20年以上ぶりに踊る57歳
──ほかの収録曲についても1曲ずつ話を聞かせて下さい。まずは冒頭で話に出ていた「ポップミュージック」ですが、もともとはヒロ寺平さんのラジオに出演される際に手土産として作った楽曲だったとか。
本当は去年アルバムを出すつもりだったんですが、途中で断念して。でもライブツアーをやることは決まっていたので、そのプロモーションでいろんな番組にお邪魔するのに、お互い手ぶらで行くのはやりにくいだろうと思って(笑)。その段階で「ポップミュージック」だけはなんとなくできていたので、急遽レコーディングして完成させたわけです。で、曲ができてから最初に出演したのがヒロ寺平さんのラジオだったので、番組で「この日のために作ってきました」と話したんです。
──事実上、本当に手土産として誕生した曲だったんですね。
そうなんです。レコーディングしたときはまだ曲のリリース時期は決まっていなくて。でも曲を聴いた社内の人間から、「これいいじゃん! Juice=Juiceからもシングルとして出そう」という話が上がってきたんです(笑)。で、「だったら先に僕の曲としてリリースしたい」と話して2月に僕の名義で発表した次第です(KANは2月、Juice=Juiceは4月に同曲をリリース)。
──なるほど。そしてシングルの発表後、オフィシャルサイトで楽曲の解説企画「マニアのための分解試聴」を展開されていたのも興味深かったです(参照:KAN、マニアのために新曲を“分解試聴”)。
あれはフランスから戻ってきて初めて出した「カレーライス」(2006年2月発売)から始まった企画なんですけど、ラジオなどで曲をオンエアする前にまずはドラムだけ、そのあとにベース、何日か経ってからサビのメロディ、というように曲を分解しながら段階的に公開していきました。音楽をやっている方が興味を持ってくれるかもしれないし、そうでなくても「ああ、この曲はこういう仕組みでできているんだ!」と感じてくれるかなと。
──リスナーの耳を育てているような感覚でしょうか。
そうですね。何も考えずに音楽を聴いている人が、何かを考えながら聴けるようになるといいと思ったんです。解説しようとしても言葉では説明しきれない部分がありますが、ああいう実践的かつ具体的な形だったら「なるほど」とわかってもらえるんじゃないかなって。
──「ポップミュージック」のミュージックビデオでKANさんがひさびさにダンスをされていたのも驚きました。ご自身で踊るという方向性はどのように決まったのでしょうか?(参照:KAN、5年ぶりニューシングルMVで「57歳にもなって」華麗にダンス)
MVを作ろうと思ったときに、自然と「これは自分で踊るしかないな」と浮かびました(笑)。撮影前に振り付けをしてもらって、レッスンも通って練習して……それくらいしっかり踊るのは20数年ぶりでしたけど、僕はもともとダンスが大好きだし、1990年代にはよく踊っていたのでひさしぶりにできてすごく楽しかったです。でも毎日踊り続けている20代のダンサーさんの中に20年以上ぶりに踊る57歳が紛れ込んでるわけですから、それはもう相当面白い画になりますよね(笑)。
──ご自分で観て面白いという印象なんですね。
はい(笑)。クオリティはさておき、好きでやってるということが大事ですから。それにこの年齢で積極的に踊るアーティストなんてほとんどいないでしょう。僕と岡村ちゃん(岡村靖幸)くらいじゃないかな。
──確かにそうかもしれないですね。ちなみにJuice=JuiceバージョンのMVは観られましたか?
観ましたよ。彼女たちのバージョンの音源は完全に別物で僕はノータッチだったんですけど、サビの部分のダンスは同じような振り付けがありましたね。その流れでJuice=Juiceのファンの方が僕のMVを観たり曲を聴いてくれたりして、相乗効果みたいなものが生まれるのであればうれしいです。
メンタル、メンタル、メンタル
──次に「エキストラ」について伺います。女性目線で書かれた歌詞がすごく新鮮だったのですが、こういった曲は初めてですよね?
はい、初めてです。平井堅さんと秦(基博)くんと一緒にカラオケスナックに行ったことがあったんですが、そこでものすごく切ない曲を歌っている女の人がいたんです。その姿を見て、「僕もカラオケで女の人が歌ってくれるような曲を作らなきゃ」と思ったのが、この曲を作ったきっかけでした。でも最終的には100%僕の曲。歌詞の人称が“君”から“あなた”、“僕”から“私”に変わっているだけで、実際には僕視点で歌っています。やっぱりまったく架空のことは書けないですから。
──歌詞をフィーチャーしたリリックビデオも素敵でした。
この曲は無理に映像を作るよりも、シンプルに歌詞を見てもらうほうが伝わると思ったんですよね。MVで曲の世界観を伝えようとすると本気で映画を撮るような気持ちで臨まないと難しいし、「エキストラ」についてはこれがベストだと判断しました。
──次に「メモトキレナガール」についてですが、根本要さん(STARDUST REVUE)とやられているラジオ(FM COCOLO「KANと要のWabi-Sabiナイト」)でもおっしゃっていた通り、この曲はKANさんが今作の中で一番気に入っている楽曲だそうですね。
はい。要さんは「あの曲はいらないと思う」と言ってましたけどね(笑)。僕はアルバムの制作中はもちろん、完成してからも全曲を繰り返し聴いてるんですが、「メモトキレナガール」が一番聴いていて楽しいんですよ。
──ご自身がファンを公言されている中田ヤスタカさん風のサウンドというのでしょうか。
中田さんには到底及ばないですけど(笑)。でも中田さんの作品に大きな影響を受けて作った曲です。特に気に入っているのは、最初のサビのあとに、シロフォンの音で「カンカンカン、カンカンカン」というフレーズが入っているんですけど、Cメロがこれと同じメロディになっている部分です。あとこのフレーズはCメロ直後の間奏のリードにも入れていますし、さらにそのあとのサビでは「桜ナイトフィーバー」(2015年2月発表)と同じオケを使っているんですよ。この曲と「桜ナイトフィーバー」のコード進行が同じだったのを思い出して、そのままピアノのデータを引っ張ってきました。ストリングスだけはテンポが違うので、最後の8小節目だけ書き直してレコーディングしていますけどね。
──すごい! そんなからくりになっていたんですね。
打ち込みだからこそできるパズル的な作り方をしているんです。こういうタイプの曲はライブでは絶対にやらないので、逆に演奏のことを気にせずに作曲できる。それに、ある程度作り終えてからも「ちょっと待てよ、これをここに持ってくるとどうなる?」とデータ上で試行錯誤できるから、アイデアが突然ハマったときのうれしさもあるんです。ほかの曲とは作り方がまったく違うので、作り手としての面白みを改めて実感できました。
──そしてCメロの後半に宮崎由加(ex. Juice=Juice)さんの「メンタル、メンタル、メンタル」というウィスパーボイスが入っているのも印象的でした。
単純に僕が女の子にそうささやいてほしかったんです(笑)。自分の片思いの相手である女の子がいつか結婚したときに、笑顔で「おめでとう」と言えるくらい精神力を鍛えておかねばという歌詞にしたかったので、それを応援してもらうつもりで「メンタル……メンタル……メンタル……」と(笑)。これは作曲しているときに自然と浮かんできて、デモ音源では僕が自分でささやいてたんですけどやっぱり女の子がいいなと思って、宮崎さんに協力してもらいました(笑)。
秦くんの家にあるエレキの気持ち
──「キセキ」には秦基博さんがギターで参加されています。これはどういった経緯で実現されたんですか?
秦くんが去年「コペルニクス」というアルバムを出したんですが、これがとても素晴らしくて。エレキギターを一切使わないというコンセプトの作品だったそうなんです。考え方もちゃんとしているし、あえてアコギだけで乗り切るという工夫もいいなと思ったんですけど、そのうえで彼に「しかし秦くんの家にあるエレキの気持ちになったことはあるか? 仲間外れだぞ」と。そしたら秦くんも「それは考えたことなかったです……」と言うので、「じゃあオレのとこで弾け」とお願いしました(笑)。
──秦さんが持っているエレキの立場を考えられたと(笑)。
そう。それで彼は「コペルニクス」以降もエレキは使わずにやっているというので、「だったらもううちで弾くしかないね」と。ちなみに普段はギターソロのフレーズも僕が考えるんだけど、「キセキ」に関しては秦くんに考えてもらいました。秦くんはシンガーで作曲家だから、歌心のあるいいギターソロを作ってくれてよかったです。
──なるほど。ちなみにKANさんはこの曲のことを、ご自身で「今まで作ったことないかも的なテイスト」と説明されていましたね。
ピアノの4分打ちでシンプルなテイストなんですけど、コード進行とメロディについては今までの自分が書いたことのないものにしようと意識していました。感覚としては、普段通らない道を行くような感じかな。1回全部作ったあとに、ストレートなメロディをわざとうねらせてみたりとか。目的地に向かうときに高速道路に乗らずに、あえて知らない道を通ってみるつもりで書いてみました。
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ずっとTRICERATOPSのファン