ナタリー PowerPush - キリンジ
2012年の日常と音楽
キリンジの配信シングルが、2カ月連続でリリースされる。5月30日より配信される「祈れ呪うな」は堀込高樹が作詞・作曲を手がけた、原発問題へのキリンジなりのメッセージソング。そして6月27日より配信される「涙にあきたら」は、堀込泰行作詞・作曲のやさしいミディアムナンバーだ。
ナタリー3度目の登場となる今回のインタビューでは、この2曲が生まれた経緯や歌詞に込められた思いについて深く話を訊くとともに、2人の現在のサウンド嗜好や、来るべきファン待望のオリジナルアルバムについても追求。さらに、彼らの意外な日常が垣間見えるプライベートな話題についても答えてもらった。
取材・文 / 臼杵成晃
白黒付かなさ加減を書いたほうがいいかなと
──今回の配信シングル2曲ですが、まずは「祈れ呪うな」「涙にあきたら」というタイトルの強さにドキッとしました。この2曲が生まれた経緯について、詳しく訊かせてください。第1弾の「祈れ呪うな」は高樹さんの作詞・作曲ですが、これはメッセージソングとも取れる内容ですよね。
堀込高樹(G, Vo) まあ、具体的にああしろこうしろとは言ってないから、ハッキリとメッセージソングと言えるものではないですけど、大きなくくりではそうですよね。これは元々曲があったんですよ。それがこういうちょっとオールドロックっぽい感じで。それで歌詞を考えなきゃいけないってなったとき、ほかに思いつかなかったんですよね。歌詞は普段の生活の中で起こったことをヒントに書くことがほとんどなんですけど、そういう普段の生活にも原発事故のことが侵食されてくるんですよ。どうしたって。うちはちっちゃい子供が2人いるから、野菜1個買うにも結構気を遣うんですね。そうすると、それをスルーして詞を書くのも難しい。あとはまあそういう、テーマとサウンドのイメージがマッチするなと。そしたらそれ以外のことが考えられなくなってしまって。
──高樹さん自身がコメントで「自戒を込めて」と書かれているとおり、何が悪くて、何が敵で、何が怖いのか。何を「神」とするのか、みたいな表現が「原発に関するメッセージソング」として見ると異色で、非常に興味深いなと感じました。
高樹 ハッキリ「原発よくねえ、やめろ」って歌ってる人も、それは多分みんなそう思ってるんじゃないですかね。だから「これが正しいんだ」ってことを歌うよりも、今こういうような状況が広がってるんだってことを歌ったほうがいいのかなと思ったんですね。正しい立場に立ってものを言うのは気恥ずかしいって気持ちもあるし、「別に正しくないじゃん、お前だって」みたいな話もあるわけだから。ハッキリ線引きできない、白黒付かない問題でしょ? だったら白黒付かなさ加減を書いたほうがいいかなと思って。初めはもっととっ散らかってたんですよ。
堀込泰行(Vo, G) 第1稿はそうですね。誰がどの立場で何言ってるのか全然わかんないみたいな感じで(笑)。
──泰行さんからもアイデアを?
泰行 普段は兄の歌詞に対して何か言ったりすることはないんですけど、今回は扱ってるテーマが大きいものだったので、ちょっとは意見を言ったほうがいいかなと思って。電話して「寓話的にしたらどう?」とか、「手塚治虫の『火の鳥』みたいな感じに」とか、そういうアイデアを出してみたりはしましたね。
──元はもっと生々しいものだったんでしょうか。
高樹 いや、誰がどこに対して何を言ってるかわかんないっていう、要するにダメな感じ(笑)。一言で言えば。
──タイトルはすんなり決まったんですか?
高樹 これは悩んだんですよ。FMのちょっと気取ったパーソナリティの方が「祈れ呪うな」って言えないよなって(笑)。アルファベットのタイトルだったらカッコいいかなとか、いろいろセコいことも考えたりして。あと「夜空ノムコウ」的なカタカナ混じりとか(笑)。でもやっぱり、サビの一番フックになるフレーズだから、それを外すとほかにはないなあと思って、しょうがなく。
──今までだって「悪玉」とかギョッとするタイトルはありましたけど、今回は妙にドキッとしたんですよね。
高樹 それはね、5文字あって真ん中に「呪」っていう字があるからですよ。デザイン的に怖い。
狭い半径を歌えば、それぞれの半径に当てはめてもらえる
──そして第2弾の「涙にあきたら」は泰行さんの作詞・作曲です。2カ月連続でそれぞれの楽曲を発表する、というリリース形態は特に意識せず?
泰行 基本的にはそれぞれな感じですね。ただ「祈れ呪うな」のほうはとんがってて、こっちはすごく優しい曲調だったので、サウンドのバランスは考えました。エレキシタールとかを入れて少しストレンジな雰囲気にしたり。あまりにもテンション感が違いすぎちゃってるから、ちょっとサウンドに遊びを入れたほうがいいだろうなと思って。
──曲のテーマもタイトルの字面的な並びもセットになってるというか、2曲でひとつのキリンジのメッセージになっているような印象があります。
泰行 さっき兄の話にも出てたけど、今は歌詞が書きにくくなりましたよね、明らかに。ファンタジックなものにも救われてきたはずなのに、そういうものを作っても「これでいいのかな」みたいな気持ちになったり。じゃあ大きい絆を歌えばいいのかというと、僕の場合、それはそれで白々しい感じになるというか、あんまり響かない気がして。だったら僕は親しい友人や知人のことを考えながら、ごく狭い半径の中のことについて歌おうと思って。狭い半径のことを歌えば、各自がそれぞれの半径に当てはめて楽しんでもらえるかなっていうので、こういう歌詞になったんですよね。
──歌詞については、昨年夏に配信されたチャリティソング「あたらしい友だち」から、表現に対する姿勢そのものが大きく変わったような印象なんですけど、そんなことないですか? もちろん時代的な背景も大きいとは思うんですが。
高樹 そうですね、なんか。やっぱり3.11の震災の前と後で、っていうのは大きいですよね。以前だったらナンセンスな言葉遊びとかでも楽しめたし、そういうのもいいなと思ってたんですけど、今それをやるとなると、そこに意図というか意思みたいなのがないと説得力が生まれないっていうか。僕自身も、地震が来る直前にさんざん聴いてた音楽が、あのあと全然ピンとこなくなるようなこともあったり。リスナー側としては今はまたなんでも楽しめるようになりましたけど、作り手としてはすごく難しいですね。
──キリンジが元々持っていたファンタジックな部分や、リズム的な言葉の使い方が、今の世の中にマッチしなくなったということですか?
高樹 それもちょっと違うかな……。「祈れ呪うな」に関しては、誤解がないようにすごく気を遣って書いたんですよ。明確に「反原発、脱原発」って歌ってるわけではないから、もしかしたら聴く人によっては「反・反原発」っていうふうに捉えられるかもしれないなと。今までは人によって解釈が違ってもそれぞれ楽しんでほしいっていう気持ちだったけど、今回の曲に関しては、あんまり好き勝手に判断されたら困る。誤解されたくないっていう気持ちがあったから、解釈の幅をだいぶ狭くしたつもりです。
──なるほど。
高樹 あとは明確にこうしろああしろとは言ってないけど、意見なり意思なりがあってこういう歌を書いてるわけだから、そこをきちんと書かなきゃいけないんですよ。つまりその、ファンタジックなものやロマンティックなものなら、イレギュラーなものがポンと飛び込んできても「これも面白い」「あれも面白い」って作品がどんどん広がっていって、思いもよらないものができあがるんだけど、今回みたいな曲は「思いもよらないもの」にはなってほしくない。特に今回の曲に関してはそういう自由さはないですね。
──「トゥギャザーしようぜ、土下座させようぜ」(「祈れ呪うな」の歌詞より)も、それほど自由な表現ではないと(笑)。
高樹 それはまあ「トゥギャザー」と「土下座」が似てるなって思ったから。そういうのは多少ありつつ。
キリンジ(きりんじ)
1996年10月に堀込泰行(Vo, G)、堀込高樹(G, Vo)の兄弟2人で結成。1997年5月にインディーズデビュー盤「キリンジ」、同年11月にマキシシングル「冬のオルカ」がリリースされると、複雑ながらポップなサウンドと独自の詞世界で大きな注目を集めた。1998年にはシングル「双子座グラフィティ」でメジャーデビュー。2005年には弟の泰行が「馬の骨」としてソロデビューを果たし、同年11月には兄の高樹もソロアルバム「Home Ground」を発表した。それぞれ他のアーティストへの楽曲提供も多く手がけており、作詞家・作曲家としても支持を集める。2011年7月には震災を受けて、配信限定チャリティシングル「あたらしい友だち」をリリース。10月には、過去の提供曲とセルフカバー音源を収めた2枚組企画アルバム「~Connoisseur Series~KIRINJI『SONGBOOK』」を発表。2012年5月30日には「祈れ呪うな」、6月27日には「涙にあきたら」と、2カ月連続で配信シングルをリリースする。