清水翔太「Insomnia」インタビュー|「不眠症だからできた」自信作で“清水翔太”というジャンルを確立

今年2月でデビュー15周年を迎えた清水翔太が、通算10枚目のオリジナルアルバムとなる「Insomnia」を完成させた。このインタビュー中、清水は自ら「今回のアルバムは自信がある」と語ったが、確かに本作は珠玉のメロディ、巧緻なアレンジが詰まった、完成度の高いアルバムだ。曲調もバラエティに富んでおり、清水の魅力と才能をまざまざと見せつける1枚になっている。

そんな作品を清水はどのように作っていったのか。アルバム制作の端緒になった出来事や、「Insomnia」というタイトルに込めた思い、さらにアルバムに横たわる大きなテーマなど、たっぷりと語ってもらった。

取材・文 / 猪又孝撮影 / 入江達也

怖かったけど、自分の原型を思い出せた同窓会

──去年9月に「Baby I love you so」を配信リリースしましたが、そこからアルバム制作が始まっていたんですか?

スタートはしてるけど曲を作れてはいなかったですね。ほとんどが年明けから作った曲です。

──「Baby I love you so」は翔太さんのルーツにあるネオソウル系の曲調でした。素晴らしい仕上がりでしたが、正直、日本ではなかなか受け入れられていないサウンドなので、シングルで出すことに驚きがありました。どんな意図があったんですか?

ファンに対して、あのタイミングで伝えたいことがあったというだけですね。正直これがウケるということは100%ないと思ってました。本来ならああいう曲をシングルにしないんですけど、あのタイミングでファンに「これからもがんばるよ」「君たちのそばにいるよ」ということを伝えたかったんです。

──年明けからのアルバム制作はどのように始まったんですか?

「Baby I love you so」を出してからすぐ作らなきゃと思ってたんですけど、全然曲ができなくて。気分転換も含め、自分が何をしようとしているのか、何をしたいと思っているのかという答えを探すために「ちょっと旅行に行ってきます」と言って大阪に帰ったんです。

──生まれ故郷に。

地元の八尾市に帰って、長らく見て見ぬ振りをしていたものを克服してみようかなと。いじめられたこともあって、僕はまともに学校に行ってないんですよ。八尾は生まれ育った街だから好きだけど、友達もいないし、本当の意味で好きになりきれないというか。でも、デビュー後に1人だけ、たまたま会った中学の同級生がいて。そこからはまったく会ってなかったんだけど、その1人の連絡先を知ってたから、同級生を集めてくれない?ってお願いして、同窓会をしたんです。

──20年ぶりくらいの。

リアルに言うと中1ぶりくらいかな。全員ではないですけど、けっこう集まってくれて。行く前はめっちゃ怖かったけど、みんないい歳だから普通に楽しく話せたんです。子供の頃に毎日顔を合わせていた人たちだから、自分の子供時代の記憶がよみがえってきたし、今まで以上に自分の原型みたいなところを思い出せたりして、いい旅行でした。

──それがいつ頃の話?

今年の1月ですね。あと、通っていたダンススクールの同期を集めて飲みに行ったりして。そういうことをして東京に帰ってきて、まだ熱が感じられるうちに曲を作ろうと思って書いたのが「Memories」なんです。

──書いてみて、どんな気付きがありました?

「HOPE」(2021年発表の9thアルバム)は人のことを思ったアルバムだったんです。こういう切り取り方をすれば救われる人がいるかもしれないとか、こういう言い方をすれば温かい気持ちになるかもしれないとか。コロナ禍だったので、そういう意識が大きく占めていたんだけど、今は一切気を使わず、誰のためとかそういうことも考えず、ガーッと言いたいことを言うのが気持ちいいんだろうなということに気付きました。そこからバーッと曲が書けるようになって、アルバムができたという流れです。

清水翔太

──「Memories」は、デビュー曲「HOME」と表裏一体みたいな曲ですよね。「HOME」で“心にしまっておくべき”と歌ったことを全部吐露したような曲だから。

確かにそうですね。

──「Memories」に込めた思いをアルバム全体に反映していったんですか?

いや、大阪での思いは「Memories」1曲に入魂した感じ。「Insomnia」というタイトルはけっこう前から考えていたから、全体的な雰囲気はなんとなくイメージがあって。夜っぽいとか、夏っぽいとか、そのへんのイメージを維持したまま、「Memories」で勢いが付いて、バババッと作れた感じです。

──じゃあ、全体を見据えるというより、1曲ずつ作っていく作業だった?

作業は複数の曲を同時進行ですけどね。1番だけ作って置いといて、違う曲が浮かんだらそれを作って。とにかくアイデアが浮かんだら作っていく作業。1曲全部には手を付けずに、少しずつ同時にやってました。

清水翔太がジャンルとして完成

──今回のアルバムは、先ほどのネオソウルをはじめ、トラップ、UKガラージ、80'sポップ、ピアノ1台の伴奏によるものまでサウンドがバラエティに富んでいます。曲調の振り幅はどのように考えていましたか?

何も考えてなかったですね。マジで何も考えてなかった。

──本作を聴いたとき、過去にやってきたご自身の音楽を総まとめしているような印象を受けたんです。この曲は「Umbrella」の時期だな、この曲は「WHITE」の時期だな、みたいな。そういう意図はありましたか?

ないですね。でも、そういう感想はけっこう言われます。昔の翔太も感じられるって。

──本作は10作目のアルバムですが、どこか区切りみたいな意識は?

それもなかったです。「10枚目なんだ」って最近知ったくらい(笑)。

──区切りとか節目みたいな意識はなかったと。

総まとめのような印象を受けるって、いよいよ清水翔太が、清水翔太というジャンルとして完成したということじゃないですかね。何をやっても清水翔太になるよねっていう。特に今回のアルバムはそう思うんです。サウンド的にはバリエーションがあるといっても、そこに一貫性があるというか、今回のアルバムの曲はどれも“清水翔太らしい”。だから、やっとついに“清水翔太とは”というのが完成したのかなっていう気がします。

きめ細かいメイクができた

──今回はどの曲もアレンジが秀逸でトラックの細かい作り込みもすさまじいと思いました。例えば先行リリースした「Loser」はパート毎にトラックが細かく変わっていくし、ちょっとした音を隠し味的に楽曲の一部に入れることもしています。

それは明確に理由があります。今回は全曲、ある程度の原型まで早くできたんですよ。それで、自分の中で曲順を決めて2、3週間はそれをじっくり聴く時間があったんです。

──曲を反芻できた。

そう。締め切りに追われて作ってるときより、もっと冷静に客観的に聴けるからいろいろ気付けたんですよね。「ここにこういう音がないとダメだ」とか「ここになんでコーラス入れてないんだ?」とか。そういう後悔って今までは発売したあとにけっこうあったんですよ(笑)。

──時すでに遅し、じゃないですか(笑)。

うん(笑)。けど、そういう技術的な後悔ってあとから気付くものなんですよ。それを今回は作っている段階でできたから、いつもより凝れたんですよね。

清水翔太

──トラックを丸ごと差し替えるみたいな曲もあったんですか?

「Memories」は結局ビートを変えたし、けっこう変えてますね。アレンジに費やす時間がたっぷりあったから。

──今回はちゃんとお化粧して出せたということですね。

そう、メイクをもっときめ細かくできました。

──そんな中で特にこの曲の仕上がりは格別だというものは?

個人的には、これ以上なく完璧だと思っているのは「Summer」です。自分として100点のトラックが作れたなと思います。

──あと、今作はいつも以上にメロディが素晴らしいと思いました。ふくよかで、しなやかで、艶があって、強度がある。

うれしい感想ですね、それは。

──それでいて翔太さんらしいノスタルジーやエモさも感じるんです。今回、メロディ作りに対してはどんなことを意識していましたか?

それほど意識してなかったですね。でも、アレンジと一緒で、今回は聴く時間があったから「こっちのほうがいいな」って微調整していくところはありました。今までは1回決めたメロディってほぼ変えることはなかったんです。

──例えばBメロの1行目のここだけ変えよう、みたいな細かいレベルで変えていた?

そう。「Memories」もサビは、ほんのちょっとだけどデモから変えてるし。そういうレベルでの修正は全曲にありました。