KIRINJI「crepuscular」インタビュー|堀込高樹が多彩な才能と作り上げた収録曲を全曲解説

2020年の年末に8年間続いたバンド体制を解除して、堀込高樹のソロプロジェクトになったKIRINJI。新体制初の楽曲「再会」の配信、映画「鳩の撃退法」のサントラと主題歌「爆ぜる心臓 feat. Awich」の制作を経て、彼は約2年ぶりのニューアルバム「crepuscular」(クリパスキュラー)を完成させた。Maika Loubté、角銅真実など若手ミュージシャンが参加した本作は、KIRINJIの新たな出発を告げる重要な1枚。堀込が本作の各曲に触れながら、コロナ禍の影響やソロプロジェクトの可能性などを語ってくれた。

取材・文 / 村尾泰郎撮影 / 笹原清明

経験と若い感覚を併せ持つプレイヤーを迎えて

──「crepuscular」はソロプロジェクト状態で初めて録音された作品です。レコーディングの面で、バンド時代と比べて変化はありましたか?

プロセス自体はあまり変わりません。曲を書いて、しっかりしたデモを作って、それをミュージシャンに弾いてもらって差し替える、というのはこれまでと一緒です。そこでプレイヤーが変わったのが一番大きな変化でした。今回、参加してくれた人たちからは、自分が想定していた以上のものが返ってきた。それはやっていて面白かったし、とてもエキサイティングでした。

──プレイヤーとのコミュニケーションの取り方もバンド時代とそんなに変わらず?

週1でリハしているバンドとかありますよね。曲を作る人はいるけど、音はバンドで作っているみたいな。KIRINJIはそういうバンドではなかったから、そこに大きな変化はなかったですね。バンドメンバーはセッションミュージシャンが多かったし。

堀込高樹

堀込高樹

──なるほど。重要な変化は、人なんですね。今回、ドラマーは伊吹文裕さん、橋本現輝さん、石若駿さんの3人を起用していますが、半分近くの曲で叩いているのは伊吹さんです。

今回参加してくれたミュージシャンは、ほとんど30代前後で、いろんな現場を経験していながら若い感覚も持っている。しかも、いろんな音楽をよく聴いているんですよ。サブスクやYouTubeの影響かもしれません。だから、僕が思っていることが言わなくても伝わる。例えば「薄明」を録っているときに、「このメロディは大貫(妙子)さんっぽいな」って感じていました。それをフレンチエレクトロ風にやろうと思っていたのですが、そうすると坂本(龍一)さんっぽいサウンドになる(笑)。そういうことをひと言も言わなくても、伊吹くんは曲を聴いて「今から(高橋)幸宏さんみたいに叩きます!」ってやってくれました(笑)。

──曲を聴いて、大貫さんの“ヨーロッパ三部作”のサウンドにちゃんとつながったわけですね。キーボードは宮川純さん。宮川さんの鍵盤やシンセがアルバムのアクセントになっています。

KIRINJIはジャズ的なハーモニーが多い。その中で縦横無尽にソロが弾けて、なおかつポップスにも興味がある人ということで宮川くんに参加してもらいました。これまでは僕が自分でキーボードを弾いていたのですが、本物感というか、小慣れた感じがうまく出せなくて。宮川くんに3パターンくらいスタイルを変えて弾いてもらって、それを切り貼りして使ったりもしましたし、シンセもけっこう弾いてもらいました。これまでは僕が打ち込んでいたのですが、今回はスティーヴィー・ワンダー的なシンセというか、ちゃんとプレイヤーが弾いているシンセになりました。

──そうした心強い若手をメインに迎える一方で、バンド時代から続いて千ヶ崎学さんがベースを担当されています。やはりKIRINJIのグルーヴを生み出すうえで欠かせない存在なのでしょうか。

欠かせない、とか言いたくないけど、そうなっちゃっていますね(笑)。悔しいけど。あの人が来ると場が和むんですよ。普段から若いミュージシャンと仕事しているから先輩風も吹かさないし。「ブロッコロロマネスコ」のレコーディングのときには、彼のそういう性格がうまく働きました。この曲のビートは解釈がいろいろできる。それで千ヶ崎くんと橋本くんがノリについて話をしているのを横で見ていたのですが、千ヶ崎くんがリードしながらグルーヴに関することを決めていってくれました。

堀込高樹

堀込高樹

堀込高樹

堀込高樹

「再会」から「爆ぜる心臓」までどうつなぐか

──新作は新旧織り交ぜたメンバーで作られたわけですが、前作「cherish」(2019年11月発売のアルバム。参照:KIRINJI「cherish」インタビュー)に比べるとコンパクトで軽やか。リバーブを効かせて空間の広がりを感じさせるサウンドですね。

「再会」を作っているときから、ソフトなサイケ感みたいなことをぼんやり考えていました。リバーブのシャリシャリ感がAOR的なサウンドと混ざると現代的でカッコいいんじゃないかって思ったんです。

──シャリシャリ感というのは、シュワーっと音の粒が弾けて溶けていくような?

そう、Tame Impalaの曲に通じるような音です。これはサイケだなと思って、この線でいこうと。

──オープニング曲の「ただの風邪」から、ソフトサイケ効果が生かされていますね。

演奏はこれまで以上にタイトなんだけど、途中から極端にリバーブをかけて空間をふわっとさせています。最初はベニー・シングスみたいにマイルドなポップスを作りたいと思っていたのですが、やっているうちに10ccの「愛ゆえに」みたいなことをやりたいと思うようになって。あの曲、サビでいきなり音像が変わって空間が広がるんですよ。

──なるほど。Tame Impalaと10ccがつながったわけですね。面白い。

音像が変わるだけじゃなくて、後半は16ビートっぽい感じになる。4分くらいの曲だけど、けっこういろいろと展開してるんですよね。

──その後半のゆったりしたグルーヴが、2曲目の「再会」にいい感じにつながっていきますね。

そう。今回は全体の流れを考えながらアルバムを作りました。というのも、最初の段階で「爆ぜる心臓」を入れるかどうか、ずっと考えていて。

──映画の主題歌だけに、曲の雰囲気や世界観が独特で悩ましいところですね。

結局、収録することにしたので、その前にワンクッション入れるならどんな曲を置いたらいいんだろう、と考えて「ブロッコロロマネスコ」を作ったり、「再会」につなげるために「ただの風邪」にグルーヴィな部分を作ったり。アルバムの流れを考えながら曲を作っていきました。

──「再会」はビル・ウィザースの「Lovely Day」にインスパイアされて生まれた曲だとか。あの曲のどんなところに惹かれたのでしょうか。

聴いているうちに気分がほぐれていくようなところですね。メロディアスだし、いいグルーヴだし、声のトーンも落ち着いていてリラックスできる。聴いているうちに足取りが軽くなるというか。そういう効果が「再会」にもあるんじゃないかな、と思います。

──そういう穏やかさや心地よさは、アルバム全体に関しても言えることかもしれないですね。

そうかもしれません。最初はEarth, Wind & Fireみたいに元気が出る音楽が求められているのかな、と思っていたのですが、こういう状況で元気が出る曲を作るのは無理だと思って。どうしてもミドルテンポで落ち着いたものになってしまうんですよね。

──今、「Pizza VS Hamburger」(「cherish」収録曲)みたいにカロリーが高い曲を作るのは大変でしょうね。

確かに(笑)。「爆ぜる心臓」はよく作れたなって思います。コロナの騒動が始まった頃だったから、まだ元気があったのかもしれない。

コロナ禍の風景

──そういえば今回のアルバムは、コロナ禍の日常を描いた曲が目につきますね。「ただの風邪」「再会」はもろにそうですし、ほかの曲の歌詞にも見受けられます。

毎日コロナのニュースを聞くので、どうしても気になっちゃうんですよ。どこに行くにもマスクしなきゃいけないし。そんな変な年にアルバムを出すんだったら、自分が今感じていることを歌にして残しておいたほうがいいと思いました。不謹慎だけど、こんな時代は今までになかったし。

──「ただの風邪」っていう曲名だけでドキッとする時代ですからね。

この曲に関しては、コロナを「ただの風邪だ」と言って認めない人を揶揄する歌と思われるんじゃないかって、ちょっと気になっているんです。

──曲名だけだと「挑発してるのか?」と思われそうですが、聴いてもらえれば大丈夫だと思います。歌詞や曲調にKIRINJI的な毒は隠されていないですし。

この曲は素直に受け止めてほしい。うちの子が実際に風邪で熱を出したことがきっかけになって作られた曲なので。

──そうでしたか。ただの風邪でよかったですね。せっかくなので、ここから順番に各曲について伺いたいと思います。3曲目「first call」はアップテンポでダンサブルなナンバーですね。

これはNiziUだったかな……(笑)。いや、ザ・ウィークエンドの「Blinding Lights」っていう、すごくヒットした曲がありますよね。A-Haみたいな曲。ああいうビートって楽しいな、と思って作りました。ドラムとベースがぴたっとハマるとしつこい気がしたので、どれくらいズラしたらちょうどいいのか、千ヶ崎くんとけっこう話し合いましたね。

──歌詞の1番はミュージシャンのレコーディングの話ですが、2番になるとコロナの日常が描かれますね。「店は早々閉まっちゃうし」とか。

「ファーストコール」っていう言葉はミュージシャンの間でよく使われるんですよ。「ギター、誰かいい人いないですか?」って誰かに聞くと、「僕のファーストコールは~」っていうふうに返ってくる。それを歌詞に使おうと思ったのですが、一般の人はピンとこないかもしれないから2番はプライベートな話にしました。レコーディングが終わって、どこかにごはんを食べにいこうと思っても、コロナの影響で閉まっている。あと、MELRAWくんは2年くらいKIRINJIのレコーディングやライブに参加してもらっているけど、1回も打ち上げを一緒にやったことがないことにこの前気が付いて。