:h-wonder]
  7. action! [作詞:坂本真綾 / 作・編曲:h-wonder]
  8. やさしさに包まれたなら [作詞・作曲:荒井由実 / 編曲:DEPAPEPE]
  9. 雨が降る [作詞:坂本真綾 / 作曲:かの香織 / 編曲:斎藤ネコ]
  10. Buddy [作詞:坂本真綾 / 作曲:School Food Punishment、江口亮 / 編曲:江口亮]
  11. Private Sky  [作詞:坂本真綾 / 作曲:多保孝一 / 編曲:中村タイチ]
  12. 風待ちジェット~mitsubachi edition [作詞:坂本真綾 / 作曲:鈴木祥子 / 編曲:飯田高広]
  13. モアザンワーズ [作詞:岩里祐穂 / 作・編曲:菅野よう子]
  14. おかえりなさい [作詞:坂本真綾 / 作曲:松任谷由実 / 編曲:森俊之]
  15. プラリネ [作詞:坂本真綾 / 作曲:山沢大洋 / 編曲:武藤星児]
  16. エイプリルフール feat. 坂本真綾 / 冨田ラボ [作詞:イルリメ / 作・編曲:冨田恵一]
  17. 猫背 [作詞:岩里祐穂 / 作・編曲:菅野よう子]
Blu-ray Disc収録内容(PV)
  1. さいごの果実
  2. トライアングラー
  3. 雨が降る
  4. マジックナンバー
  5. everywhere
  6. DOWN TOWN
  7. 秘密
  8. Buddy
  9. おかえりなさい
  10. ショートムービー Driving in the silence
  11. モアザンワーズ
  12. ユニバース
坂本真綾(さかもとまあや)

1980年3月31日生まれ。幼少時より劇団で活動し、1996年にテレビアニメ「天空のエスカフローネ」のオープニングテーマ「約束はいらない」で歌手デビューを果たした。声優、女優としても活躍しながら、コンスタントにオリジナル作品を制作している。2010年3月にはデビュー15周年を記念した2枚組ベストアルバム「everywhere」を発表。2012年7月には初期の作品を数多く手がけた菅野よう子×岩里祐穂コンビによるシングル「モアザンワーズ」が発売された。11月14日にはシングルコレクションアルバム第3弾「シングルコレクション+ミツバチ」がリリース。