秦 基博が11月20日にニューアルバム「HATA EXPO -The Collaboration Album-」をリリースする。
「HATA EXPO -The Collaboration Album-」は、秦にとって初となるコラボレーションアルバム。収録曲には、back numberと小林武史、KAN、土岐麻子、ストレイテナーと共作した4つの既発曲に加え、草野マサムネ(スピッツ)、sumika、TOMOO、ハナレグミ、又吉直樹、リサ・ローブと共作した6つの新録曲が含まれている。10代の頃から憧れてきた草野をはじめ、心から敬愛する10組との共作でアルバムを完成させた秦。彼が「宝物のような作品」と語る本作は、いったいどのように作られていったのか。音楽ナタリーでは秦にインタビューし、各楽曲の制作過程を語ってもらった。
取材・文 / 森朋之撮影 / 上野留加
「普段はどうされているんですか?」
──コラボレーションアルバム「HATA EXPO -The Collaboration Album-」、とにかく楽曲のクオリティの高さに驚かされました。丁寧に、しっかりとコミュニケーションを取りながら制作されたことが感じられる楽曲ばかりで。
ありがとうございます。約1年がかりで作ってましたからね。オリジナルアルバムの制作よりもある意味大変だったかも(笑)。
──アルバムのために新たに制作された楽曲には、草野マサムネさん、sumika、TOMOOさん、ハナレグミさん、又吉直樹さん、そして、リサ・ローブさんが参加しています。そもそもコラボアルバムを作ろうと思ったのはどうしてなんですか?
僕のキャリアは、オリジナルアルバムがとても大きな部分を占めているんですよね。去年、7枚目のアルバム(「Paint Like a Child」)を出したんですけど、それまでも自分自身を構築して壊して、構築して壊して……をひたすらやってきた中で、この先、“自分にとって新しい音楽に出会える形”を考えたときに、「コラボレーションという枠で作品を作るのはどうだろう」と。基本的にずっと1人でやってきたので、ほかのアーティストの方のやり方に触れられる機会もあまりなかったんです。共作することで「この人はこういうところにポイントがあるんだな」とか「こういう視点で物事を見てるんだな」ということを学ぶ経験もできるんじゃないかと。新曲の6曲、既発の4曲を含めて、制作において自分以外の尺度が加わるのが面白かったし、発見もいっぱいありました。
──コラボ相手のやり方を体験するのも目的の1つだった、と。
その部分は大きかったですね。こちらのやり方を提示するというより、まず「普段はどうされているんですか?」とお相手のスタイルを伺ってから、「だったらこういうやり方はどうだろう?」と提案する順番だったんですよ。僕から飛び込んでみたり、折衷案を探ったり、やり方はいろいろですけど、まずは身を委ねてみるというか。あとは、「ストレスなくやってほしい」という気持ちもありましたね。
とにかくマサムネさんの歌詞が大好き
──では、収録曲について聞かせてください。まずは秦 基博×草野マサムネ「ringo」。草野さんがフィーチャリングではなく、ほかのアーティストと楽曲共作を行うのはこれが初めてだとか。
「歌詞を共作するのは初めて」と仰ってました。当初はこちらで楽曲を制作して、ボーカルとして参加していただければそれだけでもう十分ありがたい……と思っていたんですけど、打ち合わせしていく中で歌詞を共作できることになって。とにかくマサムネさんの歌詞が大好きだし、共作できることになったときは驚きと緊張でいっぱいでしたね。
──スピッツの音楽に触れたのは、10代のときですか?
中学生のときだったと思うんですけど、「ロビンソン」からはじまり、「涙がキラリ☆」「チェリー」と真正面から浴びました。エバーグリーンな雰囲気は思春期の頃にも感じていたんですけど、自分がミュージシャンになって、改めてそのすごさに気付いていきました。シンプルで端的な言葉の中に、独特の世界やファンタジー的な感じもあって、とにかく奥が深い。「魔法のコトバ」にも衝撃を受けました。これだけ素晴らしいキャリアがあって、さらにこんなすごい曲を書けるんだ!と。
──「魔法のコトバ」がリリースされた2006年は、秦さんがデビューした年だから、余計に衝撃を受けたのかも。
本当に憧れの存在だし、音楽を続ける形の理想だと思っていましたね。あとは「ロックロックこんにちは!」「ロックのほそ道」(ともにスピッツ主催イベント)にも呼んでいただいて。「いつかマサムネさんと一緒に何かできたら」なんて夢想していたので、それが叶ってめちゃくちゃうれしかったです。
──「ringo」の制作はどうやって進めたんですか?
まず僕がデモを2曲作って、マサムネさんに聴いていただきました。選んでもらったのが、「ringo」のデモ音源だったんですよ。ロックなんだけど、キュートでポップな世界観もあって。僕としても「どちらかというと、こっちがいいな」と思っていた曲だったので、それもうれしくて。歌詞は文通というか(笑)、メールをやりとりしながら作っていきました。最初に僕がサビを書いて、最初のブロックをマサムネさんに書いていただいて。1番は僕の書いた歌詞をマサムネさんが歌って、マサムネさんが書いた部分を僕が歌う構成になっています。
──コラボの意味がさらに強まりますね。草野さんとの歌詞のやりとり、どうでした?
「しょぼい人生の ありふれた遊歩道で」という書き出しを見たときに、「すごい!」と思いました。どちらもシンプルな言葉なんだけど、情報量がすごいし、何種類も味わいがあって……送っていただいた歌詞の続きを僕が考えるわけですけど、パッと思いつくようなことはマサムネさんが書いてくださった言葉の中にすでに入ってる気がして。「じゃあ自分はどんな言葉を書く?」と緊張感が増しましたね。お待たせしちゃいけないという気持ちもあったし(笑)、もちろん中途半端なものは送れないので。
──歌のレコーディングは?
別々ではありましたが、マサムネさんの歌録りに立ち会わせていただいて。そしてそんなつもりはなかったんですけど、僕がディレクションすることになりました。といっても、自分が書いた部分や譜割りについて「僕はこんなイメージでした」とお伝えするくらいでしたけど。もちろん素晴らしかったですけど、めっちゃ緊張しましたね。いろんな発見があったし、すごい経験をさせてもらいました。
歌詞ではない“詩”をどう曲にする?
──2曲目は秦 基博×sumikaによる「ハローサーリアル」。この曲はセッションをもとに制作したそうですね。
最初はそうでしたね。“テンポが速くて、明るい曲”というザックリしたイメージをもとに僕と片岡(健太)くん、小川(貴之)くんがモチーフを持ち寄って。セッションで出てきたものを一度持ち帰って、アレンジなどを再構築したのが「ハローサーリアル」ですね。セッション的なところもあるし、1人ひとりがじっくり腰を据えて向き合った感覚もあって。両方が融合しているのかなと。sumikaはいわゆるバンドとは少し違うというか、ソングライターも複数いますしね。お互いが持っているメロディやサウンドのイメージをもとに、会話を交わしながら作っていく感じでした。
──歌詞は秦さん、片岡さんの共作ですね。
打ち合わせのとき、片岡くんが「明るい曲を書くときは、ネガティブなものから題材を探すことが多いです」と話していて、すごく面白いなと。いつもやっているような感じで書いてみてくれない?とお願いしたら、「ハローサーリアル」というワードが出てきたんですよ。例えば「寝惚けていようか 夢心地に乗ったサーリアル」も片岡くんが書いたフレーズで。自分にはない感覚だし、あとはそれをどうつかんで、どう描くか?というところでしたね。曲調的にも言葉遊びが合うだろうなと思って、「ユングだって フロイトだって 見離すよな」という歌詞を書いたり。
──歌詞の面でも刺激し合っていた、と。続いては、秦 基博×TOMOO「青葉」。TOMOOさんの楽曲は以前からよく聴いていたそうですが、秦さんが思う、彼女のアーティストとしての魅力とは?
もちろん詞曲もそうなんですけど、歌の伝え方が素晴らしいと思います。よく「喋るように歌うのが、歌の境地」と言うじゃないですか。TOMOOさんはまさにそういう感じだし、書かれている言葉、歌詞の世界を発するときにとても繊細なところまで表現されているなと感じていて。「青葉」の歌入れのときに「どういうキャラで歌おうかな」みたいなことを言っていたので、ニュアンスを考えながらやっている部分もあるんだろうなと。曲に関しては、ピアノを主体とした曲調がいいなと思って。その時点でなんとなく、「テーマは青葉がいいな」と決めていたんです。で、歌詞を共作しませんか?と提案させてもらいました。
──どうして“青葉”だったんですか?
例えば桜を見るとき、以前は満開の桜に惹かれたり、花びらが散る様が美しいという感覚だったんですけど、ここ数年は「散ったあとの葉桜もいいな」と思ったり、視点が変わったり増えたりしてるんです。それが年齢を重ねることかもしれないけど(笑)、例えば緑道を人が歩いていて、“同じものを見て、違うことを感じる”という状況を描いたら面白いんじゃないかなと。僕とTOMOOさんは世代や性別が違うし、同じ青葉であっても、そこから出てくる言葉は違うだろうなと思ったんです。なので歌詞をお願いするときも、テーマだけをお伝えして、好きなように書いていただいて。違うところにいる2人が一瞬だけクロスする、オムニバス映画みたいなイメージもありました。TOMOOさんは以前から僕の曲を聴いてくれいてたそうですけど、どうやら緑の木が茂っているときによく聴いた印象があるみたいで。「“青葉”は私的にエモいテーマなので、ぜひこれで」といった感じで、タイトルが決まりました。いろんなことに逡巡しつつ、深く踏み込んでくるような歌詞でしたね。
──秦 基博×又吉直樹「ひとり言」は、まさに異色のコラボですね。この曲は、又吉さんの朗読も入っています。
最初は「詞を書いていただきたいです」とお願いしたんですけど、ほかの方と同じように又吉さんの声も聞きたくなって。歌詞の前段になるような詩をさらに書いていただき、朗読もしてもらいました。又吉さんとお会いしたのは、去年の5月に放送したラジオ番組にゲストとして来てもらったときが最初だったんです。そのあと、今年の3月に又吉さん主催のライブ(又吉直樹×秦 基博 「隣人もまだ起きている」/ 東京・豊洲PIT)に呼んでもらって、そこで音楽と朗読という形でコラボして。僕自身、又吉さんの描く世界が以前から大好きだったんですよ。少し影があって、でもユーモアがあって。何かをあきらめているようでもあり、ちょっと希望があるという、いろんなものがない交ぜになった世界観というか。「ひとり言」もまさにそういうイメージでしたね。
──まず又吉さんに自由に書いてもらって、それに曲を付けた?
そうです。いわゆる歌詞ではない“詩”なので、言葉自体が持っているリズムや世界観をどう曲にするか?という。普段とは違う面白さ、難しさがありました。又吉さん、音楽もすごくお好きなんですよ。3月のライブのときに「最近はどんな曲を聴いてるんですか?」って質問してみたら、洋楽のフォーキーな女性シンガーソングライターの名前が挙がって。せっかくなので「ひとり言」もフォーキーな雰囲気を意識して作ってみました。
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聴き手をどこにも連れ去らない曲