神山羊|切なく懐かしい匂いが漂う「今だから歌える歌」

神山羊の2ndシングル「色香水」がリリースされた。

シングルのタイトル曲はテレビアニメ「ホリミヤ」のオープニングテーマ。昨年3月のメジャーデビューと前後してコロナ禍に見舞われた神山は、自身のアーティストとしての存在意義と向き合いながらこの曲を完成させたという。

約1年ぶりのシングルリリースにあたり、音楽ナタリーでは神山にインタビュー。コロナ禍の中で考えたこと、新曲で表現したかった世界、今後の活動に向けた思いについて話を聞いた。

取材・文 / 須藤輝

なんで音楽を作らなきゃいけないんだろう?

──神山さんにインタビューさせてもらうのは、2020年3月4日リリースのメジャーデビューシングル「群青」のとき以来、ほぼ1年ぶりになります(参照:神山羊「群青」インタビュー)。そのリリースの翌日に東京・渋谷CLUB QUATTROでのライブが予定されていましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により6月2日に延期され、最終的には中止となってしまいました。そんな2020年を神山さんはどういうふうに過ごされたのか、お伺いしてもいいですか?

どのアーティストさんもそうだと思うんですけど、誰も想像もできなかったような暮らしがそこにあったというか……本当にどうしたらいいかわからなくなって、目の前が真っ暗になるような経験だったなと今も思います。しかもそれがメジャーデビューのタイミングで起こるっていう。3月に「群青」を出して、やっと初めてのシングルの答え合わせができると思っていた矢先だったので、最初のうちは希望的なことは考えられなくて。でも、やっぱり自分は音楽と向き合うことによってでしか時間を過ごすことができないし、とにかく向き合い続けていたという感じですかね。

──なるほど。

ただ、音楽と向き合ってはみたものの、しばらくは何もできなくて、作業部屋に毎日こもってはただ本を読んだりしていたんです。ひどいときは「なんで音楽を作らなきゃいけないんだろう?」みたいな空気すらありましたね。

──その後、神山さんは昨年9月に「Laundry」を配信リリースし、今回の2ndシングル「色香水」に至ります。どこかのタイミングで復活されたわけですよね?

ありがたいことに、それこそ「ホリミヤ」のタイアップのように、具体的な何かに向けて音楽を作っていくという環境をメジャーデビューしたことによって与えてもらっているので、それが1つのきっかけにはなりましたね。とはいえ、「ホリミヤ」のオファーをいただいたのは「群青」を出したすぐあと、春の初め頃だったので「リリースはまだ先の話だなあ」みたいな感じでぼんやりしてたんです。それが、緊急事態宣言が解除された5月後半ぐらいからミーティングを始めて、徐々に手と頭が動くようになっていきました。

──その頃にはある程度は気持ちが落ち着いていた?

いや、落ち着いてはいないし、ずっとしんどかったんですけど、前向きに音楽を作ることが自分の居場所を作ることになるというのを本能的にわかっていたというか。そうすることで安心感を得ようとしていたんだと思います。

──ちなみに、「Laundry」は神山さんのルーツの1つを感じるポップなR&Bナンバーでしたが、あの曲は神山さんにとってどういう意味があったんですか?

あれは、インディーズの頃から続いている新陳代謝みたいなもので。「音楽を作るぞ!」みたいな尖った精神状態で制作するんじゃなくて、自分の中から自然と湧いてきたものを固めた感じです。だからあえて意味付けるなら、音楽との関わりが断てなくてにじみ出てきた曲ですかね。

80'sと今のポップミュージックを融合させたい

──ここからは2ndシングルについて伺います。表題曲「色香水」はアニメ「ホリミヤ」のオープニングテーマですが、神山さんは「ホリミヤ」の原作も読まれていましたか?

はい。「ホリミヤ」の時代設定は今から10年ぐらい前で、人によっては懐かしさを感じると思うし、僕もそういう作品はすごく好きなので、関わることができてうれしいです。

──今「懐かしさ」とおっしゃいましたが、「色香水」からはそこはかとなくバブル時代の匂いがするんですよね。

ああ、それは狙い通りというか、「昔の楽曲かと思った」とか言われるとすごくうれしいです。僕は1年ぐらい前から、80'sと今のポップミュージックを融合させるというアプローチをやりたいなと思っていたんですよ。ただ、90年代の音楽は昔からよく聴いていたんですけど、80年代はそうでもなかったので、1年かけていろいろ聴き漁って。

──例えば?

YMOさんとか……もともとYMOさんは好きだったんですけど、「80'sをやりたい」という頭で聴いたら改めて楽曲の持つカッコよさに気付きましたね。あとはオメガトライブさんとか松田聖子さんとか井上陽水さんとか。あの時代の音楽って、独特の質感があるじゃないですか。

──ある種の軽薄さだったり。

神山羊

あるいは浮遊感みたいな。そういう音の質感を「色香水」でも大事にしたくて、例えばリンドラムっていう、今はあんまり使われないようなドラムマシンを使ってみたり。あのポコポコ鳴る感じとか、今の若い子にはあまり馴染みがないと思うんですけど、むしろそういう違和感が耳に引っかかるんじゃないかなって。

──引っかかりという点では、サビの前半でトラックがトラップっぽくなりますよね。仮に「色香水」を80年代の音楽として聴くと、あそこで違和感を覚えるというか。

最初はあれがなかったんですけど、まさに引っかかりを作りたくて。一般的なアニメのオープニングテーマって、4つ打ちでテンポが速くてサビで開けるみたいな曲が多いと思うんです。そこで、あえて普通はやらないようなことをすることで、ほかの曲と並んだときに違う聞こえ方になるんじゃないかなと。

──あれのあるなしで、かなり印象が異なるのではないかと。おそらく、ないバージョンはするすると気持ちよく聴けたと思うのですが……。

聴きやすいは聴きやすいです。

──でも、現行のアレンジではサビ頭で急に重心が低くなるので、リスナーとしては「お、どうした?」みたいに注意を引かれます。なおかつ、それが先ほどおっしゃった「80'sと今のポップミュージックを融合させる」ことにつながるわけですよね。

そうですそうです。ミックスがしたくて。単なる80'sの焼き直しでは、過去の素晴らしい作品には敵わないので。じゃあ、なぜそのミックスを今やるのかというと、最初に「ホリミヤ」のお話をいただいたときに「ここだ!」と思ったんですよ。楽曲に懐かしい匂いを纏わせることで、あの原作によりフィットするんじゃないかって。「ホリミヤ」は決して悲しい物語ではないんですけど、ずっと哀愁が漂っているんです。刹那的な青春感とか、自分の気持ちを伝えられないもどかしさとか。そういうものと、フォークソングや80年代頃の音楽はきっと相性がいいはずだと。

いつまでも記憶に残り続けるような匂い

──「色香水」の作詞はどのように? 前回のインタビューでは歌詞とメロディと、なんなら編曲まで同時に浮かんでくるとおっしゃっていましたが。

わりとそういうタイプだったんですけど、コロナ以後は分離しがちで、編曲はまったく別ですね。作詞と作曲にしても、サビは一緒に出てくるんですけど、それ以外は曲先と言っていいかもしれません。で、「色香水」の作詞に関しては、必ずしも「ホリミヤ」に寄せてはいないというか、そもそも「寄せる」という考え方で書いていなくて。

──大枠で“青春”みたいなところでは「ホリミヤ」と重なっていますよね。

そうですね。テーマみたいなものは大事にしているんですけど、長い間残っていく楽曲を作りたくて。なので、楽曲とアニメがバラバラに存在したとしても愛されるような歌詞として、自分の中で納得いくものを探っていった感じです。

──確かに、「ホリミヤ」は高校を舞台とした青春ラブコメですが、例えば「学校」のような、歌詞の主人公の属性などを限定するような言葉は使っていませんね。

神山羊

それは意識してそうしたところですね。「ホリミヤ」という作品自体が、観る人の世代によって印象が全然違ってくるアニメなんですけど、観た人みんなをエモい気持ちにさせるという点は共通していると思うんです。それってたぶん、それぞれの人が自分の体験とリンクさせたときに感情が動くように作られているからで、歌詞もそういう作りにしたいなと。

──「色香水」という言葉はどこから出てきたんですか?

人間の記憶の中で一番ショッキングで、消えずに残っているものって、匂いだと思っていて。あくまで僕の場合ですけど、匂いって忘れないんですよ。しかも、それに色が付いているように感じるんです。例えば好きだった人の匂いとか飼ってた猫の匂いとか、それぞれに色があって。そういう、いつまでも記憶に残り続けるような匂いのイメージとして「色香水」という言葉を作りました。

──先ほど神山さんは「刹那的」という言葉を用いましたが、匂いという、淡さや儚さを連想させるモチーフも「ホリミヤ」という作品にマッチしていると思います。そして神山さんのボーカルも、優しいけれどどこか儚げで。

今思うと、やっぱりコロナ禍の鬱々とした空気感みたいなものが、自分の精神状態に影響しているみたいですね。たぶん自分のことだからそう感じるんでしょうけど、改めて聴くとやたら切なげに聞こえるというか、なんか、しんどそうだなって(笑)。でも、それはそれで、今だから歌える歌になったかなと思います。