ナタリー PowerPush - キリンジ
堀込兄弟が紡ぐ魔法の音楽 ソングライティングの裏側
それぞれのソングライティング
──お互いのソングライティングの印象は?
泰行 「着地しない感じ」は特に兄の曲で特徴的かもしれませんね。一般的な曲より展開が多かったり。あとは独特のコード感とか、メロディの怪しい感じとか(笑)。そういうのは強い個性だなと思います。
──「独特のコード感」というのは、泰行さんも使わないコード展開が結構あるということ?
泰行 そうですね。あとはコードをジャランと、ポロンポロン鳴らしながらじゃないかたちで作った曲もあって。最近の曲だと「アンモナイト」とかそうだよね?
高樹 コードに縛られて曲が発展しないっていうのが嫌なんですよね。だから次のコードに移るときに何って決めずに、メロディがこう動いたら、それに合うコードを見つけるっていうようにしていかないと。
──メロディを作るときは、全体の音の響きをそこまで意識せずに作るのでしょうか。
高樹 雰囲気というか、カラーみたいなものは浮かべます。クラシカルな感じとか、ジャズっぽいハーモニーとかってのは思い浮かべますけど、あんまりそこに縛られると、雰囲気モノになっちゃいますよね。
──では高樹さんから見た泰行さんの印象は?
高樹 うまく言えないですよね。でも泰行らしい感じっていうのは確実にあるから。もうちょっと専門的な話になっちゃいますけど、Cというコードでド・ミ・ソを弾くとすると、一般的にはミかソかドからメロディが始まるんだけど、泰行はレから始まる。その場合はコードにテンションを入れるんですよね。レに相当するテンションを。コードはシンプルだけど、メロディがマイナスの音から始まるっていう構造が多いかもしれない。だから一聴するとわかりやすい曲も、センシティブで不思議な感じ、面白い感じに聴こえるんじゃないかなあ。ライブで演奏していて「これどうなってんだ?」って思っちゃう(笑)。
──お互いに触発されながら、今の作風ができあがったのでしょうか。
高樹 それはキリンジを始めてからじゃないですかね。一緒にやるまではお互いよく知らなかったから。
泰行 キリンジを結成したときに「次の展開が読めるようなものはやめよう」みたいな話し合いをしたのは覚えてます。
高樹 話したっけ? そんなこと。
── あははは(笑)。
泰行 でもそれは、ひねりたいってわけでもないんですよね。次の展開が読めるような音楽と、親しみやすいキャッチーな音楽は別で。次の展開が読めるような音楽なのに、コードをただジャズっぽくして「おしゃれでしょ」って言ってるようなのはやだね、っていう気分はありました。だから必要ないときはメジャー7thも弾かないし。そういうところは2人ともあるんじゃないですかね。
提供曲と「キリンジ用」の違いは?
──具体的に提供曲ができあがるまでのプロセスをお訊きしたいのですが、例えば今作に入っている藤井隆さんの「わたしの青い空」(作詞・作曲:堀込高樹)は、どういう流れで作られたのでしょうか。
高樹 藤井さんとはこの曲の前に、1stアルバム(「ロミオ道行」2002年発売)で「代官山エレジー」と「未確認飛行隊」の2曲をやってるんですね。それが縁でじゃあ次も、と。1stアルバムは松本隆さんが全体的な仕切りをやっていて、2ndアルバム(「オール バイ マイセルフ」2004年発売)は藤井さんが好きな作曲家に頼んだと思うんですけど、藤井さんからの注文は「復活後のカイリー・ミノーグみたいな曲」(笑)。
──この曲は藤井さんのイメージを覆すほどの、ものすごいインパクトがありましたね。
高樹 最初は「俺がカイリー作るのか」って結構悩んだんですけど(笑)。きっとトラックの要素が重要なんだろうなと思って、ヨーロッパっぽいエレクトロを意識しました。
──畠山美由紀さんの「若葉の頃や」(作詞:中納良恵<EGO-WRAPPIN'> / 作曲:堀込泰行)は?
泰行 2004年に美由紀ちゃんとハナレグミの永積崇君と3人で、松任谷由実さん作曲の「真冬物語」というシングルを出して。そこで仲良くなったのがきっかけで依頼がありました。
──具体的にどういう曲がいいという注文はありましたか?
泰行 これは特になかったですね。ざっくりと「バラード」というぐらい。
──「バラード」と「畠山美由紀の声」という2つのお題をもとに考えていくわけですね。
泰行 まだこの頃は、歌う人の声質とかを考慮しないで書いてましたね。単純にグッドメロディを提供できればいいなっていう感覚で。
──その場合のグッドメロディと、キリンジでやるグッドメロディは同じ?
泰行 人に書くほうがやりやすいですね。人にあげる場合は歌モノとしてしっかりしたものになることが一番の前提なので、「ここのメロディは多少湿り気が強いな」と思ったら、キリンジ用に書いてたらやめちゃうけど、人に提供する場合はアリだったり。
──キリンジならではのジャッジメントがあるわけですね。
高樹 俺はそこあんまり考えたことないかも(笑)。
──例えば先程おっしゃっていた「『エイリアンズ』みたいな曲を」という依頼があった場合、自分たちの曲の縮小再生産みたいになってしまう場合もあると思うんですが、そこはどうやって回避するんですか?
高樹 回避しないですね。それを求められてるわけだから。birdの「髪をほどいて」(作詞:bird / 作曲:堀込高樹)のときは「愛のCoda」を例に出されて、そっちは得意分野だからいくらでもできるんですよ……というと言い過ぎだけど(笑)。サビに行くまでのバースをもっと短くして、もっと盛り上がる展開にすると、よりシングルらしい、歌っても聴いても気持ちいいものになるかなと思いながら作りましたね。だから「愛のCoda」の雰囲気を残しつつ、よりキャッチーになってるんじゃないかなと思うんですよね。
──お2人とも提供曲のほうがキャッチーで王道的なものになりやすいっていうことなんですか? キリンジでやらない部分を出せるみたいな。
高樹 自分たちならちょっとややこしいメロディでもなんとかなるだろうと思うんですけど、楽器をやってない人だと、メロディの理解の度合いというか、メロディとバックのコードの兼ね合いまでは伝わりづらいんですよね。それがわかれば納得して歌えるけど「なんか歌いづらいね」っていうふうになる可能性があるから。歌詞もなるべく歌いやすくなるように心がけているから、その分キャッチーに聴こえるかもしれないですね。
──セルフカバーもされている南波志帆さんの「お針子の唄」は、17歳の女の子に歌わせるには歌詞もメロディも難度高そうですよね(笑)。
高樹 あはは(笑)。でもあれ歌ってみるとそんなに難しくないよね?
泰行 ところどころややこしい半音みたいのはあるけど、特別難しくはないですよ。
「シンガーソングライターとしての鈴木亜美」が出せればと
──鈴木亜美さんの「それもきっとしあわせ」は「鈴木亜美 joins キリンジ」名義ということで、これは特にキリンジの世界観を意識した依頼だったのではないかと思うのですが、具体的にどのようなオファーがあったのでしょうか。
高樹 これは通常の楽曲提供の依頼とは違って、制作も含めて一緒にやってほしいというお話をいただいたんですね。どういうふうに鈴木さんと一緒にやったらいいかわからないから、我々も「ちょっといつもと違うスタイルでやってみようか」っていう話になって。歌詞から書いて、それにメロディをつけてったんだよね。
泰行 うん。たまにはちょっと変わったことやってみるか、みたいな。
──あの時期の鈴木亜美さんは、自分のイメージから脱却するためにすごくがんばってるように見えていて。そんな中で発表されたこの曲は、彼女の心情が端的に表現されたようなヒリヒリ感を感じました。
高樹 そういうつもりもなかったんですよ。全く狙わなかったわけじゃないですけど。僕らの他にもBuffalo DaughterやSCOOBIE DOと組んだり、要するにアーティストとして活動したいっていうことだと思ったので、だったら多少はさらけ出す部分みたいなものがないと。シンガーソングライターとしての鈴木亜美、みたいな感じが出せればなと思って作ったんです。
──本人はどういうふうにこの曲を受け止めたんでしょうね。この曲をきっかけにグッと楽曲の幅が広がるんじゃないかと思ったら、その後そんなに大きい変化はなかったので……個人的な好みで言えば少し残念でしたけど。
高樹 はははは(笑)。
泰行 そもそもファンの人がこういうのを求めてなかったってことですよね、きっと。
高樹 やっぱり中田ヤスタカ(capsule)さんのような打ち込み系の方とやってるほうがイキイキしてますよね。声自体はパリっとした声だから。
──キリンジとやることでイキイキする人もいますよね。南波さんとか。
高樹 南波ちゃんはね、わりと面白がって歌ってくれてると思いますよ。あの子はなんだか古風な感じがあるから、こういうのもいいかなって。
──南波さんの曲はお2人とも書いてますけど、彼女の作品の場合はプロデューサーの矢野博康さんと話を進めていく感じですか?
高樹 矢野さんとは曲の話はするんですけど、歌詞の話はあんまりしないですね。なんか言われる?
泰行 特に言われなかったねー。最初は南波さんの夢日記をメールでもらって。「一応参考までに」ってもらったんですけど、無邪気すぎて全然わかんなかったです(笑)。子供の夢みたいな、「お父さんがハンバーグ食べちゃった」くらいの。それ見て何書けっていうんだよっていう(笑)。
高樹 今どきの子にしては純というか、スレてないですよね。あんまりスレた感じがしないから、いろいろ歌わせてみたくなるんです。
DISC1 COVER DISC
- jelly fish(オリジナル:My Little Lover)
- ロマンチック(オリジナル:土岐麻子)
- ハルニレ(オリジナル:Keyco)
- 髪をほどいて(オリジナル:bird)
- 若葉の頃や(オリジナル:畠山美由紀)
- わたしの青い空(オリジナル:藤井隆)
- お針子の唄(オリジナル:南波志帆)
- それもきっとしあわせ(オリジナル:鈴木亜美 joins キリンジ)
DISC 2 FORMAL DISC
- わたしの青い空 / 藤井隆
- 髪をほどいて / bird
- ロマンチック / 土岐麻子
- ハルニレ / Keyco
- 若葉の頃や / 畠山美由紀
- somewhere in tokyo / 古内東子
- 愛が私に教えてくれたこと / 松たか子
- それもきっとしあわせ / 鈴木亜美 joins キリンジ
- プールの青は嘘の青 / 南波志帆
- 春の嵐 / ミズノマリ
KIRINJI LIVE2011
- 2011年10月19日(水) 東京都 SHIBUYA-AX
OPEN 18:00 / START 19:00
問い合わせ:DISK GARAGE 03-5436-9600 - 2011年10月20日(木) 東京都 SHIBUYA-AX
OPEN 18:00 / START 19:00
問い合わせ:DISK GARAGE 03-5436-9600 - 2011年10月25日(火) 大阪府 umeda AKASO
OPEN 18:00 / START 19:00
問い合わせ:キョードーインフォメーション 06-7732-8888
キリンジ
1996年10月に堀込泰行(Vo, G)、堀込高樹(G, Vo)の兄弟2人で結成。1997年5月に1stシングル「キリンジ」、同年11月に2ndシングル「冬のオルカ」がリリースされると、複雑ながらポップなサウンドと独自の詞世界で大きな注目を集めた。1998年にはシングル「双子座グラフィティ」でメジャーデビュー。2005年には弟の泰行が「馬の骨」としてソロデビューを果たし、同年11月には兄の高樹もソロアルバム「Home Ground」を発表した。それぞれ他のアーティストへの楽曲提供も多く手がけており、作詞家・作曲家としても支持を集める。2011年10月19日には、過去の提供曲とセルフカバー音源を収めた2枚組アルバム「~Connoisseur Series~KIRINJI『SONGBOOK』」をリリース。